Yahoo!ニュース

選挙を、社会を変えるデマの力

山口真一国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 准教授
(写真:イメージマート)

 フェイクニュースは、特に選挙や投票時に多く作成・拡散されることが分かっている。2016年と2020年の米国大統領選挙、2016年の英国のEU離脱国民投票、2017年の仏大統領選挙、2018年の沖縄知事選――近年における選挙・投票においては、フェイクニュースが問題にならないことの方が少ないだろう。

 7月10日に参院選の投開票を控えるからこそ、今、フェイクニュースが社会や人々の行動に与える影響について考える必要がある。

フェイクニュース、「弱い支持層」の考えを変える

 筆者は2020年に、実際の政治に関する2つのフェイクニュースを取り上げ、それが人々の考えにどのような影響を及ぼすか実証実験を行った。ここで取り上げたのは、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーによってファクトチェックされた、次の2つのフェイクニュースである。

1. 安倍元首相が国会論戦において、「富裕層の税金を上げるなんて馬鹿げた政策」と答弁した。

2. 蓮舫議員が、平成16年の「児童虐待防止法改正」に反対していた。当該改正では、警察の積極的介入が盛り込まれた。

 実験にあたっては、当該2つのフェイクニュースの内容を周知したうえで、これらを知る前と知った後について、それぞれの政治家に対して「非常に支持する」~「全く支持しない」の7段階で考えを聞き、その変化を見ることにした*。

 その意見分布の変化を見たものが図1と図2である。色が濃い棒(左)はフェイクニュースを知る前の意見の分布であり、色が薄い棒(右)はフェイクニュースを知った後の意見の分布を示している。

図1 フェイクニュースを知る前後の安倍元首相への支持の分布 ※画像制作:Yahoo! JAPAN
図1 フェイクニュースを知る前後の安倍元首相への支持の分布 ※画像制作:Yahoo! JAPAN

出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房

図2 フェイクニュースを知る前後の蓮舫議員への支持の分布 ※画像制作:Yahoo! JAPAN
図2 フェイクニュースを知る前後の蓮舫議員への支持の分布 ※画像制作:Yahoo! JAPAN

出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房

 これらの図を見ると、「どちらともいえない」および支持していた人の数はほぼ全てにわたって減少しており、支持していない人の数は全て増加していることが確認される。このことは、フェイクニュースがたとえ1つであったとしても、人々の考え方に少なくない影響を与えることを示唆している。そしてそれは、保守かリベラルかといったイデオロギーに関係ない。

 さらに、それぞれのフェイクニュースによって各政治家に対して支持を下げた人の割合を、最初の意見別に算出したものが図3となる。例えば、安倍元首相について「非常に支持する」と考えていた人の28.9%が、フェイクニュースを知って支持を下げた(「支持する」~「全く支持しない」のいずれかにいった)ということを示している。

図3 フェイクニュースによって支持を下げた人の割合(最初の支持別) ※画像制作:Yahoo! JAPAN
図3 フェイクニュースによって支持を下げた人の割合(最初の支持別) ※画像制作:Yahoo! JAPAN

出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房

 図3を見ると、事例によらず、もともと支持していた人の方が支持していなかった人よりも支持を落とす傾向にあることが分かる**。「あまり支持しない」より「やや支持する」人の方が、「支持しない」より「支持する」人の方が、いずれの場合も支持を下げている。そして、その傾向は蓮舫議員のフェイクニュースで顕著に見られる。

 次に、支持の程度でみると、支持しているかしていないかにかかわらず、強い思いを持っている人の考え方はあまり変わらず、中庸の人の考え方の方が変わっていることが確認される。つまり、「支持する」より「やや支持する」人の方が支持を下げており、「支持しない」より「あまり支持しない」人の方が支持を下げている。確固たる強い思いをもって支持しているわけではないので、フェイクニュースによって考え方が変化しやすいと考えられる。

 以上をまとめると、政治的なフェイクニュースは少なからず人々の考えを変える効果を持っており、最も効果を発揮するのは「弱く支持している層」に対してであるといえる。

 このことは、フェイクニュースが少なからず選挙に影響を与えかねないことを示唆している。なぜならば、図1と図2からも明らかなとおり、「弱い支持」をする人というのは、支持者の中で多くの割合を示すためである。浮動票ともいえるような弱い支持層がフェイクニュースで支持しない方に流れることは、選挙結果を大きく左右する可能性がある。

