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感染症法改正「罰則導入」修正協議、「入院者逃亡」と「入院拒否」との区別を

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
コロナウイルス(提供:アフロ)

与党は新型コロナウイルス対策の感染症法改正案に盛り込まれた罰則に関し、懲役刑の削除を視野に入れて野党側との修正協議に臨む方針を固めたと報じられている【(共同)与党、感染症法改正案で懲役刑の削除視野】

昨日出した記事【感染症法改正「入院拒否罰則導入」への重大な疑問】でも述べたように、今回の感染症法改正での「罰則」導入については、感染症法による、「入院の勧告」や「入院措置」という現行制度との関係に重大な疑問があり、懲役刑を含むか否かではなく罰則導入自体に問題がある。

罰則導入の妥当性に関して、野党側やマスコミから「懲役刑は重すぎるのではないか」という意見が出ていることから、与党側が、妥協案として「懲役刑削除」を考えたのであろうが、懲役刑を削除しただけでは全く問題の解決にならない。

今回の法案での罰則の対象とされているのは、

(1)入院の勧告や、入院の措置により入院した者がその入院の期間中に逃げたとき

(2)入院の措置を実施される者が正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったとき

の二つの行為だが、このうち(2)の「入院拒否」については、【前記記事】で述べたように、「入院勧告」「入院措置」との関係で罰則の対象にすることには重大な問題がある。

一方、(1)については、法律上の問題はなく、もっぱら、罰則導入の妥当性の問題だ。

感染症法の「入院勧告」は、出すにあたって、「適切な説明を行い、その理解を得るよう努める」とされ、「意見を述べる機会を与える」「代理人を出頭させ、かつ、自己に有利な証拠を提出する」などの慎重な手続が規定されている。

しかし、あくまで「勧告」なので、従うかどうかは任意のはずであり、勧告が出された後、「勧告」に従わない場合には、入院の「命令」が出されなければ、強制力のある措置は行えないはずだ。

ところが、感染症法では、勧告に従わない者は、いきなり「入院させることができる」との規定により「入院措置」をとることができることになっている。この「入院措置」は、精神保健福祉法の「措置入院」(自傷他害の恐れのある精神障碍者を強制的に入院させる措置)と文言が同じであることから、感染症法上の「入院措置」も有形力をもって強制的に入院させることができる措置と考えられる。

今回の改正法では、上記(2)について、入院措置を実施される者が、所定の期間内に入院しないという「不作為」で犯罪が成立するとされている。

しかし、そもそも、「入院措置」で、本人の意思に関わりなく強制的に入院させることができるのだから、そのような「入院措置」に応じない者に対して罰則を適用することの意味が理解できない。

一方、(1)の方は、新感染症のまん延を防止するため必要があるということで、入院勧告や入院措置を受けて入院している者が、入院先から逃亡する行為であり、隔離状態におかれている感染者が逃げるという「積極的な行為」なので、一定期間まで入院しない不作為に対する罰則の適用のような法律上の問題はない。

逃亡した感染者は入院先施設に再収容する必要があるが、現行法では、入院勧告に応じない者に対しては「入院措置」がとり得るのに、一旦入院した後に逃亡した感染者を強制的に入院先に連れ戻す「再入院措置」は規定されていない。そういう意味では、罰則を導入することで、逃亡を抑止する必要性が大きいと言える。それによって生じる感染拡大の危険の程度によっては、短期の懲役刑を含めるべきとの考え方もあり得なくはない。

しかし、実質的にみても、昨年春頃のように、無症状でも感染が判明すると入院することにされていた状況とは異なり、現在は、入院の対象となるのは有症状の感染者である。症状が出ているのに入院を拒否したり、入院措置の期間内に施設から逃亡したりするというのは、子供の世話を頼める人がいないとか、要介護の家族がいるなど、よほどの事情がある場合しか考えられない。入院拒否や逃走に対して罰則を適用する必要があるとは思えない。

今回のコロナ第三波のように、感染者が急増して医療がひっ迫し、入院する必要のあるのに入院できない感染者が急増している時期に、感染症法改正で、入院拒否に罰則を適用しようとすること自体、間が抜けている。全国知事会から、入院拒否や逃亡に対する罰則導入の要望があったとされているが、それは、現在とは異なった状況を前提とするものなのではないか。

感染症法の修正協議で、法案を提出している与党側は、(1)(2)の両方について、「懲役刑削除」の方向の修正を考えているようだが、罰則を導入すること自体に問題があるのであり、懲役刑を削除しただけでは全く問題の解決にならない。

(2)の「入院拒否」については、「入院勧告」「入院措置」との関係で法律上の問題があり、罰則を導入することは絶対に認めてはならない。(1)の「入院者の逃亡」については、法律上は罰則導入は可能だが、果たして、実質的に導入の必要があるのか疑問だ。「入院拒否」のように「再入院」の強制措置がとれないことに法の不備があるということであれば、入院先からの逃亡の場合の、「再入院措置」を認める方向での法改正を行うべきではなかろうか。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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