Yahoo!ニュース

楽天の「嶋選手のFA宣言後の残留認めず」は球団にとってソンな選択

豊浦彰太郎Baseball Writer
(写真:アフロスポーツ)

楽天がFA権を持つ嶋基宏選手のFA宣言後の残留を認めないようだ。楽天に限らず、そのような方針を打ち出している球団は少なくないが、果たしてこの戦略は球団にとって得策なのだろうか?

そもそも、FA権を得た選手が権利を行使せず残留するとしたら、それはどんなケースか?

これは、1)凡庸な選手の場合と、2)スター選手の場合に分けられるだろう。

1)の場合は、その選手にはFA市場に打って出ても好条件を引き出せるほどの商品力がないため、球団がFA宣言後の残留NGの方針を打ち出さずとも、選手は権利の非行使を選択するはずだ。したがって、球団にマイナスはあってもプラスはない。

それでは、2)の場合はどうだろう。これは分かりやすいケースを想定して考えて見よう。

たとえば、ある選手の今季年俸が1億円としよう。彼は、自由競争のFA市場では同等クラスの他選手の年俸から推測すると、その倍の2億円の年俸が獲得できるかもしれない(協約上はFAとして他球団と契約した選手の年俸は、前年度を越えることは許されない。しかし、成果に応じたインセンティブや契約金には制限が無い)。

この場合、その選手がFAを宣言せず残留するとしたら、球団が最低でも1億円以上2億円未満の条件提示を予めコミットすることが前提となる。当たり前だが、現状と同一の年俸で引きとめることはできない。また、FA市場価格の2億円までは必ずしも必要ではない。ひょっとしたら、1億5000万円で引き留めることができるかもしれない。時として、選手は環境を変えることに伴うリスクを嫌い、残留できるならアップ額が多少抑えられても現在の球団と再契約することを選ぶからだ。これを、ホーウタウン・ディスカウントと言う。

しかし、それでもその選手は1億5000万円で「諾」とは簡単には言い難いだろう。自分のFAとしての価値が本当に2億円かどうかは、実際に市場に出てみないことには分からないからだ。

なのに、今回の楽天球団を始めとする多くのNPB球団はそれをするなと言う。実際に、他球団のオファーを聞かずして、ホームタウン・ディスカウンテッド・プライスを選手に許容させようとすると、それはかなり高めにならざるを得ないはずだ。移籍して2億円得るより、1億5000万円で残留することを選ぶ選手の場合、「2億円」が確定情報ではなく単なる予想値である限り、残留プライスは1億5000万円より高めになるのが、経済原則であり人間の心理だからだ。

以上を整理するとこうなる。

「現在の年俸(A)」<「ホームタウン・ディスカウンテッド・プライスの年俸(B)」<「FA市場での年俸(C)」

ただし、「ホームタウン・ディスカウンテッド・プライスの年俸(B)」は以下のように変動する。

「FA市場での年俸(C)が確定している場合」 <「FA市場での年俸(C)が確定していない場合」

要するに、選手を一旦FA市場に出してあげることは、現在の球団にとって損ではないことになる。加えて、複数球団との競合になったところで、(その選手が現在の所属球団との間に感情的な軋轢がない限り)現所属球団は他球団に対し条件面で有利な立場を保持できる。今回の楽天の嶋選手への対応は、これらのメリットをみすみす手放すことを意味している。

もちろん、嶋選手を失うことによる戦力的ダウンという大きなマイナスも伴うことは言うまでもない。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

豊浦彰太郎の最近の記事