Yahoo!ニュース

米中が新冷戦に突入する中、わが道を行く欧州のフランク・シナトラ外交とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
米中は新冷戦に突入した(写真:ロイター/アフロ)

「♪信じたこの道を 私は行くだけ」

[ロンドン発]新型コロナウイルスと中国の香港国家安全法導入で世界に激震が走る中、「アメリカ第一主義」を掲げるドナルド・トランプ米大統領はついに第二次大戦後の欧州の安全保障を支えてきた在ドイツ米軍の削減という禁じ手を繰り出しました。

トランプ政権による地球温暖化対策のパリ協定、イラン核合意、世界保健機関(WHO)からの離脱に対して欧州連合(EU)の外相に当たるジョセップ・ボレル外交安全保障政策上級代表は「シナトラ・ドクトリン」に言及し「♪信じたこの道を 私は行くだけ」と強調しました。

シナトラ・ドクトリンは旧ソ連の指導者ミハイル・ゴルバチョフ氏が旧ワルシャワ条約機構諸国にそれぞれシナトラのヒット曲にちなんで「マイ・ウェイ(自分の道)」を進むことを認めたものです。

米中の「グレート・デカップリング(分断)」が進行する中、EUは第三極としての道を進むというわけです。

6月15日、EUは3時間にわたってテレビ会議形式の外相理事会を開き、マイク・ポンペオ米国務長官と中国、中東和平、ウクライナ東部、新型コロナウイルス・パンデミック、ロシアや中国が仕掛けてくる偽情報問題を協議しました。

EUは香港国家安全法導入にどう対応する

中国が香港国家安全法導入を強行した後、EU・中国首脳会議が6月中に開かれた場合、EUが中国にお墨付きを与えることになりかねません。しかしボレル代表は「懸念を共有し、私たちの価値と利益を守る共通の基盤を探すためアメリカと協力することが重要」と述べるに止めました。

ボレル代表は今月9日、中国の王毅外相と年次戦略対話を行った際の記者会見で、英政府が香港市民の英国民(海外)旅券による滞在期間を半年から1年に延長することについて「何千人もが逃げ出す他の場所と同じように香港から逃れる人がいるとは思えない」と距離を置きました。

14日のブログでも「米中関係は来年1月にホワイトハウスに誰がいるかにかかわらず、世界的な競争の道を進んでいる。この対決は将来の世界秩序の枠組みとなる。サイドを選ぶ圧力が強まっている」との見方を示しました。

そうした中、自分の利益と価値観を羅針盤とする戦略的アプローチを採用する必要があるとして「例え仮に大国が多国間システムを争いの場として使う機会が増えたとしても、それを同じような考えで協力する場にするのが欧州の道だ」と「シナトラ・ドクトリン」を表明しました。

EUは中国とのサミットで投資スクリーニング、調達の相互主義、サプライチェーンの多様化、戦略的製品の備蓄、アフリカ諸国が「債務の罠」に陥っている問題を解決した上で、今後5年間のアジェンダ2025で合意を目指す考えを示しています。

高まる米中の緊張と広がる欧米の溝

トランプ政権になって貿易戦争や次世代通信規格5Gの争いで米中対立が鮮明となり、欧米間の溝も埋めようがないほど広がっています。

・イラン核合意からの離脱

・イスラエルとパレスチナ問題

・パリ協定からの離脱

・WHOからの離脱

・ロシアも参加するオープン・スカイ(相互に非武装の監視飛行を認める)条約からの離脱

・北大西洋条約機構(NATO)の「応分の負担」問題

NATOの「応分の負担」問題では、トランプ大統領がアメリカで開催する主要7カ国(G7)首脳会議への出席をアンゲラ・メルケル独首相がパンデミックを理由に拒絶したことを根に持ったのか、在ドイツ米軍を3万4500人から2万5000人に削減することを命じました。

表向きの理由は、ドイツがNATOの目標である国内総生産(GDP)の2%を国防費に充てていないのに、どうしてアメリカが世界最大の貿易黒字国ドイツを守ってやらなければならないのかということです。在ドイツ米軍の削減には米軍の海外駐留経費を減らす狙いがあります。

米軍の海外駐留経費は昨年、総額で210億ドル。うち150億ドルがドイツ、日本、韓国の米軍経費で、3カ国の負担は37億ドル。トランプ大統領は基地のホスト国に米軍駐留経費の全額負担とさらにその50%を追加で支払う「コスト+50%」を突きつける考えだと一時報じられました。

米シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)のリック・ベルガー氏の試算では、米兵の人件費を含めると「コスト+50%」案ではドイツの負担は現在の10億ドルから103億ドルにハネ上がります。

日本の立ち位置は

新型コロナウイルス・パンデミックへの対応、都市封鎖(ロックダウン)で落ち込んだ経済の立直しが最優先になるEUには、香港問題で米英を中心とした“アングロサクソン連合”と同じように中国に対決型アプローチをとる考えはないようです。

世界は中国・ロシア、米英豪加を中心とした“アングロサクソン連合”、EUの三極に大きく分断されつつあります。米民主党の大統領候補ジョー・バイデン氏が11月の大統領選に勝利しても、EUの立ち位置が少し変わるだけで、流れは大きく変わらないでしょう。

安倍晋三首相には日米同盟を軸にアングロサクソン5カ国の電子スパイ同盟「ファイブアイズ」との連携を強化し、環太平洋経済連携協定(TPP11)に米英を巻き込んで中国に対抗するしか道がありません。EUとの仲介役など、アメリカのジュニアパートナーとして日本が果たすべき役割は大きいでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事