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安倍首相はアジアの嫌われ者か「さまよえる靖国」(15)

木村正人在英国際ジャーナリスト

籾井勝人NHK会長の従軍慰安婦発言について、最高意思決定機関である経営委員会の浜田健一郎委員長は28日、籾井会長を厳重注意した。籾井会長自身、「大変申し訳ない」という謝罪文書をNHKの全職員にネット送付した。

これだけでは不十分だ。NHKは報道機関である。今後の報道が、籾井会長の意向に左右されるものではないという編集権の独立を報道局長がはっきりと表明すべきだろう。そうでないとすべてのNHKの報道が色眼鏡で国内外から見られるようになる。

仮に従軍慰安婦発言が個人的な見解だったとしても、籾井会長が披露した私見はネット上の書き込みより程度が悪かった。報道人としての資質がそなわっているのか大いに疑問が残るが、籾井会長には「自由の番人」と呼ばれる報道機関の使命について一から勉強してほしい。

第二次大戦の戦後処理は、第一次大戦の失敗を踏まえないと理解できない。「第一次大戦で和解が行われず、第二次大戦が勃発した。和解こそが、かつて戦った双方にとって最終的な勝利である」(第二次大戦のビルマ戦線英国人将校フィリップ・メイリンズ氏)

いいとこ取りの形で第一次大戦に参戦した日本は悲しいかな、全体戦争の凄惨さを知らないまま第二次大戦に突入した。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の占領、東京裁判、サンフランシスコ講和条約に込められた和解のメカニズムを十分に理解しているとは言い難い。

それを受け入れるか否か。戦争の荒廃から復興し、高度経済成長を遂げて世界第二の経済大国になれた要因として、戦勝国・米国が敗戦国・日本に手を差し伸べてくれたことを忘れるわけにはいかない。

大戦中、東京、大阪、名古屋など主要都市への空襲、広島、長崎の原爆投下もあった。そして約310万人が死んだ。

「真正保守」を名乗る人々がもし東京裁判や日本国憲法の制定、サンフランシスコ講和条約を否定しようとしているのなら、第二次大戦の戦後処理に込められた和解のメカニズムまで否定することになる。

和解のメカニズムを否定すれば、戦争のリスクは限りなく大きくなる。東アジアではしかし、ナショナリズムの炎が燃え盛り、和解のメカニズムは座礁、日中、日韓関係は非常に難しくなっている。

スイスのダボス会議で、安倍晋三首相は糸口を求めて韓国の朴槿恵大統領の基調講演に飛び入りで傍聴した。無思慮な籾井会長の発言は、そんな安倍首相を背中から突き飛ばして、崖から突き落としたのと同じだ。

日中韓のこじれた糸を元に戻すのは難しい。立ち止まらざるを得なくても、これまでの和解プロセスを日本側からあきらめてはいけない。放り投げてはいけないと思う。メイリンズ氏の言葉をあてはめれば、日中韓の和解はアジアにとって最大の安全保障になるからだ。

前回、フィリピンのラモス元大統領が地元有力紙への寄稿で安倍首相の靖国参拝について、中国や韓国のように騒ぎ立てるなと呼びかけていることを紹介した。その理由は次のグラフを見れば、一目瞭然である。

アジアの軍事費(SIPRIデータより筆者作成)
アジアの軍事費(SIPRIデータより筆者作成)

安倍首相がダボス会議で強調したように中国の軍備増強はアジアの安全保障を脅かしている。スウェーデン国際平和研究所(SIPRI)のデータベースをみると、中国の軍事支出(2011年のドル換算)は04年に日本を追い抜き、すごい勢いで増えている。

韓国が中国に急接近し、日本と距離を置いている。北朝鮮の核・ミサイル問題も抱える米国が日韓の関係を修復して中国の圧力に抗してほしいと考えるのは至極当然と言える。

中国の軍事支出は12年で1576億ドル。米国の6688億ドルに比べるとまだかわいいものだが、中国共産党は2049年の中華人民共和国の建国100周年に軍事力でも米国に肩を並べる計画を持っているという(親中派のケビン・ラッド前オーストラリア首相)。

米シンクタンク、ピュー・リサーチ・センターが昨年7月に実施した国際世論調査によると、中国で90%が「日本が嫌い」と答え、「好き」はわずか4%だった。韓国でも「嫌い」が77%を占め、「好き」は22%。

アジアの日本観(ピュー・リサーチ・センターのデータより筆者作成)
アジアの日本観(ピュー・リサーチ・センターのデータより筆者作成)

これに対して、フィリピンは「日本が好き」が78%、「嫌い」が18%。オーストラリアは「好き」が78%、「嫌い」が16%。インドネシアは「好き」が79%、「嫌い」が12%。マレーシアは「好き」が80%、「嫌い」が6%だった。

日本は1930~40年代の軍事行動について十分に謝罪したかという問いに対する回答は次のグラフの通りである。

日本の謝罪は十分か(同)
日本の謝罪は十分か(同)

では、安倍首相が好きか嫌いかについては次のグラフを見ていただきたい。年末の靖国参拝の影響はわからないが、東南アジアでの安倍首相の支持率はかなり高かったことがわかる。

アジアは安倍首相が好き、嫌い?(同)
アジアは安倍首相が好き、嫌い?(同)

フィリピンのラモス元大統領の寄稿は、東南アジアが安倍首相のように強い指導者が日本に登場し、中国に対抗するのを待望していたことを物語る。国内で盤石の政権基盤を持ち、日本を復活させたいと粉骨砕身する安倍首相のナショナリストとしての性格はアジアに強烈なコントラストを放っている。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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