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香港への国家安全法は「一国二制度の死」 コロナ利用し「統一」に動き始めた中国

木村正人在英国際ジャーナリスト
「国家安全法」導入に抗議する香港の若者(5月24日)(写真:ロイター/アフロ)

「中国が香港を乗っ取ろうとしている」

[ロンドン発]中国の全国人民代表大会(全人代=国会)報道官が21日、翌22日に開幕する全人代で香港での国家安全法を審議すると発表。中国の李克強首相も22日の政府活動報告で「『台湾独立』をもくろむ分裂行動を食い止めなければならない」と強調しました。

24日には香港の繁華街コーズウェイベイ(銅鑼湾)などで、香港への国家安全法に抗議するデモが過激化して香港警察と衝突。発表によると、少なくとも180人が違法集会の疑い(筆者注:新型コロナウイルス対策のため9人以上の集会が禁止されている)などで逮捕されました。

米中対立が強まる中、香港と台湾がフラッシュポイント(引火点)になるのでしょうか。

欧米諸国で新型コロナウイルスによる混乱が続く中、中国共産党は、香港で広がる分離運動を制圧する動きを一気に強め、台湾独立運動にもにらみをきかせています。中国はこれまでの「一国二制度」をかなぐり捨て、中国「統一」に突き進み始めたのでしょうか。

ロバート・オブライエン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は「中国が香港を乗っ取ろうとしている」と、香港への国家安全法が導入されればアメリカは中国と香港に制裁を科す可能性があると牽制しました。これに対して、中国は「内政干渉」と激しく反発しています。

「中国が香港を乗っ取ろうとしている」

香港の人権問題に取り組む「香港ウォッチ」を運営する英活動家ベネディクト・ロジャーズ氏は1997年から5年間、香港に住み、民主主義の大切さを訴えてきました。2017年「香港ウォッチ」を立ち上げたとたん香港への入国を拒否されています。ロジャーズ氏におうかがいしました。

ベネディクト・ロジャーズ氏(筆者撮影)
ベネディクト・ロジャーズ氏(筆者撮影)

筆者:香港政府は新型コロナウイルス・パンデミックにうまく対処できましたか。中国についてはどうでしたか。

ロジャーズ氏:最初の段階ではうまくいきませんでした。境界を封鎖できなかったため強く批判されました。香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が境界を封鎖しなかったことに医師たちが抗議行動を起こしました。

しかし、香港全体としては政府の失策にもかかわらず、主に市民のイニシアチブと責任感のおかげでパンデミックを非常にうまく処理しました。症例1066人と死者4人と被害は著しく小さいです。しかし、それは政府ではなく、香港市民のイニシアチブによります。

中国政府に関しては最初に新型コロナウイルスについての真実を押さえ込み、隠蔽することでパンデミックを引き起こしました。

筆者:パンデミックの最中、民主化活動家や学生に対処する中国政府の戦略について教えてください。

ロジャーズ氏:中国共産党政権は明らかに世界の他の国々がパンデミック対策に集中していることを利用しています。香港の自由を解体し、民主化活動家を取り締まり、香港での支配力を強めています。

筆者:中国はパンデミックをどのように利用していますか。

ロジャーズ氏:香港で著名な主要民主化活動家を逮捕し、報道の自由を脅かし、最近では香港の基本的な自由を破壊する新しい国家安全法を導入しようとしています。

筆者:香港を対象にした国家安全法とは何ですか。なぜ今なのでしょう。

ロジャーズ氏:国家安全法は、香港における表現の自由やその他の基本的な自由を破壊する非常に危険な法律です。中央政府に対する反逆、分離、扇動、転覆を禁止する国家安全法の制定は香港基本法(憲法に相当)23条で義務付けられています。

もちろんどの国にも国家の安全を保障する法律を導入する権利があります。しかし香港立法会(議会)ではなく、北京の全人代を通じてこれを強制しようとしています。

そして、香港での普通選挙と民主的な説明責任の約束を実行することなく国家安全法を成立させようとしています。(筆者注:国家安全法草案によると、中国政府の国家安全関連機関は香港に出先機関を設立できる)

筆者:これは一国二制度の死を意味すると思いますか。香港市民の反応は。

ロジャーズ氏:国家安全法が成立すれば間違いなく一国二制度の死です。香港人はそれに対してはっきりと抗議しています。

筆者:国際社会はどのように対応すべきですか。旧宗主国のイギリスはどうすべきですか。

ロジャーズ氏:国際社会は声を一つにして非常に明確に発言すべきであり、イギリスが主導すべきです。国家安全法が成立した場合、対象を絞った制裁措置を含めて、その結果を見ることになると中国政府に対して明らかにする必要があります。

筆者:国家安全法制定の予定は。

ロジャーズ氏:はっきりしていませんが、せいぜい数週間から数カ月程度の間だと思います。

棚上げにされてきた香港の国家安全条例

香港基本法は香港自らが国家安全条例をつくらなければならないと定めていますが、2003年に50万人規模の抗議デモが起きて廃案に追い込まれたあと棚上げにされてきました。

しかし昨年、中国本土に容疑者を引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案に反対する抗議活動の拡大を受け、中国政府内で香港独立勢力を抑えるための国家安全法制定を求める声が強まっていました。

中英共同宣言では1997年の香港返還から50年間は「一国二制度」を維持するとうたわれていますが、中国は「内政干渉」を口実に実力行使で「一国一制度」を押し付けようとしています。香港問題が欧米諸国の対中政策の試金石になるのは間違いありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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