5年早かった? SNS施策は必須? アンプリチュード・ロスの先に見えるもの
大人の女性に向けたメイクアップブランド『アンプリチュード』事業終了ニュースの衝撃が収まらない。3月6日、今年2023年末での事業終了が発表されると、twitterに嘆きや怒りのつぶやきが殺到。デパートの販売カウンターには「今のうちに買っておかないと」と女性たちが駆けつけ、長蛇の列ができる店舗も現れた。予想以上の反響に、公式ホームページでは8日に「店頭での商品取り置きの一時中止」が、10日には「購入時の数量制限」が伝えられるほどの過熱ぶりだ。
店頭での購入を断念した顧客が向かったZOZOTOWNでは、瞬く間にソールドアウトが続出。急いで大量に補充されたが、26日現在でもアイシャドウはもちろんファンデーションの中心色までもが欠品し、異例の品薄状態が続いている。
マスク着用と外出自粛に加え
出店ペースの遅れが打撃に
それほど支持を得ながら、なぜ事業終了に至ったのか。
『アンプリチュード』は、20~30代女性を中心に人気の『RMK』を生み出したクリエイティブディレクターRUMIKOさんが、さらに上の世代に向け、2018年に開発したメイクアップブランド。洗練された色味や使いやすさはもちろん、「モテ」や「若見え」ではなく「憧れられ尊敬されるカッコいい大人の女性」という、まさにカッコいいコンセプトで、尊敬と憧れを集めてきた。
ところがデビュー3年目の伸び盛りの時期に、新型コロナによるパンデミックが襲撃。多くのメイクアップブランド同様、大きな打撃を受けた。販売カウンターも増やせず、予定されていた池袋西武への出店も遅れ、やっとオープンにこぎつけたのは昨年10月末だ。
さらに、自粛期間中のデメリットを補うはずの公式オンラインショップが、2021年8月、第三者による不正アクセスによって顧客情報が流出。セキュリティ強化のため2022年4月まで長期間停止したのも痛手となったと考えられる。こうした事態を受け、『アンプリチュード』を展開する株式会社ACROは、パンデミック明けの市場環境の不透明さを鑑みて、早期の事業の採算化は困難と判断。事業終了を発表した。
新ブランド成功に求められる
SNS活用とエンタメ要素
百貨店における化粧品ビジネスに精通するビューティビジネスプロデューサー曽田啓子さんは、「もともと多くのブランドが群雄割拠し競争の激しい化粧品ビジネスで、新しいブランドが勝ち残っていくのは、本当に難しい。認知度を高めるためにも、現在は小嶋陽菜さん(元AKB48)の『Her lip to BEAUTY(ハーリップトゥビューティ)』のようにSNSを活用し、期間限定ポップアップなどで半歩先のエンタメ要素を盛り込むことが重要です。ただ『アンプリチュード』に代表される、40代以上の女性が対象の高級ブランドは、顧客層がインスタグラムやTikTok、YouTubeなどを積極的に利用する方たちではないし、たとえSNSで見知っても、それが即、購入につながりにくいでしょう。大人のブランドはどうしてもブランドの魅力を伝えるメディアが限られてしまうんですね」と分析する。
一般的に40、50代以上になると、すでに長年の愛用ブランドを持っていて、新しいブランドにスイッチしにくいうえ、これまで主な情報源だった女性ファッション誌が次々と休刊し、未知のブランドを知る機会自体が減っている。そのうえSNSの利用が低調だと(共感できるインフルエンサーもまだまだ少ない)、認知度を上げる術がない。自粛生活で盛り上がった高額スキンケア熱が、長く愛用している有名ブランドに集中したのも、歴史が浅いブランドは存在すら知られていなかったことが一因だろう。
CHICCAロスのトラウマが
再びよみがえる⁉
高感度な美容ファンやファッション通が支持する『アンプリチュード』は、良くも悪くも“知る人ぞ知る”“美容キャリアの長い大人の”ブランドと、新型コロナ流行時、不利な条件がすべて揃っていた。それでも流行が落ち着くとともに知名度は着実に上昇し、数量限定のメイクパレットは常に完売。レギュラー商品のファンデーションなども右肩上がりの上り調子で、「さすがアンプリチュード!」と化粧品ファンの賛辞を集めていた。
そこに降ってわいた事業終了の発表が、冒頭の商品争奪戦へとつながるのは当然と言えば当然だ。その衝撃はアンプリチュード・ロスにとどまらず、SNSには「CHICCAのときのトラウマがよみがえる」「CHICCAに旧SUQQUに、推しの化粧品ばっかり消えていく」との嘆きと怒りの声が上がっている。
アジア美容が目指すのは、
若見え志向のモテ系メイク?
