“ゴミ”から作る革靴 靴職人が追い求める「美しい生活」
「本当にかっこいい靴って、きれいな革って、なんだろう」。東京生まれのシューズデザイナー勝川永一は、画一的な美意識に対して常に疑問を抱いてきた。既成概念をそのまま受け入れて流行を後追いするプロダクトを作ることは、クリエイターの仕事だろうか?履きつぶされたら新しい靴を買ってもらうという文化に自分は加担するべきか?革靴を作り続けて20年以上が経った今も変らないその問いの本質とは。
勝川が手掛けるシューズブランド「H. Katsukawa」は、2007年の立ち上げ以来、ファッション通の間では唯一無二の存在として一目置かれてきた。「ユナイテッド・アローズ」「ドーバーストリート マーケット」などの大手セレクトショップで展開され、吉田カバンが手掛ける「ポーター」やイギリスの老舗ブランド「フレッドペリー」などとのコラボレーションも数知れない。
その「H.Katsukawa」の代名詞として知られているのが、通常は「ゴミ」として扱われる原皮の部位を皮革として仕上げた「ニベレザー」である。
東京・表参道で美容室を経営する父のもとで生まれ育ち、小学生の頃から渋谷や原宿へと出向いて洋服を買っていた勝川は、自分が魅せられてきたファッションという文化が持つ面白さ、特異性を自身が作る靴によって表現していると言う。「既存の製品にはなかった『かっこよさ』を持ちながら、靴としての機能や現代性、わかりやすく言うと『履きやすさ』を両立させています」
シューズデザイナーとしての勝川の第一歩は、2000年にさかのぼる。それまで営業職として働いていた東京の靴メーカーを29歳で退職し、英国ノーザンプトンの専門学校「トレシャム・インスティチュート」へ単身留学。卒業後、最高品質のハンドメイドで知られる伝説的なデザイナー、ポール・ハーデンに師事した。紳士靴の本場での伝統製法と、素材にこだわる職人の仕事。イギリスで学んだこれらの経験が、2007年のデビュー作「ニベレザー」として結実する。
ヨーロッパを起源とする革靴は、カーフレザーと呼ばれる子牛革に代表されるように、きめ細かく、なめらかで、均一に整ったものが一般的に「良品質」とされている。しかし、英国から帰国して日本で新たなブランドを立ち上げた勝川は、本場のセオリーとは真逆のアプローチを模索した。
「既存の基準や価値観に倣うならば、オリジナルにいかに近づけるかの競争でしかない。それだと、極端に言えば、オリジナルを超えることは不可能じゃないですか?」
子供の頃からファッションを愛し、「真新しさ」で自分をワクワクさせてくれた先人たちを尊敬するからこそ、自分にしか作れない新しい靴を目指した。
「ホルモンみたいなものです、食肉で言うと」。まだ世の中に存在しない革を求めて奔走していた勝川がたどり着いたのは、皮革素材としては使い道のない「ゴミ」として捨てられてきた原皮の下層部だった。荒々しく起毛した風合いに自然そのものが持つ「美しさ」を感じとり、都市生活者が忘れがちな「生命」の重みを勝川は見出した。不均一でゴワゴワした部位を世界で初めて皮革として作り上げ、天然由来のなめし剤で仕上げた「ニベレザー」のドレスシューズを2007年に発表。国内外で高い評価を受け、2016年にはかつて自身が学んだノーザンプトンの美術館「ノーザンプトン博物館&美術館」に永久コレクションとして収蔵された。
勝川は、デビュー以来一貫して自身が感じる違和感や欠乏感をプロダクトに表現してきた。その最新作は、樹液から作るゴムを使うことで生分解性を実現したソールで作るスニーカーである。新しく開発された技術や素材を使い、「循環」の純度を上げるのだという。靴の意匠を作るだけでなく、自分の仕事を通して社会にどう関わることができるのか、足元から人々の意識を変革することはできないか、理想の世界観を追い求めて「デザイン」の領域を拡張し続けている。
そんな勝川にとってのシューズデザイナーの仕事は、靴を作ることに留まらない。首都高速の巨大ジャンクションが頭上に広がる国道246号線沿いで運営しているのは、2010年にオープンした広さ10平方メートルの小さな靴修理専門店「The Shoe of Life」。現代の使い捨て文化に対する違和感を原点とし、「その人が大切にしている『一生もの』をより長く使えるように、お客さんの生活に伴走することを理想としています」と語る。10年以上前に作った靴のメンテナンスのため来店する客が今もいるという。
「当時作った靴を通して届けた思いを、まだ大切にしてくれているんだ、今でもなにかの役に立てているのかな、と思うとうれしいですね」
環境意識や倫理観を土台に始まったのではなく、ファッションとしての「美しさ」や「クリエイティビティ」を求めて生まれたニベレザー。かつて「ゴミ」として捨てられていたこの革は、限られた天然資源を有効利用することが避けられない今日の都市生活者に、美意識や感性をアップデートする必要を静かに訴える。
かっこよさを追求しながら私たちを取り巻く諸問題から目をそらさない。そんな「美しい生活」を求める勝川の模索は止まらない。
(敬称略)
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