映画『主戦場』が炙り出す「保守派」の虚妄と理論破綻
1】次第にしどろもどろになっていく「保守派」
現在公開中のミキ・デザキ監督によるドキュメンタリー映画『主戦場』は、いわゆる「保守派」「右派」とされる歴史修正主義者の虚妄がこれでもかと炙り出される意味で痛快である。
日韓両国や市民団体の中で係争の対象になっている「従軍慰安婦問題」について、韓国人の元慰安婦らに寄り添うべきだという人々と、それに真っ向から反対し「彼らは単なる売春婦にすぎない」と主張する人々(劇中では日本の右派。または歴史修正主義者)を、押しなべて交互に尺をとって、並列的に並べている。
ドキュメントの中では、元慰安婦らの主張が正しいと言っているわけでも、日本の右派が正しいと言っているわけでもない構成から始まっていくが、ドキュメントが進んでいくにつれて、明らかに日本の右派や歴史修正主義者がその理論に破綻をきたし、しどろもどろになっていくさまがこれでもか、と描かれている。
2】おなじみの”従軍慰安婦は売春婦”論
特に劇中登場する杉田水脈代議士、新しい歴史教科書を作る会の藤岡信勝氏、日本のテレビタレント、ケント・ギルバート氏などは、「従軍慰安婦は売春婦である」と言ったり、「しかし高い給料が払われていたので性奴隷ではない」と言ったり、その理屈が二転三転して安定していない。
従軍慰安婦が単なる売春婦であるのなら、その娼婦に支払われた給与が高額であるか否かは関係のないことだが、彼らは給料が高いから「単なる売春婦ではない」という。支離滅裂である。またジャーナリストの櫻井よしこ氏は「朝日新聞がこの問題を世界に拡散し、日本軍が強制連行をしたという間違った事実が広がった」という。
これは国連のクマラスワミ報告の中の「故・吉田清治による作話(朝日新聞が誤報と訂正した)」ことを指していると思われるが、クマラスワミ報告で吉田清治証言が使用されているのは傍証としてわずか2か所で、クマラスワミ報告は吉田清治の虚言がなくとも成立する。こんな簡単な基礎も踏まえていないで「ジャーナリスト」とは片腹痛い。
更に、”異様”と映るのは自称歴史研究家の加瀬英明氏が登場する後半の下り。「歴史学者の秦郁彦氏の本は読んでいますか?」と問われると「秦?秦さんは私の友人ですが…。ワタシ他人の本は読まないんです。だから読んでいません」と答えるという無知ぶりをさらけ出すことだ。
秦郁彦氏は実証史学の権威で、従軍慰安婦問題については同氏の『慰安婦と戦場の性』(1999年、新潮社)が史学科に在籍する学部生でなくとも読める分かりやすい必携本となっており、日本軍の強制連行について早期に否定的な見解を示しているにもかかわらず、加瀬氏はこの従軍慰安婦問題の「基礎の基礎」と言える本を「読んでいない」と公言して、あまつさえ自らを「歴史研究者です」と満面の笑みで言ってのけるのである。
ちなみに加瀬氏は『中国人 韓国人にはなぜ「心」がないのか』(2014年、ベスト新書)という異様なタイトルの本を刊行しており、歴史研究者を通り越して単なる差別主義者の顔をのぞかせる。
以上、ざっと笑えるところだけを取り出しても、このような痛快なドキュメントは初めてで、本稿執筆時点で首都圏では公開館数1(シアターイメージフォーラム。5月24日よりアップリンク吉祥寺、あつぎのえいがかんKikiでも)だが、6月にかけて全国で上映館数が増えるから、値千金なので見たほうが良い。
3】監督への個人攻撃に終始
さてこの映画『主戦場』。先月4月20日公開からちょうど丸ひと月が立つが、いわゆる日本の保守派や右派や歴史修正主義者は、この映画を「反日映画」「偏向映画」「パヨク映画」などと脊椎反射的に罵る以上、体系的反論や批評がひとつもでていない。