フェイクニュースの持つ4つの社会的影響

 人々の考えまでも変える力を持つフェイクニュースは、大きく分けて次の4つの社会的影響を持つ。

1. 政治的混乱・社会の分断

2. 経済・生活の混乱

3. 特定の個人・企業の評価低下

4. 情報の価値の毀損

◆ 政治的混乱・社会の分断

 特定の政党に有利なフェイクニュースが出回ることで選挙に影響を与えるということは、政治的混乱を招くわけだが、これは同時に社会の分断をももたらす。フェイクニュースがはびこる社会では、議論が困難になってくるからである。議論というのは、お互いに同じ前提を共有したうえで、意見交換をすることで成立する。しかしながら、フェイクニュースをどちらか片方だけでも信じていると、その前提が一致しなくなる。

 例えば、2020年の米国大統領選挙では、選挙不正があったという真偽不明情報が駆け巡った。選挙不正があったという前提の人と選挙不正はなかったという前提の人では、議論はできないだろう。民主主義が上手く機能するには有意義な議論が欠かせないが、このように前提が異なると議論にならず、どの陣営が勝とうと全く納得できない人たちが多く出る。

 実際、2021年5月にロイターが行った調査では、共和党員の56%が、選挙不正が行われていたという真偽不明情報を信じており、トランプ前大統領が真の大統領だと考えている人が53%いるという結果が出ている。当然、それらの共和党員が、そのような不正で勝利したと考えているバイデン大統領の声に耳を傾けるのは困難であり、討論の民主主義は実現しない。

◆ 経済・生活の混乱

 特定の商品や会社について実態とは異なる情報が流れることで、実態と異なる経済の流れが誘発されることがある。豊川信用金庫事件や、佐賀銀行の取り付け騒ぎ***の事例などは典型的な例であろう。2008年には、ユナイテッド航空の親会社が2002年に破産したことを伝える記事が6年経ってインターネット上に再登場し、同社が新たに破産申請したことを報じているものと誤解されて、NASDAQが取引停止するまでのわずか数分間で株価が76%も下落したという事件もあった。

 さらに最近の事例として、2020年2月に広まった「トイレットペーパーの多くは中国で製造・輸出しているため、新型コロナウイルスの影響でこれから不足する。品薄になる前に事前に購入しておいた方が良い」といった旨の、いわゆるトイレットペーパーデマがある。

 このデマはすぐにマスメディアなどで訂正され、訂正情報がSNSで駆け巡ったものの、不安に駆られた人々が買い占めをした結果、本当に品薄となってしまった。トレンドリサーチの調査によると、買い溜めをした人の91.5%は当該情報をデマだと知っていたというのだから興味深い。

 デマだと分かっていても、それを信じた人が買い溜めに走れば品薄になるのは変わりないので、それならば自分も買い溜めた方が良いという心理が働いたわけである。いずれにせよ、フェイクニュースがきっかけで生活が大きく混乱した事例といえよう。

◆ 特定の個人・企業の評価低下

 特定の個人や商品に対し、事実とは異なる情報で攻撃がなされることがある。デマを流す者が意図的に作り上げたフェイクもあるが、デマを流す者自身が誤情報と気づかず正義感にかられて流しているケースも存在する。

 例えば、コロナ禍において、デマによって風評被害が発生している例がしばしば見られる。実際は感染者がいないのに、「感染者が発生した」というデマが流され、客足が遠のいた商店などは枚挙に暇がない。

◆ 情報の価値の毀損

 最も大きな社会的影響は、「全ての情報を疑わざるを得なくなる」ということだろう。例えば全情報の中にフェイクニュースが1%しかなかったとしても、どの情報がフェイクかは容易には分からないため、残りの99%の情報も常に疑ってかかる必要がある。

 特にインターネットが普及したことにより、誰もが自由に発信できるようになり、情報量は爆発的に増えた。せっかく情報が溢れる社会になったにもかかわらず、フェイクニュースが一部存在することにより、その全ての情報を疑わざるを得ない状況といえる。それは情報全体の価値を毀損し、情報検証コストを増大させ、人々に猜疑心を植え付けるのだ。

* ただし、これらのフェイクニュースが誤情報であると考えている人を分析に混ぜるのは不適切であるため、調査時点で誤情報と気付けていない人のみを対象とした。

** 「全く支持しない」の人はそれ以上支持を下げられないので、いずれの場合も0%となっている。

*** 県内のある女性が「ある友人からの情報によると、銀行が潰れるそうです」と知人ら26人に携帯電話のメールで送ったのがきっかけで、佐賀銀行が潰れるという噂が広まった事例。デマは夕方にかけて加速度的に拡大し、窓口やATMには客が殺到して約500億円が引き出される事態となった。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 准教授

1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学、ネットメディア論、情報経済論等。NHKや日本経済新聞等のメディアに多数出演・掲載。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)等がある。他に、東京大学客員連携研究員、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、クリエイターエコノミー協会アドバイザー等を務める。

山口真一の最近の記事