55万円の超高額クリームも完売 味気ない自粛生活で過熱する贅沢美容
withマスク美容のトレンドが見えてきた? その2
「眉カット2ヶ月待ちに珍品「マグネットつけま」がヒット 一方、ネイルサロンは倒産増と明暗くっきり」
化粧品の世界では、以前から「中価格帯がすっぽ抜けて、極端に二極化している」と言われてきたが、コロナ禍でさらにその傾向が加速化。ドラッグストア系のプチプラ(プチプライス、つまり低額)コスメが好調な一方、高級化粧品の人気も過熱している。
資生堂の最高級ブランド、クレ・ド・ポー ボーテは、売上げ額でも年間1,000億円を超えるトップブランドだが、そのクリームカテゴリーが2020年第4半期で前年比150%と、目を疑うほどの伸長をマーク。カテゴリー内でいちばん安価な『クレームヴォリュミザントS』が税込40,150円、最高級の『シナクティフクレームn』は税込132,000円と、平時でも気軽に買える値段でもないのに、だ。それが例年の5割増しの売れ行き。さらに今年2月21日に発売された最新作の純金入りマスク、『マスクヴィタリテオープレシュ― 』税込33,000円は、5月時点ですでに計画の200%を達成している。
資生堂ジャパン株式会社 クレ・ド・ポー ボーテPR 唐川舞奈氏によると、「コロナの影響で肌へのケア意識が高まっているのに加えて、またいつデパートが休業になるかわからないからと、まとめ買いされる方が多かったようです」という景気のよさだ。
55万円の超高級クリームが百貨店休業の逆境でも完売間近
高級化粧品が人気なのは、資生堂に限らない。コーセーの『コスメデコルテ AQ ミリオリティ インテンシブ クリーム n Baccarat Edition』にいたっては、バカラのクリスタルスタンド付きで、税込550,000円。書き間違いではない。ゼロが4つの55万円。ブランド誕生50周年を記念した世界999個の超高級限定品だ。
999個の大半が国内で販売されるが、それも当初は2ヶ月弱でほぼ完売する勢い。3度目の緊急事態宣言と延長で百貨店が休業になり、ずれ込んでしまったが、すでに完売の見通しは立っているという。
「実は発売日も当初は今年6月の予定でしたが、昨年11月に製品内容を発表したところ、たくさんのお問い合わせをいただき、急遽2月発売へ前倒ししました。初めてコスメデコルテの商品をお買い求めいただく方が多く、新宿伊勢丹では4割がご新規のお客様です」(株式会社コーセー コスメデコルテPR 吉成里沙氏)と、高額コスメ人気は、本物のようだ。
気晴らしもできない緊急事態、ネットで諭吉コスメをポチ
1万円を超える高額コスメを“諭吉コスメ”と呼んだりするが、ここまで来ると、もはや諭吉も束にならないと歯が立たず、浮き世離れの様相が。そこで、もう少し一般的なユーザーのトレンドを見てみよう。
たとえば20~30代女性客がメインのファッションモール、『ルミネ』。4月8日から5月末の休業中、ルミネファンが利用していたネットショップ『アイルミネ』は、数日単位で売れ行きランキングを公表しているので、人気アイテムの動向が一目でわかる。
ランキングは毎日目まぐるしく入れ替わるが、その時期、トップ10位の大半を占めていたのはいずれも1万円超の諭吉コスメや美容グッズたち。なかでも、ポーラのシワ改善美容液『リンクルショット メディカル セラム N』は、1ヶ月近くもトップに君臨し、圧倒的な人気を見せつけていた。
価格は14,850円と、20~30代の女性にとって、かなりの高額。そのうえ、まだまだ“シワ改善”は切実な年齢ではないのだから、二重の意味で贅沢品だ。
6月に入り外出自粛ムードがゆるむに従い、売上げランキングでも衣料品の人気が上昇し、同製品も現在は20位以下に急落(すでに購入希望者がほぼ手に入れたから、と推測できるが)。それでも常に10位以内には諭吉クラスの美容アイテムが一角を占めている(6月13日現在で、ReFaの美容ローラー 税込14,740円が1位。同アイテムも1ヵ月以上、トップ10を維持している)。
