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次回最終回の『リバース』での怪演に圧倒。新・水戸黄門も決まった武田鉄矢の反骨の俳優人生に迫る。

成馬零一ライター、ドラマ評論家

ニッポン俳優名鑑 Vol.9 武田鉄矢 出演作品『リバース』(TBS系)

いよいよ、次回で最終話となる『リバース』

金曜ドラマ(TBS系、金曜夜10時)で放送されている本作は、湊かなえ原作小説を映像化したもの。主人公は藤原竜也が演じる冴えない青年・深瀬和久。

大学の時に行った卒業旅行で事故死した親友の真相を巡って過去と現在が交差するミステリードラマであるが、昨日放送された第9話のラストで多くの人がのけぞったことだろう。

もちろん、小説を読んでいた人なら想定通りの展開なのだが、驚くべきは、あと一話あるということ。

ドラマ版オリジナルとなる最終回が、どのような結末となるのか、とても楽しみである。

物語も気になるが、個人的に気になっているのは役者陣の奮闘だ。中でももっとも気になるのが、元刑事のジャーナリスト・小笠原俊雄を演じる武田鉄矢である。

小笠原は事件の真相を調べるために深瀬の元を訪れては、ネチネチと質問するのだが、その時のしゃべり方が高圧的で見ていてイヤ~な気持ちになる。

元々、藤原竜也は演技の主張が激しい俳優なのだが、今回はわりと普通に見えるのは、深瀬役になりきっているということもあるが、隣に武田鉄矢がいることも大きいだろう。

「毒をもって毒を制す」と言うと言い過ぎかもしれないが、藤原の存在が地味に見えるくらい、武田鉄矢の演技は全身から腐臭が漂っているかのような悪魔的存在感を漂わせており、見ていて圧倒される。

『リバース』は原作小説をかなり大胆に脚色しているのだが、武田鉄矢が演じる小笠原も、小説には存在しないドラマオリジナルの存在だ。8話ラストを見た時はここでリタイヤかと残念に思ったが、どうやら最後まで登場するようで、まだまだ物語に関わりそう。

小笠原がどうなるのかも含めて、来週の最終話がとても楽しみである。

武田鉄矢の老刑事役にハズレなし

武田鉄矢の刑事役というと、本人が原作(片山蒼・名義)と脚本を担当し、第五作まで作られた映画『刑事物語』の片山元を思い出す人が多いかもしれない。

確かにあの映画の武田鉄矢は激しい感情表現とユーモラスなアクションが印象深い名演だった。和製ジャッキー・チェンとも言えるハンガーを用いたアクション(ハンガーヌンチャク)や吉田拓郎が歌うエンディングテーマ「唇をかみしめて」もすばらしかった。

しかし、『刑事物語』の時よりも、今の武田鉄矢が演じる老刑事役はもっとスゴイのだということは、声を大にして言いたい。

最初に凄いと思ったのは、2006年に『リバース』と同じ金曜ドラマで放送された東野圭吾・原作のミステリードラマ『白夜行』(TBS系)の老刑事・笹垣潤三だ。

笹垣は劇中で謎の殺人を繰り広げる犯人を執念で追い続けるのだが、途中で刑事を辞めて探偵になることを考えると、『リバース』の小笠原は笹垣からインスパイアを得たキャラクターなのかもしれない。

この辺り金曜ドラマの「東野圭吾から湊かなえへ」という大河ミステリードラマの流れともリンクしていて面白い。

また、この『白夜行』の刑事役を見た脚本家・遊川和彦が武田鉄矢にオファーして生まれたのが、2009年に放送された『リミット 刑事の現場2』(NHK)の梅木拳である。

過去に恋人を犯罪者に殺された梅木は、事件解決のためなら手段を選ばず、犯人を徹底的に追いつめていくという犯人以上に狂った刑事で、クリント・イーストウッドが演じた『ダーティハリー』のハリー・キャラハン刑事の晩年を見ているかのようだった。個人的に武田鉄矢のオールタイム・ベストは『リミット』の梅木拳だと思っている。

