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どの程度の「田舎」ならば自分らしく生活できますか?~地方移住組より愛を込めて(1)~

大宮冬洋フリーライター
直販農家を営む在賀さん宅付近。長野県南佐久郡佐久穂町にある山間の集落だ。

 刺激が多くて華やかな東京での生活も楽しいけれど、いつかは地方に引っ越して静かに暮らしたい――。実家が地方にあってもなくても、いわゆる「田舎暮らし」に心を寄せる人は少なくない。

 筆者の場合は、特に田舎好きでもなかったが、再婚相手との力関係によって2012年7月から愛知県蒲郡(がまごおり)市に住んでいる。低い山と静かな湾に囲まれた島っぽい雰囲気の温暖な土地である。かつて住んでいた東京都杉並区よりも面積は1.6倍ほどだが人口は7分の1。車社会ということもあり、駅前でも人影はまばらだ。

 妻とその家族以外に知り合いはいなかった筆者でも、なんとか5年住んできた。生活は徐々に充実し、今では「結婚生活が続く限りこのまま蒲郡に住み続けたい」とすら感じている。しかし、住み始めの頃はとても寂しかったし、現在でも不満なことはある。誰でもどんな状況でも都会より地方のほうが住みやすいとはまったく思わない。

 地方移住を真剣に考えている人、現在進行形で各地方で生活している人に向けて、地方で朗らかに暮らすための方法を模索したいと思う。対話の相手は、9年前に東京から長野に移住した在賀耕平さん。佐久穂町という北八ヶ岳山麓の小さな町に住み、同じく東京圏出身の奥さんと2人で直販農家「GoldenGreen」を経営している。就農前の在賀さんは都内のベンチャー企業でITコンサルタントとして活躍していた。「自然好きでも農業好きでもなかった。食いっぱぐれのない仕事と生活スタイルを選んだに過ぎない」と公言し、あくまでクールに畑で働いているユニークな人物だ。客観的な意見を聞けると思う。

人口100人の集落に10年居住。家族構成と職業はすべて把握できてしまう

大宮  先日、東京で参加した食事会で、30代半ばの女性から興味深い体験談を聞きました。彼女は四国の離島に移り住んで仕事をしていたことがあるそうです。でも、濃厚すぎる人間関係になじめず、「ここでは自分らしくいられない」と判断。東京に帰って来たとのこと。田舎のほうが自分らしく生活できなかった、という話はリアルだなと思いました。この挫折を本人のパーソナリティや土地柄のせいにするのは簡単です。でも、彼女の体験から一般的な教訓を得るためには「どの程度の田舎なのか」に着目するべきだと思います。田舎であればあるほど人間関係が濃くなるからです。わずらわしさや息苦しさを感じる人もいると思います。

在賀  佐久穂町くらいの田舎レベルの町だと「集落」という単位が重要になってきます。僕と妻が住んでいるのは「うそのくち」という集落で、人口は100人程度、世帯数は30世帯くらいです。もう10年近く住んでいるので、どの家庭がどういう家族構成で、何の仕事をしているかくらいはすべて把握しています。集落単位で、草刈り、水路の掃除、盆踊り大会、各種スポーツ大会への参加をするので、必然的に濃い繋がりができてきます。集落に馴染めるかどうかが、田舎暮らしのひとつのキーポイントになるでしょう。このような集落のつきあいは嫌だなという方であれば、Iターンの人が多く住んでいるような地域や、別荘地のようなところに住むのはいいのかもしれません。

大宮  集落生活、馴染めたら天国で馴染めなかったら地獄なのでしょうね。

在賀  集落に馴染むためには、大きく2つの戦略があると思います。ひとつは「都会から来た変なやつだけど、いろいろと面白いこと提案をしたり行ったりして価値を出す」。もうひとつは、「都会から来たけど、田舎の生活にどっぷり浸かり、酒を飲み交わし、消防団にも入って、地元の人よりも地域に密着する」です。僕はどちらかというと前者のポジショニングですが、たまには後者的ポジショニングを見せて一気に親近感を得ることもやります。

