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7月10日シーサイド道路開通~神栖市の土地対応、どうしてこうなったかを不動産鑑定士・税理士が探る

冨田建不動産鑑定士・公認会計士・税理士
私有地につき通行止めの看板。特記ないこの記事の写真は令和5年6月20日に筆者撮影

茨城県神栖市のシーサイド道路が、「私有地を通っていた」ことを原因として、土地所有者が通行人に通行料として実際に4万円を徴収していたことが、去年の秋ごろから情報番組等で報道されていました。

筆者自身もテレビ局にお声がけいただき、コメントをさせていただいたのですが、「なぜ、こうなったのか」は気になっていました。

そこで、改めて現地を訪れて、筆者なりに「なぜ、こうなって、そして今後、万が一の類例があるときはどうすべきか」を考えてみることにしました。

■ 神栖市とは

神栖市は茨城県南東端。千葉県との県境に位置する、太平洋沿いの市です。

もともとは神栖町と波崎町という別の町であったのが、平成17年に合併して神栖市になった経緯があります。

現在の市の庁舎は旧・神栖町の中心部で、鹿島臨海工業地帯至近のため、市の庁舎近くのホテルから日中は20分に1本程度の頻度で東京駅への高速バスが運行されていることもあり、貨物線を除く「お客さんが乗れる鉄道」がない割には栄えています。

画面やや右よりの太平洋に面したやや明るく示されている部分が神栖市で南側半分程度が旧波崎町に該当する。令和5年6月27日にYahoo!地図を筆者撮影。
画面やや右よりの太平洋に面したやや明るく示されている部分が神栖市で南側半分程度が旧波崎町に該当する。令和5年6月27日にYahoo!地図を筆者撮影。

ただし、今回、問題となったシーサイド道路の件の箇所は、旧・波崎町に位置するため、市の本庁舎から大変遠く、地図で測ると約19キロあります。ホテルからに至っては約21キロです。

しかし、気軽に利用できる公共交通機関もない地域です。

どうしたものかと迷いましたが、バスの発着するホテルでレンタサイクルが借りられることがわかりました。

筆者はいくらスタミナに自信はあるとはいえ、往復で40キロ超という数字には多少の躊躇がありましたが、他に適切な手段はないので、レンタサイクルで市役所経由で行くことにしました。

神栖市役所。
神栖市役所。

■ 神栖市役所で調査してみた

不動産鑑定士としての鑑定評価であればもっと色々なことを調べますが、本件は鑑定評価ではなく取材です。市道の道路台帳を把握した上で、件の箇所の登記の地番を把握し、さらには税理士らしく「固定資産税都市計画税の扱い」を聞いてみることにしました。

1 市道の道路担当(道路整備課)

シーサイド道路は市道ですので、道路台帳があります。道路台帳とは、市の管理する道路の形状や幅員等を示した図面です。

道路台帳の閲覧請求をして、写しを貰いました。著作権の問題があるのでこの記事にはアップしませんが、「市になる前の旧・波崎町」の担当者も「まさか私有地に入りこんでいる」とは思わず道路台帳を作成したのだろうなと感じました。

2 税務課

固定資産税・都市計画税のご担当によると、「固定資産税・都市計画税は原則通り、現況を所与として課税する」とのことでした。

私有地が道路状ではあるものの、通行禁止として純粋な私有地として利用されているか…と聞くと、そこは個人情報の関係もあるらしく明確な返答はいただけませんでした。

3 その他の部署

都市計画課に聞くと、この付近は市街化調整区域、いわば「例外的な建物を別として、原則としては既存の建物がなかった土地では建物の建築が制限される区域」とのことでした。

また、上下水道課に照会したところ、この付近のシーサイド道路の地面には上下水道は埋設されていないとのことでした。

シーサイド道路から迂回路として案内されている道路を望む。
シーサイド道路から迂回路として案内されている道路を望む。

■ 登記をあげてみた

報道では「道路を所有者が塞いでいる」ことが強調されるも、先述した役所調査の内容も報道されていない他、登記の記載内容についてもあまり言及されていないように感じました。

