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ガス弾が放物線を描いて飛んできた「黄色ベスト」を粉砕したマクロン大統領に右翼のルペンはほくそ笑んだ

木村正人在英国際ジャーナリスト
凱旋門を守るフランスの治安部隊(25日、筆者撮影)

28週目に入った「黄色ベスト運動」

[パリ発]欧州議会選の投票を翌日に控えた25日、燃料税の引き上げに端を発した「黄色ベスト運動」が総決起を呼びかけ、エマニュエル・マクロン仏大統領に対する抗議行動がパリや大統領の生地である仏北西部アミアンなどで行われました。

参加者とみられるグループに向かって突進してくる治安部隊(25日、筆者撮影)
参加者とみられるグループに向かって突進してくる治安部隊(25日、筆者撮影)

毎週土曜日に行われてきた「黄色ベスト運動」も28週目に入りましたが、パリでは厳戒態勢が敷かれました。筆者は午前10時半、集合場所の凱旋門に向かいました。地下鉄(メトロ)とRER(高速郊外鉄道)の周辺駅は全面閉鎖。

参加者が持ってきた「黄色の傘」(25日、筆者撮影)
参加者が持ってきた「黄色の傘」(25日、筆者撮影)

凱旋門に向かう大通りは警察車両や治安部隊で封鎖され、狙われて逮捕されるのを恐れて参加者は「黄色ベスト」を着用していませんでした。筆者が確認できたのは「黄色の傘」1本だけ。数人が集まって「マクロンは辞任せよ」と連呼するだけで治安部隊が突入してきます。

催涙ガス銃を構える治安部隊(25日、筆者撮影)
催涙ガス銃を構える治安部隊(25日、筆者撮影)

治安部隊は参加者がたむろしていると容赦なく催涙ガス弾を撃ち込んできます。近くの治安部隊に催涙ガス銃の銃口を向けられるといい気持ちはしません。持参した自転車用のヘルメットと防塵マスクを着用し、ゴーグルも準備しました。

催涙ガスから逃げる市民(25日、筆者撮影)
催涙ガスから逃げる市民(25日、筆者撮影)

治安部隊に追いやられて、脇道に入ると催涙ガス弾が数発、放物線を描いて自分の方に飛んでくるのが見えました。次に煙を吐き出すアイスホッケーのパックのような物体が路面を跳ねながら転がってきます。まるでスローモーションのようです。

催涙ガスを浴びた市民を助ける救護班ボランティア(25日、筆者撮影)
催涙ガスを浴びた市民を助ける救護班ボランティア(25日、筆者撮影)

なぜか、シャッターが下りない

催涙ガスは何度も浴びたことがありますが、こんな経験は初めて。シャッターチャンスだと思ってデジタル一眼レフを構えました。ところがシャッターを切れません。煙でオートフォーカスが効かないのかと考え路上に焦点を当てましたが、それでもシャッターが下りません。

すぐにスマートフォンを取り出しましたが、これもマヒ状態。やっと正常に機能するようになった頃には催涙ガスは風と共に去っていました。何か、妨害電波のようなものが出ていたのでしょうか。

130人の犠牲者を出したパリ同時多発テロのような大都市テロに対応するためフランスの治安部隊は格段に機動力を増しています。

治安部隊を後部座席に乗せて移動するバイク(25日、筆者撮影)
治安部隊を後部座席に乗せて移動するバイク(25日、筆者撮影)

防護服を着けた治安部隊はバイクの後ろに乗って「黄色ベスト」の出没地点に急行。一糸乱れぬ部隊行動に「黄色ベスト運動」は瞬く間に追い散らされてしまいました。

巻き添え被害を恐れて片付けるレストランの従業員(25日、筆者撮影)
巻き添え被害を恐れて片付けるレストランの従業員(25日、筆者撮影)

初回は全国で28万2000人に達したものの、前週は1万5500人。今回は1万2500人。マクロン大統領の生地アミアンでも1200人しか動員できませんでした。

暴徒化した「黄色ベスト運動」の破壊活動は人心を完全に失い、マクロン大統領の警察力行使によって完全に鎮圧されてしまいました。

「マクロンにノーを」

今「黄色ベスト運動」の核になっているのはフランスに革命を起こそうとしている極左勢力です。

極左勢力とマクロン大統領の激突を横目で見ながら「黄色ベスト運動」の反マクロン感情に共感を示して支持率を伸ばしているのが、悪名高き極右政党「国民戦線(FN)」の看板を穏健な「国民連合(RN)」に取り替えたマリーヌ・ルペン党首です。

