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生産性が低いと働くことはできないのか?発達障害を抱えながらアートを仕事にする #ydocs

杉岡太樹 / TAIKI SUGIOKAドキュメンタリー映画監督

障害者の自立支援に表現活動をとり入れた高知県の事業所が、注目を集めている。高知市の中心部にあるアートセンター「画楽」。ここでは発達障害を抱える人が集まり、アート作品やグッズを制作している。発達障害は、医療や福祉の分野では比較的新しい概念だ。厚生労働省の調査によると、医師から診断された人の数は、2016年の48.1万人から22年には87.2万人に増えている。症状や影響が多岐にわたり、外見からはわかりにくい発達障害。それを生活のしづらさに直結させないために、求められることはなにか?障害を抱えながら自立することはできるのか?画楽を20年間運営してきた上田祐嗣に話を聞いた。

(敬称略)

就労継続支援としてのアートセンター

アートセンター画楽の朝。始業に備える通所者たちを見つめる上田。
アートセンター画楽の朝。始業に備える通所者たちを見つめる上田。

画楽の代表を務める上田祐嗣が福祉の世界に足を踏み入れたのは1994年のこと。美術大学を卒業し、企画事務所でプランナーとして働いたのちに独立。デザイン会社を立ち上げてから10年が経った頃だった。

「経営するデザイン会社で、高知市が主催する福祉イベントの運営を請け負ったことがありました。それが障害を持つ人たちとの初めての接点です。それから、彼らにもっと関わりたいと思うようになっていきました」

はじめは障害を持つ児童向けのデイサービス施設としてのスタートだった。2002年に全国で行われた障害者の芸術展「トヨタ・エイブルアート・フォーラム」の高知事務局を務める中で、上田は福祉の方法としてアートを活用することに可能性を見出していったという。画楽がB型就労継続支援制度を利用したアートセンターへと形を変えたのは2015年。2006年に施行された障害者自立支援法に後押しされてのことだった。

就労継続支援制度は、障害や病気のために一般企業に雇用されることが困難な人を対象とし、雇用契約の有無によってA型とB型に分けられる。A型は自治体ごとに定められた最低賃金が保障されるが、B型は雇用契約を結ばずに「工賃」という名目で成果報酬が支払われる。厚生労働省によると、全国に1万6295のB型就労支援の事業所があり、33万3690人が利用している(2024年4月)。

福祉事業の現実 時給243円

アートセンター画楽の外観。JR高知駅から徒歩5分の立地。公共交通を利用して通う人も少なくない。
アートセンター画楽の外観。JR高知駅から徒歩5分の立地。公共交通を利用して通う人も少なくない。

アートセンター画楽には約20人が在籍し、1日につき15人ほどが通所してくる。多い人で月に20日間程度作業している。

仕事は「アート」「クラフト」「畑仕事」の3分野に分けられており、それぞれが自分の仕事を選ぶ。個人で作品をつくるのが「アート」で、みんなで作業分担してグッズを作るのが「クラフト」だ。固定報酬は「クラフト」が割高に設定してあるが、「アート」は作品による収益が出れば作家個人へ分配されるという。

「アート作品の収益は、積み上げたものをボーナスという形で支給します。1年に何十万円を稼ぐ人もいれば、何千円にしかならない人もいます」

「クラフト」で作るおみくじだるまのガチャ。高知県内8店舗の飲食店に常設されている。
「クラフト」で作るおみくじだるまのガチャ。高知県内8店舗の飲食店に常設されている。

厚生労働省によると、2022年度のB型就労継続支援の平均工賃を時給に換算すると、243円に相当する。一方、高知県の最低賃金は820円(2022年10月8日まで)。577円の差額を、どのように受け止めるべきか。B型での運営を続ける理由を、上田はこう説明する。

「B型を正しく利用することで、多様な個性に合わせた多様な働き方を作ることができます。逆に、最低賃金で一律にしてしまうと、その額に相応する金銭的生産性を満たせない人から働く機会を奪うことにもつながります。働くというのは社会参加の1つの形であり、その中でなんらかの価値を作ることです。それによって得る対価は、金銭や物質とは限りません。人に喜んでもらったり、自分がうれしかったり、お金に換算できない感情も立派な対価です」

金子仁麗のデスクに貼られたメモ。昼食休憩にパチンコ店へ行き、新台のポスターを見るのが彼の楽しみ。
金子仁麗のデスクに貼られたメモ。昼食休憩にパチンコ店へ行き、新台のポスターを見るのが彼の楽しみ。

生産性がなければ働くことはできないのか?

