横浜市長選敗北の理由:菅義偉首相は世論の尊重を
横浜市長選大敗
横浜市立大学の山中竹春氏が8月22日に行われた横浜市長選で大勝した。この市長選には林文子現市長のほか、小此木八郎前国家委員会委員長も出馬した。
有力な候補だった小此木氏は、大きな差をつけられ敗北した。小此木氏は菅首相と緊密であり、菅首相が昨年9月の総裁選に出馬したときには選挙対策本部長を務めたほどである。横浜市の一部を選挙区とする神奈川3区を地盤とし、菅首相自身も横浜市の一部を選挙区とする神奈川2区を地盤とする。
論点の一つであった統合型リゾート(I R)の横浜市への誘致問題では首相と小此木氏の立場は違った。しかし、首相は神奈川県を中心とする情報紙「タウンニュース」7月29日号で「小此木さんの政治活動を全面的かつ全力で応援します。」と小此木氏へ支持表明する。また、8月3日の自民党の役員会でも小此木支援を要請した。
このため、小此木氏は首相の代理人としての性格を帯びるようになる。また、選挙期間中に新型コロナウイルス感染症の第五波が急速に拡大し、選挙は菅政権や政権のコロナ対策への国民の支持を占う側面を持つようになった。
菅政権は小此木氏の敗北の理由を保守分裂のためと説明するかもしれない。
しかしながら、山中氏が圧勝したことは多くの横浜市民が菅政権やそのコロナ対策を支持しなかったと解することができる。また、この結果は多くの国民が菅政権を支持せず、コロナ感染症対策を評価しないメディア各社の世論調査と合致する。
首相には虚心坦懐にこの結果を受け止め、我々国民の声に耳を傾け、新型コロナ感染症対策を見直すことを期待したい。
菅義偉政権と国民の乖離
現在、菅政権や菅首相が実施するコロナ対策は多くの国民から支持を集めているとは言い難い。例えば、NHKが8月10日に発表した最近の世論調査では内閣を支持しない人が52%、支持する人が29%である。また回答者の61%が菅政権のコロナ対策を「評価しない」「あまり評価しない」と回答している。
それでは、なぜ、このように菅政権や政策は支持されないのだろうか。
デルタ株が猛威を奮っており、感染者が急増していることが深く関係していることはもちろんである。ワクチンの接種は進んだものの、感染者の拡大は止まらず、8月20日はこれまでで最高の25858人を記録した。8月21日現在、重症者も過去最高の1888人となっている。医療状況が逼迫し、多くの人々が新型コロナウイルスに感染した場合、治療を受けられるのか心配していることは間違いない。
しかし、より本質的な要因がある。それはコロナ対策に関して、首相は政権発足からこれまでにあまりにも我々国民の考えを尊重しない姿勢をとり続け、感染対策がいくども後手に回ってきたことである
Go To トラベル
最初の政策事例は「Go To トラベル」政策である。安倍政権は東京都を対象地域から除いて7月に「Go To トラベル」政策を始める。菅政権は10月1日に東京都を対象地域に加える。しかし、10月上旬には第3波が広がり始める。これに伴い医療状況も逼迫し11月中旬に東京都と大阪府は病床の逼迫状況と療養者の数の上でステージ3の数値を超える。分科会は11月中旬以降、何度も「Go Toトラベル」の見直しを提言した。また、世論もこの政策の中止を求める。11月中旬の朝日新聞の世論調査では51%が反対、37%が賛成であった。しかし、菅首相は大阪市と札幌市を対象地域から除くことにはしたものの、政策を継続する。読売新聞が12月7日に発表した世論調査では実に77%の回答者が「いったん中止する方がよい」「やめる方がよい」と答えている。しかし、首相は12月11日時点でもインターネットのテレビ番組で「いつの間にかGoToが悪いことになってきちゃった」と不満をこぼしている。
首相が政策変更を決断するのは毎日新聞社が12月13日に発表した世論調査で内閣支持率が57%から40%に急落してからである。この結果、首相は14日に28日からこの政策を全面停止することを決定する。
トラベルの場合、感染対策と矛盾するという問題もあった。一般に人の流れの拡大は感染の拡大につながると考えられている。流れを促進する政策をとりながら、国民にさまざまな自粛を求めることは矛盾していた。
緊急事態宣言発令
二つ目は第三波の時の緊急事態宣言発令である。12月15日の時点で東京都と大阪府の指標は緊急事態宣言発令が必要と考えられるステージ4の指標を相当満たし、22日の時点では指標を上回る。
また12月14日に発表されたNHKの世論調査では57%が緊急事態宣言発令を支持し、28日に報じられた読売新聞社の世論調査では66%が宣言を求めていた。しかし、首相は25日や31日の会見で消極姿勢を取る。
小池知事が1月2日に宣言発令を求めたのちに首相はようやく緊急事態宣言の発出を決め、1月7日に発令した。
三番目は第四波の時の緊急事態宣言発令である。第四波はほぼ第三波による感染者の減少と連続する形で始まり、3月上旬から感染が拡大する。第四波は大阪府と兵庫県で感染が深刻な状況になる。4月6日に大阪府と兵庫県は陽性率をのぞき、ステージ4の指標を満たし、13日には完全に超える。しかし、首相は4月5日に重点措置を講じた後は、その効果を見守ることにこだわり、緊急事態宣言を発令することに消極的であった。ようやく、4月23日に東京都と大阪府、京都府、兵庫県に緊急事態宣言を発令することを決定する。
オリンピック・パラリンピック開催