しかし、筆者は専門家です。ですので、このあたりも調査を入れることにしました。

件の土地および、周辺の土地の登記をインターネット登記情報サービスで取得しました。結果、以下のことがわかりました。

・通行禁止としていた所有者の父親と思われる方は、平成6年にこの土地を取得されている

・令和2年4月に相続が発生して、先日報道された所有者の方に所有権移転がなされている

・令和5年3月27日に神栖市に所有権移転

・地目は保安林

・古い時代(昭和45年)に作成された法務局備付の地積測量図はあったが、測量技術が現在ほどではない時代のものであるため、内容の精度は要注意

ここで、「登記で示した土地がどこに位置するか」を明示した法務局備付のいわゆる公図も見てみました。

ここで気になったのは、公図の種類が「旧土地台帳附属地図」との点です。

つまり、「本来、登記上の土地の筆(登記の単位)の位置を示した地図」は、正確に測定された図面に依拠することが望ましいです。

ところが、過去の経緯その他で、最新の測量ではなく古い時代に作成された「旧土地台帳附属地図」という図面に基づき公図が作成されている場合もあり、その場合は正確性があまりなく「おおまかにこの辺りにこの筆がある」程度の図面になってしまうのです。

このあたりも、今回の騒動の一因、すなわち、公図が登記の示す土地の位置を正確に示していない結果、いつの間にか「私有地に市道が食い込む」結果になったのでは…と推察されました。

該当地付近の公図(一部加工)が「旧土地台帳附属地図」作成の旨。令和5年6月27日筆者撮影。
該当地付近の公図(一部加工)が「旧土地台帳附属地図」作成の旨。令和5年6月27日筆者撮影。

それと、地目は保安林とあります。保安林は、厳しい制限が課せられる代わりに原則として固定資産税は非課税です。筆者は「私道部分の所有者の固定資産税はどうなっているのだろう」と思っていたのですが、これであれば問題はなかったのかなと推測します。

ただ、もし全国のどこかに類例があったとしたら、現況の判断が間違っている結果として、固定資産税都市計画税の取られ過ぎが生じる原因にもなり得るとも感じました。

近くの波崎シーサイドパークから通行止めの方向を望む。見ての通り、海の横にまっすぐと伸びるシーサイド道路がある。
近くの波崎シーサイドパークから通行止めの方向を望む。見ての通り、海の横にまっすぐと伸びるシーサイド道路がある。

■ 現地に行ってみた

自転車で1時間半もかかったので、へとへとでしたが、どうにか現地に着きました。

以前からトラブルが絶えなかったのか、かなり手前から迂回せよとの警告がいくつもあり、大型車は相当手前からの迂回を要請されています。

ただ、時間帯にもよるのかもしれませんが、筆者の通った午後三時には、ほとんど車はありません。通勤時にはそれなりに車が通行するようですが、正直なところ、「そこまでしてわざわざシーサイド道路を作る必要があったのか」は疑問に感じなくもありませんでした。

センターラインが刻まれているシーサイド道路の既存の開通部分。午後三時くらいの撮影だが車がいない…。
センターラインが刻まれているシーサイド道路の既存の開通部分。午後三時くらいの撮影だが車がいない…。

そしてようやく、私有地とその入口、及び4万円を徴収する旨の看板が出てきました。

6月20日時点の現況で言うと、相変わらず「私有地である旨」の看板はあり、従前と変化はありません。

ただ、前述の通り、既に市へ売却されています。

ですので、本当は通ってもよいのかもしれませんが、一応は市道としての供用がまだで、看板も通行止めの旨が記載されていますので、自重しました。

ただ、「少しだけ」、政府から禁止されても行きたがる戦場ジャーナリストの気持ちがわからなくもない気分になりました。もちろん、それは迷惑をかけるので控えるべきですが。