他にも『ストロベリーナイト』(フジテレビ系)など、老境に入った武田鉄矢が刑事役を演じる時は、必ず爪痕を残していくので、絶対に見逃せない。

時代のカウンターとしての武田鉄矢

武田鉄矢は福岡県福岡市博多区出身で、九州出身のタレントというと武田鉄矢というイメージは今も強い。筆者は生まれが福岡で、長く住んでいたから感じるのだが、福岡の人間が持つ良く言えば「情に厚い」悪く言えば「おせっかい」で鬱陶しい部分をそのまま煮込んで、ドロッとしたとんこつラーメンにしたような存在が武田鉄矢だ。

だから画面に映ると思春期に家族を疎ましく思うような嫌な気持になり、あんな男にだけはなりたくないと思っていた。

だが年を取り、自分も結局、おっさんになるしかないんだなぁと運命を受け入れた時、ふと武田鉄矢のことを考えることが増えてきた。

そうなると、今までとは違った顔が少しずつ見えてくる。

フォーク・グループ海援隊のリーダーとして活躍していた武田鉄矢の俳優デビュー作として高く評価されたのは、山田洋次監督の映画『幸せの黄色いハンカチ』だが、武田鉄矢は映画スターのカッコいい高倉健に対するカッコ悪いブ男として世間に受け入れられた。

「光あるところに影あり」ではないが、武田鉄矢の演じてきた役を追っていくと、華やかなスター俳優のカウンターとして生きてきたことがとてもよくわかる。

それは一言で言うとジャイアントキリング(番狂わせ)の歴史だ。

例えば、出世作となった『3年B組金八先生』(TBS系)。

第1シリーズ放送当時、裏番組は石原裕次郎がボスを務め、様々なスター俳優を生み出した人気ドラマ『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)だった。

『太陽にほえろ!』に裏番組が連戦連敗だった時代、『金八先生』は「中学生の妊娠」「校内暴力」といった現代的でショッキングなテーマを次々と展開し、リアルな学園モノとして注目され、『太陽にほえろ!』を超える視聴率を叩き出した。

カッコいいスター俳優たちをブ男の武田鉄矢が倒したのだ。

また、1991年には月9の恋愛ドラマ『101回目のプロポーズ』(フジテレビ系)に出演して、トレンディドラマの象徴とも言える浅野温子を射止めるダサい男を演じ、高視聴率を獲得した。

これも、月9が自分自身でその価値観を破壊したと言える象徴的な事件だったと言える。

俳優としての武田鉄矢の歴史を追っていくと面白いのは、常に時代のカウンターとして存在していることだ。

逆に言うと、既存のドラマや映画に対するカウンターを作り手が求めている時、武田鉄矢は召喚される。

近作では、2013年の連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『純と愛』(NHK)で演じた役がそうだろう。

『リミット』の遊川和彦が脚本を書いた『純と愛』は、朝ドラに対するカウンターを朝ドラで展開した作品だった。

本作で武田鉄矢が演じたのはヒロインの純(夏菜)の父親・狩野善行。

純の夢を否定して、真向から対立し、時に泣き落としをしてでも相手を籠絡させようとする姿はとても醜悪で、時々、もっともらしい格言を引用して説教する姿は武田鉄矢のパブリックイメージを逆手にとったような悪くて情けない父親像だった。

善行をみて、武田鉄矢は「日本そのものだ」と思った。

金八で終わらなかった武田鉄矢

様々なヒット作を持つ武田鉄矢だが、多くの人にとっては、いまだに金八先生のイメージが強いのではないかと思う。

1979年から2011年まで断続的に放送されてきた『3年B組金八先生』だが、おそらく多くの人々がイメージする金八先生は79~80年に放送された第1シリーズと80~81年に放送された第2シリーズだろう。

お笑い芸人がモノマネをしやすい強烈なキャラクターだったこともあってか、金八の持つ戦後民主主義的な理念(腐ったミカンの方程式を真っ向から否定して、不良も劣等生もみんな平等に受け止めようとする考え方)は、絶対的な正論として80年代以降定着した。