四番目は五輪開催である。多くの世論調査で過半数以上の国民が開催に反対していた。本項では5月16日に報じられた共同通信社の世論調査ではオリンピック・パラリンピック開催に59.7%の回答者が反対、無観客あるいは観客数を制限した開催を支持したのは37.8%である。5月18日に報道された産経新聞社とFNNの合同世論調査の結果も同様で、56.6%の回答者が中止を求め、無観客あるいは観客数を制限した開催を支持したのが41.8%である。5月17日に発表された朝日新聞社の世論調査では、中止が43%、延期が40%、開催が14%であった。
しかし、その後、首相は開催に突き進み、6月のサミットで五輪開催を国際公約とする。オリンピック・パラリンピック開催に当たっては感染拡大につながらないようにバブル方式を取る。しかしながら、盛大なイベントを開く政策と、飲食店の営業時間短縮など国民に自粛を求める政策は矛盾していた。8月9日に報じられた朝日新聞社の世論調査によれば、61%の回答者が五輪開催のために感染対策のためのさまざまな自粛をする世の中の雰囲気が「ゆるんだ」と答えている。
第五波とロックダウン
五つは、第五波における一段の移動制限である。7月上旬に第五波が始まる。菅首相は7月8日に東京都を対象に、緊急事態宣言を発令し、7月30日に埼玉県・千葉県・神奈川県・大阪府も対象地域とすることを決める。首相は8月17日には茨城県、栃木県、群馬県、静岡県、京都府、兵庫県、福岡県にも拡大することを決定する。ただ、第五波では感染の中心は従来のコロナウイルスに比べ感染力が極めて強いデルタ株となっており、緊急事態宣言の効果は以前に比べ薄れ、感染者が急増している。このため全国知事会は8月1日に現在菅政権がとっている飲食店を中心とする移動制限措置以上の措置を求める提言を発表している。具体的にはロックダウン=都市封鎖の手法を検討することや、休業要請の対象を大規模店舗に拡大することなどを求めている。ヤフーが現在ネット上で行っている世論調査によれば、回答者の実に80%がロックダウンを支持している(8月22日現在)。この調査はロックダウンの定義を明らかにしていないものの、多くの国民が今以上に強い移動制限を求めていることは間違いない。
しかしながら、菅首相はこういう意見に耳を傾ける姿勢を示さない。都市封鎖は極端にせよ、これまで休業要請の対象を拡大しておらず、わずかに百貨店に対して、来客者の数の制限を求めた程度である。
ワクチン接種の功績
もっともこの間、首相はワクチン接種を進めるのに尽力したことは確かである。首相が5月7日に記者会見で1日のワクチン接種回数を100万とする目標と7月末までに希望する65歳以上の高齢者全員が2回の接種を受けられるよう明言する。首相は河野太郎氏をワクチン接種担当の大臣に起用し、厚生労働省だけではなく地方公共団体に強い影響力を持つ総務省にも働きかけてワクチン接種を担う市町村が体制を整えることを後押しした。
首相や河野大臣の努力が実り、6月9日に100万回の目標を達成する。筆者の試算では7月末には77.4%の高齢者が2回の接種を受けることができたと考えられる。これは大きな成果であり、首相の努力がなければ、ここまで接種は進まなかったであろう。ただ、残念ながら、64歳以降の人々も含めると接種率は下がる。8月19日現在、2回接種が終わったのは全人口の39.7%である。15歳から64歳に限ると27.2%に留まる。
広く知られるようになったようにワクチンはデルタ株に対して、感染防御効果は従来のウイルスに低いと考えられている。ただ、重症化を防ぐ上で相当な効果を持つと考えられている。接種が終わっていない人々が多いということはデルタ株の感染による重症化する恐れのある人がそれだけ多いということを意味する。
休業要請の拡大
首相は医療体制の強化に努めると述べてきた。しかし、現実問題として医療体制は逼迫しており、新型コロナウイルスに感染した場合、入院が必要になっても入院できるかどうかはっきりせず、十分な治療が受けられるかどうか定かでない状況が生じていることは間違いない。
こうして危機的状況への国民の懸念がヤフー調査による80%の人々のロックダウン支持という回答にあらわれているのである。
首相にはこれまで同様ワクチン接種の推進と医療体制の強化に努めてくれることを期待したい。しかしながら、医療状況の現状、国民の不安を踏まえ、一層の移動制限に踏み切るべきである。具体的には東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、大阪府、兵庫県、京都府において大規模店舗を含めたより広範な休業要請を行うべきである。また、その際、協力してくれる事業者には大企業を含めて補償を行い、円滑に協力を獲得できるよう努めるべきである。
最近、首相は広範な移動制限について決まり文句のように「諸外国のロックダウンは感染対策の決め手」とはならなかったと繰り返している。これは国民に対する正確な情報発信とは言い難い。外国においても強い移動抑制策は感染の拡大を止める効果を持ってきた。最近、行動制限を撤廃したことが注目されるイギリスも感染対策としてワクチン接種の推進と都市封鎖を組み合わせた。イギリスは、ワクチン接種が進むまでは移動制限を続けた。7月に成人の66%が2回目のワクチン接種を終えて、ようやく制限の全面解除に踏み切ったのである。
ワクチン接種が進むまでは、ワクチン接種の推進と移動制限の二刀流が感染対策として重要なのである。