神栖市に所有権移転したが、まだ私有地につき通行止め時代の看板は残っていた。
神栖市に所有権移転したが、まだ私有地につき通行止め時代の看板は残っていた。

■ 現地を見て思ったこと

結論から言うと、この騒動は、旧・波崎町から神栖市に至るまでの道路計画地の調査がおざなりだったことに起因すると思いました。

一般の方は「役所のやることは間違いない」と考えたくなるかもしれません。

そして、現代の道路計画であれば、このようないい加減な道路計画はなされず、より精緻に計画し、間違っても「私有地に食い込む」道路など考えないでしょう。

けれども、古い時代の資料は「現代の役所も想定していないレベルでの精度の低い」ものがあることも事実ではあるのです。

ですので、「古い時代の資料に基づく土地の利用関係については、自分に不利でないか」を何かの機会に改めて検証すべきと思いました。この土地の所有者だった方が声をあげたように。

私有地手前の警告看板もまだたくさん残っていた。
私有地手前の警告看板もまだたくさん残っていた。

例えば、仮に自力で侵入者に正当防衛の範囲を超える暴力をしたりするとなると筆者も「なんだかなぁ」とは思いますけれど、考えてみれば「自分の土地に市が勝手に道路を敷こうとしていた」となれば、怒るのも無理はありません。

この点、悪いのは「昔、ずさんに道路を計画・調査した波崎町・神栖市の担当者」であり、本来的には彼らが責任をとるべきです。

他方、今の担当者は昔からの流れを引き継いで後始末を誠実に行ったとの言い方もできるわけで、今の担当者の誠実さも忘れてはならないでしょう。

その上で、報道だけの情報で安易に誰かを攻撃せず、より建設的に解決するにはどうすればよいか、そして、類例を未然に防ぐにはどうすればよいかを考えることも重要と思いました。

神栖市によるトラブルや係争に関与しない旨の看板
神栖市によるトラブルや係争に関与しない旨の看板

さらに気になったのは、今回は市による道路用地の買収で結末に至りましたが、買取の申出から6ヵ月以内に売却に応じれば、5,000万円までは土地の売却で得た稼ぎ(所得)は実質的に課税されない収用特例があるのですけれど、長期間もめたので、この特例は使えなくなったのでは…とも思いました。

もし、そうだとすれば、このあたりも波崎町・神栖市の落ち度とも思います。

そして、きちんと短期間でまとめていれば余計な所得税等の負担もなかったと推察されます。

【リンク】

国税庁による収用特例の説明

上記の警告看板が乱立する地点からだいぶ手前には、大型車輛等の迂回の看板もあった。
上記の警告看板が乱立する地点からだいぶ手前には、大型車輛等の迂回の看板もあった。

■ まとめ

今回見て、感じた大きなポイントは以下です。

とにかく、「古い時代の資料に基づく土地の利用関係については、自分に不利でないか」を何かの機会に改めて検証し、自衛すべき旨

そして、誰かを報道だけで一方的に攻撃せず、十分に調査をして自分なりの理解をした上で、建設的に解決することが必要と感じました。

現場からは以上です。

不動産鑑定士・公認会計士・税理士

慶應義塾中等部・高校・大学卒業。大学在学中に当時の不動産鑑定士2次試験合格、卒業後に当時の公認会計士2次試験合格。大手監査法人・ 不動産鑑定業者を経て、独立。全国43都道府県で不動産鑑定業務を経験する傍ら、相続税関連や固定資産税還付請求等の不動産関連の税務業務、ネット記事等の寄稿や講演等を行う。特技は12 年学んだエレクトーンで、平成29年の公認会計士東京会音楽祭では優勝を収めた。 令和3年8月には自身二冊目の著書「不動産評価のしくみがわかる本」(同文舘出版)を上梓。 令和5年春、不動産の売却や相続等の税金について解説した「図解でわかる 土地・建物の税金と評価」(日本実業出版社)を上梓。

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