選挙キャンペーンの締めくくりとなる24日、仏北東部エナン・ボーモンでの集会で「右翼のジャンヌ・ダルク」ルペン党首はこう力を込めました。

「わが党は祖国の団結、フランスの志を理解しています。それはマクロンや彼の個人的な野心のためのものではありません。私たちの子供たち、私たちの国民、祖国、そして、その未来のためのものなのです」

「欧州連合(EU)は欧州ではありません。EUこそが美しい欧州の理想を破壊しているのです」

「日曜日が決戦です。争点は欧州、国内問題、私たちの文明の3つです。マクロンの欧州にノーを、マクロンの政策にノーを、マクロンのビジョンにノーを突きつけましょう」

「この60年で初めて欧州の人々が目を覚まそうとしています。EUというクレイジーな構造物に代わる道をつくるチャンスを手にしています」

「国家に服従する代わりに協力を」

ルペン党首はマクロン大統領との戦いを呼びかけます。

「国家に服従する代わりに協力を。 日曜日、マクロンが勝てば彼は信任されたとみなして自分の政策を強化し、加速させてきます」

「エリートや企業が優遇される。それは恐るべきことです。我々の手に権力を取り戻しましょう」

「移民の問題の裏側に我々の社会システムの崩壊があり、安全の欠如とイスラム過激主義が横たわっているのです」

ルペン党首が欧州議会選に向けて4月に発表した75ページの公約のポイントは次の通りです。

・他のEU加盟国に同志が増えたため、EU離脱や単一通貨ユーロ圏の廃止を取り下げる

・欧州委員会を廃止。理事会に権限を移し、国家の集合体としての欧州を目指す

・EU域外国境の管理を強化。シェンゲン協定を見直し、各国での国境審査を再開する

・自国民優先の社会保障制度を

・欧州中央銀行の役割に失業対策を加える

・自由貿易より公正な貿易を

・自国と環境、社会的責任のある生産体制の復興

・トルコのEU加盟反対

・難民の発生を防ぐためのアフリカ開発支援

・対ロシア制裁の解除

マクロンvsルペンはエリートvsノン・エリートの戦い

欧州議会選の世論調査で、国民連合は25%と政権与党の共和国前進・民主運動(23%)をかわして首位に立っています。

ルペン党首の左隣が23歳のバルデラ氏(今年1月、筆者撮影)
ルペン党首の左隣が23歳のバルデラ氏(今年1月、筆者撮影)

「反マクロン」を前面に出した国民連合の選挙運動は功を奏しています。ルペン党首は欧州議会選の筆頭候補者ジョルドン・バルデラ氏(23)をはじめ、若手を抜擢して国民連合の「若返り」を図りました。

「国民連合チルドレン第1号」のバルデラ氏はイタリア系の家庭で育ち、パリ郊外の低家賃住宅から奨学金を獲得してパリ=ソルボンヌ大学で地理学を学んだ苦労人です。

バルデラ氏は欧州議会選で「勝って真の力を持っているのは国民だということをエリートたちに思い知らせよう」と訴えました。

一方、「黄色ベスト運動」と国民連合に挟撃されたマクロン大統領は「国民連合はフランスを弱体化させ、欧州を分裂させる」と危機感を強めています。

「黄色ベスト運動」を受け、マクロン大統領は法定最低賃金の引き上げや残業手当にかかる税や社会保険料の減免を実施する一方で、1~3月に「国民協議」を実施。所得税減税や地方の学校や病院の維持、12万人の公務員削減目標を見直す考えを示しました。

それでも支持率は回復しません。

地方紙とのインタビューでマクロン大統領は「観客でいることはできない。1979年の第1回以来、最も重要な選挙に参加する。EUは今そこにある危機に直面している」「投票に行かないことは欧州を破壊する者たちに声を与えることだ」と訴えました。

しかし、欧州議会選の焦点はマクロン大統領とルペン党首のどちらが勝つかというよりも、ルペン党首がどれぐらい勝つかに移っています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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