中国秘密警察30カ国に展開 マンチェスター総領事館の暴力事件は習近平「戦狼外交」の近未来だ
■「中国共産党を終わらせよう」
[ロンドン発]北京で中国共産党大会が開幕した10月16日、英中部マンチェスターの中国総領事館前で約40人が「中国共産党を終わらせよう」というスローガンを掲げ抗議活動をしていたところ、総領事館から出てきた総領事ら数人の男が、王冠をかぶり台湾や香港、ウクライナを鷲掴みにする習近平国家主席の風刺看板や横断幕を取り除こうとした。
香港から英国に逃れてきた亡命者ボブ・チャンさんが看板を奪い返そうとしたところ、総領事館の職員に敷地内に引きずり込まれ殴打された。警備に当たっていた地元マンチェスター警察の警官が総領事館の敷地内に入り、チャンさんを助け出した。チャンさんは病院に運ばれた。一方、総領事館内から出てきた男も抗議活動をしていたグループに暴行を受けた。
マンチェスター警察は許可なく総領事館の敷地に入ったことについて「平和的な抗議活動が予想外にエスカレートした。警官はプロフェッショナルに行動し、被害者を助けて危害が拡大しないようにした」と正当化する一方で「責任があると思われる人物を裁くため、あらゆる実行可能な手段を検討する。捜査には時間がかかる」と捜査開始を明らかにした。
中国外務省の報道官は「一部の人々が悪意を持ってマンチェスターの中国総領事館に嫌がらせをし、不法に侵入した。中国人職員にケガをさせ、中国外交施設の安全を脅かした。海外の中国大使館と領事館の平和と尊厳は侵すことができない。英国政府が中国の大使館や領事館の施設、スタッフの保護を増強するため有効な手段を取ることを望む」と開き直った。
■「もし中国大使館に連れて行かれたらどうなるのか」
2020年7月、中国が香港国家安全維持法を強行したのに合わせて活動拠点を香港から英国に移した「香港衆志(デモシスト)」元党首、羅冠聡(ネイサン・ロー)氏は英紙ガーディアンへの寄稿で「もし私が中国大使館に連れて行かれたらどうなるのか、想像せずにはいられない」と不安を漏らす。
「狭くて暗い部屋に拘束されるのだろうか。中国本土に送還され、国営放送で自白を強要されるのだろうか。それとも他の独裁国家の大使館で殺害された反体制家のように永遠に姿を消してしまうのだろうか。香港の民主運動家が望むほど英国は安全ではないのかもしれないと自覚せざるを得なくなった」
羅氏は香港での民主化運動で投獄され、親中派の暴漢による暴力を経験し、英国に来てからも懸賞金付きのお尋ね者扱いされてきた。羅氏によると、昨年、英国海外市民(BNO)旅券の受け付けが開始されてから最初の1年半で14万件以上の申請があった。5年間で30万~40万人の香港人が英国に移住すると推測されている。
「中国の在外公館は本来、中国領土であり、外部に知られることなく、どんなことでもできる。中国が英国で行っている迫害は外交だけでなく、この国で自由を愛する香港人の安全にも関わる深刻な国内問題だ。暴力への領事館職員の加担が確認されても外交官としての免罪符により起訴が不可能ならば、直ちに英国から追放されるべきだ」と訴える。
■外交官は習氏への忠誠心を試されている
2018年9月、英中部バーミンガムで開かれた与党・保守党大会でも「法の支配」や「表現の自由」を無視する暴力事件が起きている。香港の自由、自治の侵害をテーマにした保守党人権委員会と香港の人権問題に取り組む「香港ウォッチ」の共催イベントで国営中国中央テレビ(CCTV)の女性記者が「中国を分裂させようとしている」と怒声を張り上げた。
司会役の同党下院議員が静粛にするよう女性記者に注意したが、応じなかったため退席を命じた。ボランティアの男性が退席を促したところ、女性記者は男性の顔を2回平手打ちにして警察に逮捕された。「中国メディアを代表してプレスパスを取得し、私たちの表現の自由を脅かした」と香港ウォッチ代表ベネディクト・ロジャーズ氏は語る。
中国共産党は習氏の3期目続投を決定。発足した新指導部の新任4人全員が習氏に近い人物で、習独裁体制は一段と強化された。経済政策などを巡り習氏と立場の食い違いが指摘された李克強首相や汪洋・人民政治協商会議主席は外された。常軌を逸した在マンチェスター中国総領事館での暴力事件は習独裁体制の強化が何を意味するのかを如実に物語る。
チャンさんの髪を引っ張った中国の総領事は「緊急事態だ。あの男は私の同僚の命を脅かし、私の国、私のリーダーを罵倒した。ああするのが私の義務だ。このような行為に直面したら外交官なら誰でもそうする」と英メディアに答えた。2012年以来、習氏による腐敗防止キャンペーンで150万人以上の官僚が処罰された。外交官は習氏への忠誠心を試されているのだ。
■中国の海外秘密警察
スペイン・マドリードに拠点を置く人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」によると、海外在住中国人の電気通信詐欺を取り締まる「海外警察サービスセンター」は5大陸30カ国にまたがり、欧州に集中している。事実上の海外秘密警察だ。昨年4月から今年7月にかけ23万人の海外在住中国人が「説得されて中国に帰国した」という。
こうした活動は国際的な司法管轄権を逸脱している恐れがあるが、中国は英紙タイムズに「運転免許証や出生証明書の申請管理や、電気通信詐欺の容疑者に中国へ帰国するよう促す手助けをしている」と説明している。しかし「セーフガード・ディフェンダーズ」によると、帰国に応じない人に帰国を説得する方法はかなり強圧的だ。
(1)中国に残るターゲットの家族を見つけ出し、脅しや嫌がらせ、拘留または監禁の手段で圧力をかけて、ターゲットが“自発的”に帰国するよう家族に説得させる。
(2)オンラインや“オトリ捜査官”を通じて直接、海外のターゲットに接近し、脅しや嫌がらせによって“自発的”に帰国させる。
(3)ターゲットを海外で拉致する。
英国に密かに設置された「海外警察サービスセンター」の住所は表向き人気のある中華料理店、不動産業者、ファストフードの宅配会社になっている。
習氏は新疆ウイグル自治区や香港の弾圧を強化し、ヒマラヤから南シナ海、東シナ海での領土問題で妥協する気配を全く見せていない。それどころか中国の核心的利益を守るためには武力行使も辞さない構えをますます強めている。在マンチェスター中国総領事館の暴力事件は台湾や尖閣で起きる近未来からの警鐘なのだ。
(おわり)