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バイデン氏、息子ハンターへの恩赦。筆者が国民への裏切りにそれほど驚かない理由

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
バイデン大統領と次男ハンター氏(今年8月)。(写真:ロイター/アフロ)

来月、4年間の任期終了となるバイデン大統領。

日本に住む人にとってバイデン氏はどのような人物として映ってきただろうか?

これまでアメリカの民主主義の危機とその強化の必要性を国民にたびたび訴えかけてきたバイデン大統領。多くの日本人にとって「弱々しくて頼りない面もあるが、善良な大統領」という印象があったのではないだろうか。

しかし残り少ない在任期間中の最後の最後になって、アメリカの正義が根底から覆されることが起こった。

バイデン大統領は今月1日、大統領の権限を行使し、刑事有罪評決を受けていた実の息子、ハンター・バイデン氏に恩赦を与えたと発表した。

ハンター氏が問われていた罪とは?

何かとお騒がせ息子のハンター氏は2018年、薬物使用歴について虚偽申告をし銃を不法に購入、所持したとされ、今年有罪評決が下された。アメリカの現職の大統領の子が刑事裁判で有罪となったのは初めてのこと。

ほかに脱税の罪も問われ、今月中に量刑が言い渡される予定だった。

なぜバイデン大統領は息子を恩赦した?

1日に発表された声明文にはこう書かれている。

Today, I signed a pardon for my son Hunter. From the day I took office, I said I would not interfere with the Justice Department’s decision-making,〜〜〜(中略)

本日、私は息子ハンターの恩赦に署名しました。(大統領に)就任した日から私は司法省の意思決定に干渉しないと言い続けてきました。〜〜〜

It is clear that Hunter was treated differently.

ハンターが(一般人とは)異なる扱いをされたことは明らかです。

I hope Americans will understand why a father and a President would come to this decision.

父親であり大統領である私がなぜこの決断に至ったのか、人々が理解してくれることを願っています。

このバイデン大統領の主張を要約すると、ハンター氏が大統領の息子だから標的にされ、一般人と異なる扱いを受け不当に重い罪に問われてしまった、という。

息子の有罪評決を受け、バイデン氏は自分は大統領だが父親でもあるから、父として息子を支えていくとしていた。しかしあくまでも司法の判断を尊重する姿勢だった。そしてハンター氏を恩赦するつもりはないと繰り返し述べてきた。

しかし最後の最後になって大統領権限を行使し、息子に恩赦を与えてしまったのだから、理由は何であれ、これは国民への裏切りと言えるのではないだろうか。

恩赦は国民への裏切り?いや、むしろ想定内では

ハンター氏の恩赦に対して、アメリカでは驚きや反発の声が上がったが、中にはバイデン大統領の決定を擁護する声も見られる。ハンター氏の罪が殺人などの類ではないことから「許容される」というものや、「過去の恩赦とそれほど変わらない」という意見もある。

恩赦は憲法第2条で定められている大統領の権限の一つだ。歴史を振り返ると、禁酒法後に酒類密造者に対する慈悲などから行使されてきたとされる。そして過去の大統領は数々の恩赦を与えてきた。

米報道によると、例えばクリントン大統領はコカイン密売で有罪判決を受けた義理の弟を、トランプ大統領は1期目、脱税などで有罪となった娘婿の父、チャールズ・クシュナー氏を恩赦した(ちなみにトランプ氏は今月、同氏をフランス大使に指名している)。

ウォーターゲート事件への関与で辞任に追い込まれたニクソン元大統領だったが、その起訴前にフォード大統領が恩赦した事例もある。ニクソン氏は刑事訴追を免れており、これに比べるとバイデン大統領の息子の恩赦は「軽い」という意見も。

バイデン大統領のレガシーが恩赦で台無しという報道も見られるが、すでに崩壊していたバイデン氏のレガシーを確固たるものにしたとする専門家の意見も上がっており、むしろこの恩赦は「想定通り」と言えるのかもしれない。

筆者が面白いと思ったのはあるコラムニストの意見。新聞の占いコーナーを打ち切られて驚いたという占い師の話を引き合いに出し「占い師が有能ならばそれを予想できたはず」。つまり「息子の恩赦をしたバイデン氏に激怒している民主党員やメディアの速記者がいるが、彼らが有能ならば、息子が有罪判決を受けた以上、バイデン氏が恩赦することは予想できたはず」と自身のコラムで発表。ごもっともな意見である。

来月就任するトランプ次期大統領は、21年の議事堂襲撃事件への関与者に恩赦を与える可能性を公言している。恩赦の応酬が加速するかもしれない。

これまで繰り広げられた熾烈な大統領選で「バイデン&ハリス=善、トランプ=悪」と唱え続けてきた左派メディアやそれを信じる人々は、善良であるはずのバイデン大統領による国民と正義への裏切りについて、どう感じただろうか。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、著名ミュージシャンのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をニューヨークに移す。出版社のシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材し、日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。

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