あなたの自宅周辺の「田舎レベル」は? レベル6超はプライバシーなし

大宮  世界的な過密都市である東京の都心を田舎レベル0、限界集落を10とした場合、6を越えたあたりぐらいから「近所ですれ違う人はたいてい知り合いなのでとりあえず挨拶をする」状態な気がします。在賀さんが住んでいる集落は田舎レベル8ぐらいでしょうか。我が家のある蒲郡駅前は、市内では最も人口密度が高く、ちょっとした飲み屋街もあります。集落という概念は、神社の氏子単位である「常会」として存在していますが、入会していない世帯のほうが多数派です。これでは田舎レベル4ぐらいでしょう。道行く人と挨拶を交わしたりはしませんが、お気に入りのスーパーや飲食店に行くと高い確率で友人知人と出くわします。浮気などは絶対にできない環境です(笑)。一方で、蒲郡という縁もゆかりもない土地に馴染むためには、ほぼ愛知県に生まれ育った妻の人脈を乗っ取るぐらいの勢いが必要でした。今では、妻の父親や友人を勝手に誘って飲み歩いたりしています。

愛知県蒲郡市の駅前にある筆者の自宅付近。総合スーパーなどはあるが、人影はまばらで空地も多い。
愛知県蒲郡市の駅前にある筆者の自宅付近。総合スーパーなどはあるが、人影はまばらで空地も多い。

在賀  一人でもいいのでキーマンを見つけて、そこから人脈を広げるというのは有効な手段だと思います。僕たち夫婦の場合、農業の師匠もそうでしたが、役場の副町長に大変お世話になって、農地を紹介してもらいました。共通の知人がいると、田舎の人も安心するみたいで、不審がられずに済みました。僕たちは農業というこちらの人との共通言語があったのも良かったのだと思います。僕がたとえば東京の仕事をこなすプログラマーなんかで田舎にとりあえず引っ越して来てみた、みたいな状況だったら、この地域には馴染めなかったでしょう。

 筆者は毎年、在賀さん宅に(妻が運転する車で)遊びに行くことを楽しみにしている。里山を背にした高気密高断熱の一軒家で、賢くて愛嬌のある犬を飼い、薪ストーブで温まりながら新鮮な野菜を使った料理でワインを楽しむ暮らし。標高は1000メートルにも達し、空気も景色も常に美しい。つい憧れてしまうが、同じく地方移住組だからこそ「自分には住めない土地」だとはっきりわかる。筆者は車をはじめとする機械全般を扱えない。気力体力のなさにも自信がある。一方で、自分のことを好きになってくれそうな人にはかなり図々しく近づいていける。お祭りの日以外は閑散としているけれど、一応は徒歩圏内で生活ができる蒲郡駅前がヘタレな筆者にはちょうど良いのだろう。

 この文章を読んでいるあなたが移住先として考えている地域、いま実際に住んでいる地域の田舎レベルはどれぐらいだろうか。そのレベルはあなたと家族の価値観や生活に合っているのか。客観視してみると、地域に馴染む工夫を思いついたり、「無理だから引っ越そう」という判断ができるかもしれない。居住地域との相性は生活の満足度に直結しているのだ。

フリーライター

僕は1976年生まれ。40代です。燦然と輝く「中年の星」にはなれなくても、年齢を重ねてずる賢くなっただけの「中年の屑」と化すことは避けたいな。自分も周囲も一緒にキラリと光り、人に喜んでもらえる生き方を模索するべきですよね。世間という広大な夜空を彩る「中年の星屑たち」になるためのニュースコラムを発信します。著書は『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)など。連載「晩婚さんいらっしゃい!」により東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。コラムやイベント情報が読める無料メルマガ配信ご希望の方は僕のホームページをご覧ください。(「ポスト中年の主張」から2017年3月に改題)

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