広告主の"ニュース回避"が引き起こす「間違ったブランドセーフティ」とは?
広告主の"ニュース回避"が、「間違ったブランドセーフティ」につながる――。
米マーケティング会社「スタグウェル」が9月26日付で、そんな調査結果を発表した。
「ブランドセーフティ」は、有害コンテンツなどへの広告表示でブランドが毀損されることを防ぐ対策だ。
広告主企業が避けるのは、有害な偽情報・誤情報(フェイクニュース)だけではない。
主要メディアであっても、政治や紛争などの深刻なニュース(ハードニュース)への広告表示を避ける"ニュース回避"の傾向が顕著になっているという。
だが、2万人超の英国成人を対象にした今回の調査では、政治や紛争などのハードニュースに掲載された広告は、エンターテインメントやスポーツなどのニュースに掲載された広告と同等の効果があった、という。同様の傾向は米国の5万人規模の調査でも示された、としている。
「間違ったブランドセーフティ」を巡っては、パリ五輪やサッカー欧州選手権のニュースの多くが「リスクあり」と誤認定され、広告掲載がブロックされた、との調査結果も明らかにされている。
「間違ったブランドセーフティ」の問題点とは?
●「中東紛争」と「エンタメ」に違いなし
「スタグウェル」は、9月26日に発表した調査結果のニュースリリースでそう述べている。Z世代は10代から20代のデジタルネイティブの世代を指す。
リリースは、さらにこう続く。
深刻なハードニュースは、広告効果を下げるのか? それがこの調査の問いだ。
「スタグウェル」が2万2,116人の英国成人を対象に実施した調査では、「政治」「インフレ」「犯罪」などのハードニュースに掲載された広告は、「ビジネス」「エンターテインメント」「スポーツ」などのニュートラルなニュースに掲載された広告と同様の効果が確認できたという。
同社は5月にも4万9,990人の米国成人を対象にした同様の調査結果を発表している。
それによると、Z世代の各ニュースジャンルにおける広告表示ブランドの購入意欲は、ハードニュースでは「中東紛争」65%、「インフレ」66%、「犯罪」67%だったのに対して、ニュートラルなニュースの「スポーツ」では69%。
富裕層では、「トランプ前米大統領」「バイデン米大統領」関連ニュースへの広告表示がいずれも購入意欲72%だったのに対して、「エンターテインメント」が74%だった。
母親では、「インフレ」と「ビジネス」関連ニュースがいずれも購入意欲70%だったのに対して、「地下鉄乱射事件」という見出しを含む「犯罪」関連ニュースは68%だった。
英国、米国いずれの調査でも、ハードニュースとニュートラルなニュースへの広告掲載ブランドの購入意欲には数ポイントの違いしか見られなかった、としている。
「スタグウェル」は「ニュースの未来」というキャンペーンを展開しており、米英における調査はその一環だ。
このような調査を実施するのは、「ブランドセーフティ」の取り組みによって、特にハードニュースが「ブランドセーフではない」コンテンツと認定されて、広告掲載が自動的にブロックされる実態があるためだ。
●「ブロックリスト」の問題点
英新聞チェーン「リーチ(旧トリニティ・ミラー)」の調査によると、7月のサッカー欧州選手権の決勝戦についての傘下メディアの報道の45%が「ブランドセーフ」ではないと誤認され、広告配信先としてブロックされた、としている。
「リーチ」はデイリー・ミラー、デイリー・エクスプレス、デイリー・スターといった有名タブロイド紙を傘下に持つ。
「リーチ」は2019年に独自のブランドセーフティサービス「マンティス」を立ち上げており、その調査によって、実態が明らかになったという。
「ブランドセーフティ」の対策では、コンテンツを選別する手法として、リスクの可能性があるキーワードを指定し、それらを含むコンテンツを広告配信先から除外する「ブロックリスト」の運用がある。
「リーチ」の調査では、「シュート(射撃)」「アタック(攻撃)」などを紛争関連のキーワードとして「ブロックリスト」に指定してあると、サッカーのニュースも「ブランドセーフではないコンテンツ」と誤認されるという。
サッカー欧州選手権の準決勝を巡る報道でも、同様の「ブロックリスト」のキーワード指定をした174の広告主によって、56%の記事がブロックされたとしている。
同社の調査では、パリ五輪の報道でも「ブランドセーフ」とされた記事は43%にとどまっていた、という。2015年のパリ同時多発テロ事件をきっかけに、「ブロックリスト」のキーワードに「パリ」が含まれていたことが影響しているという。
●「人種差別」「テロ」への忌避をきっかけに
「ブランドセーフティ」が注目を集めたきっかけの1つは、2017年3月に英タイムズがユーチューブ上のヘイト動画やテロ動画に英国政府機関などの広告が掲載されていることを指摘した問題だ。
※参照:グーグルからの広告引き上げ騒動、広がり続けるその背景(03/25/2017 新聞紙学的)
騒動は大西洋を越えて米国にも飛び火し、大手ブランドによる広告引き上げの動きが広がった。
このような有害コンテンツへの広告表示によるブランド毀損を防止する取り組みとして進められた「ブランドセーフティ」が、紛争報道などのハードニュースにも及び、広告主の"ニュース回避"につながっている。
"ニュース回避"は、ユーザーの傾向として指摘されてきた。
英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所が2022年6月に発表した「デジタル・ニュース・レポート」は、38%のネットユーザーが、意識的にニュースを見ることを「避けている」実態を明らかにした。
2024年6月発表の同レポートでは、ネットユーザーの"ニュース回避"の割合は39%となっている。
※参照:「ニュースを見るのが嫌」38%のユーザーが伝えたい、その切実な本音とは?(06/17/2022 新聞紙学的)
その傾向が、広告主にも広がっているのだという。
ニューヨーク・タイムズCEOのメレディス・コピット・レビアン氏は5月、2024年第1四半期の決算発表で、そう述べている。
また、メタなどのプラットフォームでも、"ニュース回避"の動きが明確に打ち出されている。
※参照:「ニュースを捨てる」Meta、Google、X、相次ぐ表明の理由とは?(09/29/2023 新聞紙学的)
●ニュースとの距離を縮める
冒頭の「スタグウェル」の調査では、英国の調査で1日に4回はニュースをチェックし、5本の記事を読む「ニュース中毒」は25%に上り、米国の調査でも同じ割合を占めた、という。
熱心なニュースのファンは、一定の割合で存在し続けている。
"ニュース回避"を受けた新たな動きもある。
ニュージーランドのニュースサイト「スタッフ」は、読者のニュースの受け止め方に適応し、意見が分かれるテーマについては、その書きぶりを、最新のファクトをまず提示する逆三角形型のハードな書き出しではなく、よりソフトな解説スタイルにするという試みを導入した。
また、「感情トラッカー」と呼ぶ読者の受け止め方のアンケート欄を設けて、「幸せ」「怒り」「心配」「悲しい」「好き」「どちらでもない」の6つの選択肢による回答を継続的に集めた。
すると、ソフトな解説スタイルでは、ネガティブな反応が大幅に減少した、という。
読者と、広告主と、ニュースとの距離。それを縮める取り組みは、喫緊の課題だ。
(※2024年9月30日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)