『CHICCA』とはN.Y.在住のトップアーティスト吉川康雄さんのメイクアップブランド(カネボウ傘下)。白髪のマダムをイメージモデルに起用する大人のブランドだったが、2019年終了に。このときもロスを訴えるツイートがトレンド1位を占め、カウンターに購入希望者が押し寄せた。
現在は20~30代に人気の『SUQQU』も、デビュー時の顧客設定は40代以上(旧SUQQU時代とよばれている)。当初からのファンの多くは『CHICCA』や『アンプリチュード』のファンでもある。
これら3ブランドに共通する美意識が、“モテ”や“若見え”を目指さない成熟した女性像。それが男性だけでなく女性からも広い共感を得られず、撤退や変容に追い込まれたのかと思うと、「とほほ」というか「なんだかなあ」だ。
折しも3月8日の国際女性デーには、さまざまなメディアから日本の男女格差解消の遅れを指摘され、ダメ押しされた気分。イギリス経済紙『エコノミスト』による「女性の働きにくさ」ワースト1位の韓国と2位の日本に、モテ&若見えルッキズムや深刻な少子化など共通項が多いのも、偶然ではないだろう。
高級ブランドを中心に増える
アンチ・アンチエイジング
とはいえ、“女性はいつまでも若くキレイでいたいもの”(または、“キレイでいるべし”)というステレオタイプにも、ヒビが入り始めている。
たとえばクリームが3万円といった高級スキンケアブランドは、“富裕層夫人のアンチエイジング用”というイメージを持たれがちだが、それは15年以上前の過去のもの。現在は “美しく幸福に年齢を重ねるサクセスフルエイジング”を掲げるブランドが主流で、加齢を否定的に捉えているのは、むしろ少数派だ。
女性誌などメディアの姿勢も大きく変わってきている。高級女性誌の代表格である『婦人画報』も、「若々しいという表現を、誉め言葉として軽々しく使用するのを控えています。溌溂としている、いきいきと魅力的であることを若さと結びつける必要はありませんし、婦人画報は年齢を重ねることは素晴らしいことだと考えています」(婦人画報編集部 松永裕美さん)。
高級化粧品を自腹で購入できるキャリア女性(「働きにくさ」を克服し、自己肯定感も高い)や、彼女たちを目標とする若い世代にとって、今やこれが当たり前の感覚だ。
世代設定やBUZZ狙いはもちろん、
対面接客すらないUNMIXの成功
そもそもZ世代やシニア層といった年齢や世代分けさえ、もはや無意味と思わせるブランドまで現れた。前出の吉川さん自身が2021年4月に立ち上げた『UNMIX』だ。
『UNMIX』のコンセプトについて、吉川さんは「多様性の時代と言われる今、年齢とか流行なんて気にする必要ないし、セレブやインフルエンサーさんの真似をする必要もないでしょう。ひとりひとりが自分のきれいさを表現してほしいし、UNMIXは特定の年齢や人種を想定したりしていません。お客さんの年齢層も10代から70代まで本当にバラバラです」と語る。広告モデル自身、街で出会った年齢も人種も多様な一般女性だ。
その姿勢は徹底していて、メイクブランドでありながら流行は追わず、製品数もデビューから3年間で約30品(30種ではない)。デビュー時の店舗は首都圏のイセタン ミラー(伊勢丹が運営するドラッグストア感覚の化粧品店)のみで、インフルエンサー施策も行わない。PR活動は吉川さん個人のインスタグラムとツイッターが主(それぞれフォロワー1.3万、2.4万)だが、「直接メッセージを届けることができるし、お客さんの声が聴ける。現代のテクノロジーがあってこそ、可能なスタイル」(吉川さん)で、確実にファンを増やしてきた。
昨年発売したアイシャドウは「3カ月分の予定数が3日で売り切れて焦りました」(代表取締役 柄澤幸恵さん)と大ヒットし、百貨店からの出店要請が引きも切らない。
「CHICCAみたいになくならないように、買うことで支えてやろうと思ってくださっている方も多くて、本当に励みになります」(吉川さん)
クリエイターであるメーカーと消費者でもあるファンとの理想的な関係が、パトロネージュの新しいスタイルを作り出しているようだ。
急速に変わりつつある意識に
化粧品トレンドは追いつけるか?
先に紹介した高級ブランドや女性誌の意識の変化や、『UNMIX』の好調を支える共感購買の進行など、実はあちこちで新しい動きが始まっている。それに呼応するように、SNS上の#アンプリチュードの書き込みも「ずっと憧れていたのに、悔しい」「いつか買おうと思ってた。さっさと買えばよかった」と、アンプリチュードに対する喪失感以上の「今のシステムを変えなければ」「自分自身が行動すべき」と明日へ向けての思いを込めたものが少なくない。
多分、アンプリチュードはほんの少しだけ早かった。あと5年あれば今よりずっと多くの女性に知られ熱心なファンを得ていたはず……とまで書いたところで、いや、そんなに時間はかからないのではないかと思えてきた。もしかしたら3年、ひょっとするともっと早くに、化粧品トレンドはもちろん、ファッション傾向もライフスタイルも変化しているのではないか。それほど状況はハイスピードで変わっている。