そこで探すと、今月号(2019年6月号)の月刊誌『Hanada』に『総力特集 韓国の恥部 ドキュメント『主戦場』 従軍慰安婦映画の悪辣な手口』(P.316~329、山岡鉄秀氏)という一片を見つけた。これのみが、本稿執筆時点でほぼ唯一『主戦場』に対する保守側、右派側からの紙面上での反論・反証になっているが、中身は徹底的にこの映画の監督、ミキ・デザキ氏への個人攻撃に終始していて陳腐なものである。
山岡氏は映画『主戦場』とはまったく関係のない、ミキ・デザキ監督が過去にアップロードした動画をあげつらって執拗にこう述べている。
私も、この動画だけで、ミキ・デザキ監督が何を言いたかったのかは正直言ってよくわからない。しかしながらこの山岡氏の論法は、「この主戦場という映画を撮っている監督は、”ちんちん”などという卑猥な言葉を口にする動画を撮影している愚劣な人間だ」という周辺の評価にすぎず、肝心の『主戦場』の映画評にはなっていない。
繰り返すが上記の動画は、映画『主戦場』とは全く関係のない、たんなる別の動画である。
しかし映画『主戦場』では、在米ユーチューバーの「テキサス親父」ことトニー・マラーノ氏が、「アメリカでは絶対にヤりたくない女には、こうするのさ!」といって、慰安婦像(少女像)に紙袋を被せて大爆笑している模様が映し出されているが、こちらのトニーの「醜態」については、その行為が劇中であるにも関わらずなんら言及がない。
要するに、この山岡氏の作文は、映画『主戦場』以外の、監督の過去の行状をあげつらうだけで、肝心の映画への言及はいくらたっても始まらないのである。
4】秦郁彦を出せ!でも秦郁彦を読んでいない保守派
山岡氏は以下ようやく映画『主戦場』の内容に触れ、こう続ける。
おわかりいただけただろうか。山岡氏は櫻井よしこ氏やケントギルバート氏や藤井信勝氏や杉田水脈氏は、(こんなに頑張って劇中でしゃべっているのに)議論に値する専門家ではない、と切り捨てている。そして秦郁彦氏を出さない時点で「マイナス60点」としているが、その秦郁彦氏の著作を「読んだことがない」と劇中で言い切る加瀬英明氏については特段何のマイナス評価も下していないのである。
つまりこの山岡氏の月刊Hanadaでの理屈は、映画『主戦場』は、元従軍慰安婦に寄り添う人々の側にだけ専門家を出して、それに反対する右派、保守派、歴史修正主義者には素人しかいないのは不公平である、と言っているに等しい。
しかし私の知る限り、トニー・マラーノ氏も、藤岡信勝氏も、杉田水脈氏も、「なでしこアクション」代表の山本優美子氏も、ケントギルバート氏も「(彼らなりに)がんばって活動をやっている」人々だし、すくなくともネット右翼界隈の中では論客とされているのだから、議論の相手として認めてもいいのではないか。特に加瀬氏は、自らが「秦郁彦の本を読んでいないけど専門家」と名乗っているのだから、そこは認めてもよいのではないか。
山岡氏の論は、いわゆる元従軍慰安婦に寄り添う人々に鋭敏な反発を示しながらも、それに抗する「保守派」「右派」「歴史修正主義者」は、「素人」として一蹴し、映画の中に秦郁彦氏と西岡力氏の登場を切望している。はからずもこれに関しては、筆者も全く同じ意見であるが、ここまで「素人」と劇中に登場する「保守派」の人々をこき下ろすのも、逆説的に痛快だ。
山岡氏は『Hanada』に寄稿するぐらいだから「保守派」「右派」と見做されているのだろうが、身内をかばっているように見えて、実は身内を容赦なく打擲している。それが意図してのことだとしたのなら、なかなか見どころがある。
5】また「ちんちん」か。
そして山岡氏は、こう結んで終わる。
また「ちんちん」が出た。それも結句で。どうもお下品に過ぎる監督への個人攻撃を中心にしたお粗末な作文が、今のところ唯一の『主戦場』に対する反論であることからも、いわゆる「保守派」の言語感覚というものの程度が推して知れよう。(了)