画楽に通う人たちは、ほかのB型事業所への通所を拒まれた人が多い。上田が保護者に聞くと、拒否の理由に挙げられるのはおおむね「生産性の不足」だという。上田もその事実は否定しない。すぐに居眠りしてしまう人、ひとりごとが止まらない人、チックやてんかんを持つ人が、利用者の中に少なくないからだ。しかし、そうした発達障害の特徴が社会参加の機会を阻む状況に、上田は強い違和感を持っている。

「どこの事業所も運営が大変なのは理解できます。しかし、B型事業所が入所者に生産性を期待することは間違っています。僕たちは、既存の物差しでは価値がないとされている彼らの特徴を、人々に喜んでもらえるなにかに転換しなければいけない。今までなかった新しい価値をゼロから生み出す責任があるんです」

最年少19歳の廣井柊太。大好きな「笑点」の司会になることが将来の夢。
最年少19歳の廣井柊太。大好きな「笑点」の司会になることが将来の夢。

ただ、現実は甘くはない。画楽の運営には就労支援制度によって公費が支給されているが、それ以上の支出が毎月出ていくという。約50平方メートルの作業スペースが2つあり、常に4人以上のスタッフがいる。利用者が思いのまま使えるよう、画材も豊富に取りそろえている。2012年の設立以来、上田が経営するデザイン会社がその赤字を補填してきたのが実情だ。

「僕が元気に働けるのはあと15年くらい。彼らの作り出すものへの理解を広めて、日本国憲法が定める『人として尊厳ある暮らしと社会生活』を彼らに保障する仕組みを、なんとか作っていきたいんです」

60歳になった上田が、画楽の設立当初から持ち続けている目標だ。

2023年12月、金子仁麗の個展会場。展示は上田が自ら赴き設営する。
2023年12月、金子仁麗の個展会場。展示は上田が自ら赴き設営する。

自閉スペクトラム症だから描くことができる絵

その目標をどれだけ達成できているのか?「50パーセントくらい」だと上田はいう。

「2023年までだと30パーセントも満たないくらいだったのが、この1年で大きく進展しています。近いうちに、自立できるだけの収入を得る作家が出てくるかもしれない。その1人が内田貴裕くん。昨年から展示の機会が増え、2024年にはモエヘネシージャパンから奨学金を受けて、渋谷で展示を開催しました。東京での展示は画楽として初めてです」

30歳の内田は、画楽がB型就労継続支援事業所になる前の10歳の頃から通っている最古参のひとり。「受動型」と言われる自閉症を抱えている。自分の意思を周りに伝えることが苦手で、周りに言われることに流されやすいのが特徴だ。生まれ育った高知市内の特別支援学校を卒業して以来、画楽でアート制作を続けている。

ボトルの絵を制作する内田。作業するデスクの位置は決まっている。
ボトルの絵を制作する内田。作業するデスクの位置は決まっている。

一般的に、発達障害を抱える人は変化に対する抵抗が強く、同じルーティンを繰り返すことで安心を得ることが多いと言われる。内田にもその傾向は強い。昼食や終業は1分とずれることなく時間を守り、休憩で缶ジュースを買いに出かける時間も決まっている。遠回りに見えるような道でも、一度決めたルートは必ず守る。

今では、絵を描くことも彼のルーティンだ。筆の数やパレットの位置は寸分違わずそろえられ、新しいキャンバスに向かう時は必ず鉛筆を削ることから始める。こだわりは、描くモチーフにも及ぶ。車、民族、ファッションモデル。迷うことなく筆を進めてディテールを描き込む。

美術大学を卒業し、かつては画家を志したという上田は、画楽に通う人たちのアートに今でも毎日魅了されているという。

「僕らが彼らに描き方を教えることはなく、できあがった作品に手直しを求めることもありません。絵は、描く人によって異なる意味を持ちます。正解はなく、巧拙によって評価が決まるものではない。その人の考え方や感じ方、その人らしさが筆圧や色使いを介して伝わる。アートという表現方法を手にいれることで、彼らの障害は個性として輝きだすんです」

鉛筆で下書きしてからアクリル絵具で塗り、その上から白ボールペンで輪郭を描く。常に同じルーティンだ。
鉛筆で下書きしてからアクリル絵具で塗り、その上から白ボールペンで輪郭を描く。常に同じルーティンだ。

人と人が支え合うことで、障害は強みに変えられる

2024年1月、東京・渋谷のクラフトビール・バー「ØL Tokyo」で、内田の作品が展示された。

10年ほど前に高知市内のバーのオーナーが空き瓶を届けてくれるようになったのがきっかけで、内田はお酒のボトルを描き始めた。10年間描き続けてきたその作品が、ここにきて注目を集めるようになった。1枚3万円の絵が売れていく。かつてはなかったことだ。

外国人客でにぎわう店内で、内田はボトル絵のライブペインティグ、そして来客の似顔絵を2日間描き続けた。その模様は、高知のテレビ局のニュース番組で伝えられた。

東京行きは、内田の念願でもあった。ICカードを使って電車に乗り、センター街でクレープを食べ、はとバスに乗って東京タワーを眺めた。

内田は絵を描くことで、自身が抱える障害への認知を社会に広めると同時に、自分の世界を広げている。

これからも少なくない人たちが直面するだろうさまざまな障害。それが生活のしづらさに直結しない社会を目指すうえで、上田は画楽の試みが広まることに自信を持つ。

「その人ができにくい部分をサポートすることで、その人にしかできない優れた資質を発揮する。そんな環境があれば、障害だけではなく多くの少数派の人たちが働きやすい社会になると思います」

2024年1月、ØL Tokyoでの展示。内田にとって人生2度目の東京だった。
2024年1月、ØL Tokyoでの展示。内田にとって人生2度目の東京だった。

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】

監督・撮影・録音・編集・記事:杉岡太樹

撮影アシスタント:Masami Isobe 中山鯨斗

プロデューサー:金川雄策 塚原沙耶

記事校正:国分高史

ドキュメンタリー映画監督

過去作:「沈黙しない春」「選挙フェス!」「息子のままで、女子になる」

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