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メディア管理を強める中国――筆者にも警告メールが

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
五星紅旗を支えた「ペンの力」はIT化の前で崩壊しつつある。(写真:アフロ)

2月18日、中国における昔の身分を公開することへの警告が中国政府の公的機関から来た。その翌日、習近平総書記が新聞世論工作座談会を開催したことを知る。中国でいま何が起きているのか、当事者として分析を試みたい。

◆中国政府のシンクタンク中国社会科学院から警告メールが

2月18日、中国政府のシンクタンクの一つである中国社会科学院社会学研究所から一通のメールが届いた。社会学研究所の公印が捺してある公文書だ。

そこには「あなたは確かにかつて我が研究所の客員教授だったが、今は違う。もう十数年も学術的交流を持っていない。したがって公的な場において“中国社会科学院社会学研究所客員教授”(現任)という肩書を使ってはならない」という趣旨のことが書いてある。

さらに「この文書を受け取ったら、必ずすぐに返事をするように」とのこと。

いったい何が起きたのか?

あるいは何が起きようとしているのか?

このような警告メールをもらったのは初めてのことなので驚いた。

筆者はすぐに返事を書いた。おおむね以下のような内容だ。

――懐かしいお便りをありがとうございます。貴方も書いておられる通り、私はかつて、まちがいなく貴研究所の客員教授でした。したがって「歴任したことがある」と、過去の履歴として書いています。「現任」と書いたことは、ここ十数年ほどありません。過去の履歴を偽りなく書くことは、むしろ義務であり、正当な権利だと思います。ご安心ください。

ついでに、「なぜまた突然このような公文書を出すのか」に関しても質問をしておいた。

もちろん返事は来ない。

何かあるなと思っていると、翌19日、習近平総書記(以下、敬称省略)が党としての宣伝活動に関して重要講話を発表したことを知った。

なるほど。これだったのか。

社会科学院では、党と政府に何か大きな動きがあるときには、事前にスタッフ全員に緊急招集がかかり、党と政府の方針に忠実に従って行動するよう指令がかかる。

公文書の捺印日時は2016年2月13日だ。

つまり1週間以上前から、すべては19日の重要講話に向かって、一糸乱れず動いていたことになる。

◆党の「新聞世論工作座談会」開催

19日の中央テレビ(CCTV)は、習近平が人民日報社、新華社、中央テレビ局を訪問した様子を特集番組で伝え続けた。いずれも党と政府の最大宣伝メディア機関である。

迎える各社の職員たちは、大歓声と熱烈な拍手で習近平を迎え、「好(ハオ)!」という声を一斉に発した。

「好(ハオ)!」というのは、好きか嫌いかではなく、良いか悪いかを評価するときの「良い!」「「すばらしい!」を表現するときに使う言葉だ。たとえば京劇などの芝居を見るときに、すばらしい場面になると、役者さんへの賞賛の言葉を表すためなどに対して使われてきたという習慣がある。

この「ハオ!」を、迎える職員が一斉に発したということは、「上から」の命令があってのことだろう。

中国政府と党の3大メディアを視察した後、習近平は人民大会堂で「党の新聞世論工作座談会(中国共産党メディア世論活動座談会)を主宰し、おおむね以下のような「重要講話」を発表した。

――真実性は報道の命だ。マスコミは取り上げた問題をまっすぐに捉え、批判的な報道をする際には事実を正確に述べ、客観的に分析しなければならない。報道活動では理念、内容、ジャンル、形式、方法、手段、業態、体制、メカニズムなどを刷新して、方向性と効果を強化しなければならない。時代の変化に合わせた改革を指導し、(インターネットなど)新しいメディアを活用して、政治的方向性の堅持を優先せよ。党性を保つという原則、マルクス主義の報道観や世論の正確な方向性、ポジティブな宣伝を主導とする方針をしっかり堅持していくべきだ。

おおむねこのような内容だが、それにしても「真実性は報道の命だ」とはよく言ったものだと思う。真実を覆い隠して党に都合の良い報道ばかりをしているからこそ、このような「重要講話」を出さざるを得ないのではないのか。

「マルクス主義の報道観」とは何のことかと言うと、主として「共産党がいかに素晴らしいかを宣伝する政治的方向性を持った報道」という意味である。

これは1930年代の毛沢東たちがよく使った方法で、「民心を奮い立たせるような文言を編み出して、一般民衆を中国共産党の側に引き寄せる」魔術のようなものだ。本当は民のためなど思っていなくて、いかにして中国共産党が繁栄し強大になるかしか考えてないのに、「人民こそが主人公」と叫び、世論を形成していく。

これが中国共産党にとっての「世論の正確な方向性」なのである。

◆なぜこのような「重要講話」が必要になったのか?

それはインターネットのソーシャルネットワーク・サービスの手段が爆発的に発達してきたからだ。たとえば「微博(ウェイボー)」(中国式ツイッター)に続き、2013年からは「微信(ウェイシン)」(ウィーチャット、WeChat)が流行り始め、情報交換の自由度は格段と大きくなってきた。

誰も官製メディアなど見やしない。

中華人民共和国を建国するにあたり、中国共産党(毛沢東)が国民党(蒋介石)から政権を奪うことができたのは「銃とペンの力」だった。

毛沢東の文才は、たしかに宣伝文書を通した呼び掛けによって民心をつかんだ。その紙代や印刷機および印刷代を支えたのは日本外務省の機密費である。拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に詳述したように、毛沢東は中共スパイ潘漢年に日本外務省・岩井公館の岩井英一と接触させて大金を入手し、それにより「ペンと銃」による政権奪還に成功した。

しかし今はどうか。

「銃」はしっかり充実させているが、「銃」では人心は買えない。

習近平は「第二の毛沢東」として毛沢東の威信を借りようとしているが、頼りとなる「党のペン」に、網民(ネット市民、ネットユーザー)は見向きもしないのである。特に微博も微信も、携帯で互いに通信できる。国家の検閲は徹底できない。

人民網には「強国論壇」があり、「五毛党」(安い報酬で政府のために党と政府を讃えるコメントを書く人たち)により占められてはいるが、ときどき、「あれっ?」と思うようなコメントが書いてあることがある。こういった「ミス」を生まないためにも、官製メディアの士気を高め、「重要講話」を出さなければならなかったのだろう。

◆なぜこの時期なのか?

実は3月5日には年に一回の全人代(日本の国会に近い立法機関)が開催される。そこでは第13回五カ年計画が決議され、動き始める。しかし同時に米韓の軍事演習も始まり、北朝鮮がどう動くか気が気ではない。人民の関心は、どうしても「万里の防火壁(ファイアー・ウォール)」を越えて入ってくる壁の外からの情報に目が行く。本当のことを知りたいのだ。海外メディアも全人代取材のために中国入りするから、この時期は官製メディアを引き締めておかなければならない。

2016年1月26日、中国政府の工信部(工業信息化部)は中国の携帯使用数が13.6億になったと発表した。一人が二つ以上の携帯を持っていることもあるので、携帯の使用数と人数は必ずしも一致はしない。しかし赤ちゃんやかなりの高齢者以外は、ほとんどが携帯を持っていると言っていいだろう。普及率は「100人が95.5個の携帯を使用している」という計算になるそうだ。

網民の数は6.88億人(2015年末データ)。そのうち携帯でネットにアクセスする網民の数は6.20億人に達している。

互いに携帯で通信しあい、携帯で「外界」にアクセスし、「真相」を知ろうとする。

その力を阻むことは、もうできない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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