使い道を失った交遊費でせっせと美肌づくりに励む
この高額化粧品トレンドを生んだファクターは、いったいなんだろう。
コロナ禍のリモートワークで残業がなくなりボーナスもカットされた、とこぼしながら、諭吉クリームや新作フレグランスを買い込む友人は、「海外旅行にも飲みにも行けないし、洋服を買っても行くところもないから、化粧品ぐらい奮発しないと」と言う。使わずじまいの交遊費やレジャー費用を高級化粧品に転用、というわけだ。
また「おこもりセルフケアで、次に会うまでにキレイになって驚かせよう」という“ピンチをチャンスに”説もよく耳にする。自由に人に会えないからこそ、高級化粧品でカゲ練的に美を磨き上げ、めでたくマスク不要になる頃には美しく変身した姿を披露するという作戦。
彼女たちの言い分にいちいち納得しながらも、私の頭に浮かんだのは、東日本大震災後にうかがった気仙沼での体験だ。
花を飾るように美しく装い自分の存在を祝福する
震災から半年近くたった秋口、友人たちと被災地に衣料品を届けに行った。お借りした公民館で、「好みのものを。お一人3点までどうぞ」と声をかけたところ、集まった女性たちが選んだのは、「さすがに不謹慎では」と不安に思っていたシルクのキャミソールやスタイリストが提供したブランドものの華奢なワンピース等。冬に備えて必要だろうと多めに用意した保温下着や防寒着などの実用品は、拍子抜けするほど人気がなかった。
にわか仕立ての試着室で、「こっちがいいかな、あっちのほうが似合うかな」ととっかえひっかえしては、小さな鏡の前でポーズを取る女性たち。すでに当面の復旧作業は一段落していたとはいえ、避難住宅から来たという。そんな彼女たちの笑顔を目の当たりにして、美しく華やかな品々は、命を養う主食ではないかもしれないけれど、気持ちを浮き立たせてくれる心のビタミンになりえることを実感した。美しく装うことは、大切な人に思いをこめて花を贈るように、自分の存在を祝福することでもあるのだ。
ブランド化粧品の製造ラインを消毒用アルコールジェルに
そんな体験があったからこそ、コロナ禍の中、豪奢な高級ブランドを束ねるLVMHが、いち早く実用品のアルコール製造を開始したのには驚いた。日本ではちょうどダイアモンド・プリンセス号からの下船が完了した頃のこと。パルファム ジバンシイやゲラン、パルファム・クリスチャン・ディオール等々の高級化粧品ブランドを擁するLVMHは、高級化粧品工場の操業を中断。当時、医療機関でも絶望的に不足していた消毒用の水性アルコールジェルの製造に転換したのだ。
3月には出荷体勢を整え、フランス保険当局をはじめ、主要病院や警察などに無償提供を開始。さらに一般の医師や老人ホームまで提供先を広げ、2020年に寄贈した総量は40万リットルにのぼる。世界のトップブランドが、シンボルである高級アイテムの製造を停止する決断の早さ、実行のスピード感には、目を見張るばかりだった。
鬱々としたコロナ禍の日々に、心浮き立つ華やぎを
さらに感銘を受けたのが、その後の展開。事態が落ち着くと、LVMHの一流ブランドは、手洗いで荒れがちな肌のために、うっとりするほど心地よく贅沢な超高級ハンドケアアイテムを次々とリリースしたのだ。
実用性に乏しい虚飾の象徴のような香水や高級化粧品が、いざとなれば間髪を入れず命を救う助けとなり、事態が落ち着けばすぐさまラグジュアリーな世界に舞い戻る……聖かと思えば俗へと自在に変貌する妖艶さ。これこそ、長い歴史を持つ化粧品の、一筋縄ではいかない魅力だろう。
その頂点に立つ高級化粧品が、鬱々としがちなコロナ禍の毎日、さらに輝きを増し、女性たちの心を奪うのも、当然かもしれない。