しかし、そんな金八的な価値観は昭和が終わり平成になると、だんだん通じなくなっていく。

1995年に再開された第4シリーズ以降は、子どもたちが大人から見て何を考えているのかわからない存在として描かれている。

武田鉄矢が老いていく過程がそのまま映像に焼き付いていることを差し引いても、シリーズを重ねるごとに金八は弱々しく頼りない存在になっていった。

だが、そんな老いていく金八の姿はとても魅力的だ。

金八を絶対的なスターにせずに、ちゃんと老いることができたからこそ

『白夜行』以降の老刑事キャラの魅力があるのだろう。

また、金八の正論をグロテスクに反転させたものとして最も有名な小説に高見広春の『バトルロワイアル』がある。

日本を思わせる独裁国家の法律によって42人のクラスメイトが最後の一人になるまで殺し合うことを強いられる姿を描いた本作だが、生徒たちを戦わせる担当教官は坂持金発という、金八先生のような喋り方をするキャラクターだった。

『バトルロワイアル』は、日本のエンターテイメント作品に多大な影響を与えたのだが、金八的な戦後民主主義的な綺麗事に対する皮肉が背景にあることは、今振り返ると大変興味深い。

そういえば、『リバース』で主演を務める藤原竜也は、映画版『バトルロワイアル』で主人公の七原秋也を演じていたのだが、映画版の敵教官は、坂持金発ではなく、北野武が演じるキタノに変更されていた。

北野武の哀愁のある演技は、当時「キレる14歳」と言われた子どもたちに怯えて逆ギレする大人の象徴として良く出来ていたが、原作通りに坂持金発を登場させて、もしも武田鉄矢が演じていたらどうなっていたのだろうか。

『リバース』の深瀬と小笠原のやりとりを見ていると、ありえたかもしれないバトルロワイアルでの藤原竜也と武田鉄矢の共演を妄想してしまう。

新・水戸黄門を武田鉄矢は、どう演じるのか?

それにしても、どの役を演じても鮮烈な印象を残すということは、逆に言うとどんな役を演じても違和感が滲み出ていると言えるのかもしれない。

『リバース』の刑事役もそうだが、どんな役を演じても浮いてるように見えるのが武田鉄矢の面白さだ。

『金八先生』を筆頭に武田鉄矢のアドリブには様々な逸話があるが、時にドラマすらぶっ壊しかねない劇薬だからこそ、埋もれることなく、ここまで生き延びてきたのだろう。

そんな、武田鉄矢の新たな代表作となりそうなのが、今年の10月からBS-TBSではじまる『水戸黄門』だ。

武田鉄矢が水戸黄門を演じるという情報が解禁されると、SNSでは即座に「どんな水戸黄門になるのか?」という大喜利が繰り広げられた。80年代の『3年B組金八先生』や『刑事物語』を思い浮かべて、ミスキャストではないかという意見も多かったが、個人的には老刑事役を演じる武田鉄矢のイメージをうまく移植できれば、とても面白くなるのではないかと思う。

元々、ドラマ版『水戸黄門』の水戸光圀役は東野英治郎や西村晃など、悪役として名を馳せた俳優が演じている。

後期は佐野浅夫、石坂浩二、里見浩太郎といった善玉寄りの俳優が演じているが、自分にとっての水戸黄門は東野や西村であり、勧善懲悪の物語の裏側にある黄門様の腹黒さを無意識に感じ取っていた。

その意味でも武田鉄矢の起用は原点回帰とも言える。

個人的には『リミット』の梅木のような性格の悪さと憎しみが全身から腐臭のように滲み出ている極悪爺さんを演じてほしいと思う。

昔も今も、カッコ悪くて見苦しい。だからこそ武田鉄矢は、とてつもなくカッコいいのだ。

ライター、ドラマ評論家

1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に「TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!」(宝島社新書)、「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。

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