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旅券発給拒否は違法、との判決~憲法で保障された海外渡航の自由制限は「必要やむを得ない」場合に限る、と

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
判決について語る安田純平さん

 ジャーナリストの安田純平さんがパスポートの発給を拒否した外務大臣の処分の取り消しや新たなパスポートの発給を求めて起こしていた訴訟で、東京地裁(品田幸男裁判長、片瀬亮裁判官、横井靖世裁判官)は1月25日、国に発給拒否処分の取り消しを命じる判決を言い渡した。

トルコの入国禁止で世界中どこにも行けず

 安田さんは、取材先のシリアでの拘束から解放された後、家族との旅行を計画し、旅券を申請した。しかし、トルコから入国禁止処分を受けているとして、旅券法第13条1項1号の規定を根拠に、パスポート(旅券)の発給を拒否されていた。トルコ1国の処分を理由に、世界のどの国にも渡航できなくなったのだ。

海外渡航の自由は基本的人権

 これについて判決は、海外渡航の自由は憲法によって保障される「基本的人権」であり、その制約は「合理的で必要やむを得ない限度のものということができない限り、許されない」との原則を提示。旅券法第13条1項1号で海外渡航の自由を制約するのも「合理的で必要やむを得ない限度」のものであるべきとした。

発券拒否は「違法」

 そのうえで、同号が渡航先から入国禁止処分を受けている者に旅券の発給を制限するのは、当該国(=トルコ)と日本との二国間の信頼関係維持のためと認定。安田さんが「トルコ及びトルコと地理的に近接する国」以外に渡航しても、トルコと日本の信頼関係が損なわれることはなく、すべての国を対象にした旅券の発給拒否は、「外務大臣が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用していた」として、「違法」と断じた。

 安田さんは一般旅券の発給を命じることも求めていたが、判決はそれは認めなかった。このため、安田さんが今後旅券を求めるには、申請をやり直さなければならなくなりそうだ。判決は国家賠償の請求も認めなかった。

判決後に記者会見する安田さんと弁護団(東京・霞ヶ関の司法記者クラブで)
判決後に記者会見する安田さんと弁護団(東京・霞ヶ関の司法記者クラブで)

常岡訴訟と真逆の結論となったのは…

 今月19日には、トルコとオマーンによる入国拒否を理由に同じ旅券法第13条1項1号で旅券発給を拒否された、ジャーナリストの常岡浩介さんに対し、同地裁(篠田賢治裁判長、渡邉哲裁判官、鈴木真那裁判官)は請求を全面的に退ける、今回とは真逆の判決を出している。

 この2つの判決の違いは、渡航先の入国拒否を理由に旅券発給の制限を認めた旅券法第13条1項1号の目的についての判断が異なったためだ。

日本が世界中から信頼を失う?!

 常岡訴訟の判決では、国の主張をそっくり認め、2国から入国拒否された常岡さんに旅券を発給し、他の国々に渡航できるようにすれば、「国際的な法秩序」を損ない、「我が国の国際社会における信頼関係を著しく損なう」としていた。しかし、1カ国もしくは2カ国から入国拒否された人に旅券を発給すれば、日本は世界中の信頼を失う、という主張は、かなり誇大妄想的ではないか。

制限規定は入国拒否した国との「二国間関係」維持のため

 これに対し、安田訴訟の判決は、旅券法第13条1項1号の規定は、国の主張を退け、入国拒否した国と日本との「二国間の信頼関係」を維持するためのもの、というかなり現実的な認定になっている。トルコが入国拒否したからといって、全世界のどこにも行かれないのは、いくらなんでもやり過ぎで、これは人権侵害に当たる、という判断だ。

 常岡さんは控訴を決めているが、安田訴訟で安田さん、もしくは国が控訴した場合、この異なる判断が東京高裁でどう評価されるのかがポイントになる。

安田さんのシリア取材は「価値のあるもの」と理解

 また、安田訴訟の判決は、安田さんが身柄拘束されたシリア入国について、「シリアの反政府組織の実態を再度取材するため」であるとし、その前に行った取材について「シリア政府軍が民間施設を無差別攻撃していることを示すという価値のあるものであった」などと理解を示した。

「地理的に近接する国」とは?

 ただ、その一方で安田訴訟の判決は、トルコだけでなく「トルコ及びトルコと地理的に近接する国」に安田さんが渡航することによって「トルコと我が国との二国間の信頼関係が損なわれる蓋然性はないとはいえない」とした。「トルコと地理的に近接する国」がどの範囲であるかは明示せず、漠然としている。この判断を外務大臣の裁量に委ねたところで、判決は課題を残した。

入国禁止は「恣意的」な場合も

 入国禁止の措置はかなり政治的、恣意的に運用されることがある。

 たとえば、昨年5月にロシアは岸田文雄首相、林芳正外相(当時)など日本人63人を入国禁止処分とした。この中には、政治家だけでなく、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆、飯塚浩彦・産経新聞社長、岡田直敏・日本経済新聞社会長、加藤晃彦・「週刊文春」編集長(肩書きはいずれも当時)などのメディア関係者や学者なども含まれている。

 そのような処分がされたからといって、外務省はこの人たちの旅券を剥奪したり、発給拒否したりするだろうか。入国禁止が「恣意的」に行われる場合があることは、安田訴訟判決も認めている。旅券発給拒否の処分は、判決が指摘するように、憲法上認められた基本的人権を著しく制限するものなのに、どのような場合に旅券の返納を命じたり発給拒否をするのかの基準が明確でないのは問題ではないか。

発給拒否は「人間性の否定」

 安田さんは、旅券発給拒否がもたらしたのは、仕事上の不利益だけでなく、「自分の人間性、半生に対する否定」だったと語る。

「移動の自由が制限されているという圧迫感。足かせをつけられて、『でも歩けるんだからいいじゃないか』と言われているようだ。パスポートがあっても、別にいつも海外に行くわけではない。けれども(行くか行かないか)を私自身で決めるということができない」

記者会見で質問に答える安田さん
記者会見で質問に答える安田さん

 自己決定権の剥奪だ。

 では、もし今パスポートを手にしたらどうするか。

「とりあえず、家族と海外旅行したい」

 そんな自由も奪われた5年間だった。

 基本的人権の制限に当たる処分をする以上、外務省はもっと基準を明確にすべきだ。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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