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中央経済工作会議「習近平重要講話」の「三重圧力」に関する誤解と真相

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平中共中央総書記(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 8日から中共中央政治局が開催した中央経済工作会議で習近平が問題点を「三重圧力」として警告した。これに関して日本の某氏が「習近平体制転覆の可能性」と書いたので一部混乱を招いているようだ。某団体から講演依頼を受け説明を求められたので、不本意ながら解説する。

◆中央経済工作会議における習近平の重要講話:「三重圧力」指摘

中共中央政治局は、12月8日から10日にかけて中央経済工作会議(以下、会議)を開催した。主催したのは中共中央総書記である習近平で、中共中央政治局委員をはじめ、全人代(全国人民代表大会)や全国政治協商会議の関係者および各地方政府の代表などが出席した。

 この会議は毎年12月に開催され、先ずはその年の中国経済に関して総書記(現在は習近平)が問題点の指摘や総括などを含めた講話をし、次に(後半で)国務院総理(現在は李克強)が翌年の経済目標などに関して講和するという順番になっている。その結果を毎年3月5日に開催することになっている全人代で国務院総理がその年の経済方針として発表するという仕組みだ。

 習近平が招集したので、まずは習近平が前半の重要講話を行い、1年間の経済状況の総括をするとともに、現在の問題点として「三重圧力(三重苦)」を指摘し、これを警戒し解決に向かって来年の経済計画に反映させよという趣旨のことを述べた。

 党と政府の「公報」では「会議は」という主語しかないが、先ず述べられたのが「三重圧力」であるということと、これは今年の問題点指摘と総括部分の話なので、習近平が述べたものと断定することができる。

 この「三重圧力」として習近平は以下の三つを挙げている(筆者の解釈を含めてご紹介する)。

1.需要の縮小(中国語:需求収縮)

  需要には内需と外需があるが、中国以外の国におけるコロナ感染が落ち着きを見せ経済復帰しつつあるため、それまでに海外から殺到した需要が減少していく可能性があるので、内需を充実させよ。コロナによる買い控えにより消費が減少している。一方では海外におけるサプライチェーンの停滞にも警戒せよ(筆者注:たとえばアメリカにおける過度のコロナ給付金により働く人が少なくなって、中国は受注を受けてもアメリカのコンテナが動かないので、中国からの物資をさばけないなどの情況もある)。

2.供給の衝撃(中国語:供給衝撃)

  石油石炭など原材料の価格高騰がもたらした衝撃を指している。なお、それを受けて、一部地域で電力使用の制限などの措置を講じたため停電や生産ラインの停滞を招いたが、今後はそのような措置を取らずにエネルギー消費の質を高めてエネルギー源の価格高騰に備えるとしている。

3.期待の低下(中国語:預期転弱)

  コロナや国際情勢などにより、投資すればいくらでも儲かり成功するといった市場への期待が弱まっているだけでなく不動産問題などがあるため、融資を受けて起業しようとすることやビジネスを拡張していこうという意欲が減少し、不動産購入リスクを警戒して買い控える傾向にある。これに関しては国家が自己改革を推進するとともに消費者が自信を取り戻すべく構造改革を行っていかなければならない(筆者注:習近平は不動産バブルを警戒しているので抑制を図っているが、それは融資に関する監督強化につながるため、多様な分野における改革が必要とされている)。

 習近平は「三重圧力」以外にも多くの現状分析と問題点を指摘して来年への指針とつなげているが、全て書くと長文になるので、ここでは取り敢えず「三重圧力」にのみ対象を絞って説明を試みた。

◆某氏は「三重圧力」指摘を「習近平政権転覆の可能性」と分析

 これに対して某氏が<中国・中央経済工作会議の中身から「習近平体制転覆の可能性」が見えてきた>という分析を発表したらしい。講演依頼者はそれを読んで混乱し、講演では事の真相を解説してほしいと依頼してきた。

 筆者は某氏の分析を読んでないし、タイトルを見ただけで、とても読んでみようという気にはなれず、依頼者に「何が書いてあり、どのようなことに混乱したのかを説明してほしい」とお願いしたところ、某氏が書いている以下の点の真相を説明してほしいという返答が来た。

(1)この会議で、中国経済が1)需要の収縮に直面し、2)供給に対する打撃に見舞われ、3)先行きも不透明だという「三重圧力」に直面していると指摘されたことはなぜかほとんど報じられていない。経済は需要と供給からなるわけだが、需要もダメ(需要の収縮)なら供給もダメ(供給に対する打撃)であり、さらに先行きも厳しいということになると、全面的にダメだということにはならないか。これは習近平のメンツが丸潰れとなる強烈な結論であり、中国共産党内部の権力闘争という見地からは看過できない内容となっているのである。

(2)「中央経済工作会議」において習近平の経済政策についてこれだけ正面切った批判を許す形になったのは、あまりに激しい経済的な落ち込みに対する反発が党内でも猛烈に高まっていることを示している。次期党大会で習近平体制が覆る可能性はかなり大きくなったのではないかーー。「中央経済工作会議」の展開を見ると、そんな意外な中国の実態が見えてくるのである。

 講演依頼者はほかにも多くの点を指摘し、次回の講演で真相を解説してほしいと問題提起してきた。

 いや、「真相」も何も、この某氏はそもそも中国語が読めないのではないかと思うし、もし読めるなら、中国の政治構造のイロハを全く知らないのではないかとさえ思う。だから「論外だ!」と片づけたいが、この依頼者のように、少なからぬ日本人が某氏の分析を読み、それを通して中国の現状理解をしているとすれば、これはかなり罪深いことだと思うので、不本意ながら不特定多数の読者のためにも、何が間違っているかを指摘する必要があるのではないかと思われた。

◆某氏の分析の間違い

 以下、某氏の分析の間違いをいくつか列挙してみよう。

 A:そもそも、会議は習近平が主催し、「三重圧力」は習近平自身が言っている言葉なので、習近平に対する「正面切った批判を許す形になった」という事実は存在しない。中国の政治構造に関する理解が欠如しているための誤解で、そもそも中国語が分かるなら、原文には習近平が重要講話を行ったと明記している。あるいは原文を読んでいないのかもしれない。

 B:日本で「三重圧力」がほとんど報道されていないというが、あるいは正しくは報道されているとしても、某氏のような誤解釈した形で報道されるケースは少ないというだけではないのか。

 C:「三重圧力」に関して某氏は「1)需要の収縮に直面し、2)供給に対する打撃に見舞われ、3)先行きも不透明」と定義しているが、「1)需要の収縮」は間違った翻訳ではないが、「2)」と「3)」は誤訳であり、中国語能力の問題ではないだろうか。まして況(いわん)や、習近平自身が言った言葉なので、「習近平のメンツが丸潰れとなる強烈な結論」とはならない。

 D:したがって「次期党大会で習近平体制が覆る可能性はかなり大きくなった」ということにはつながらない。

 それ以外にも某氏は「地方公務員の所得が激減中」とか「今年の第二四半期にかつては十万人程度で長年安定していた上海の失業保険の受給者数が50万人を突破するところまで伸びた」などという例を挙げて「中国の経済崩壊」を示唆しているようだが、これも中国の実情をあまりに理解していないことを露呈しているとしか言いようがない。

 公務員の収入が不平等に多すぎ、給料だけでなく賞与や不動産手当てなど様々な収入があるため、一部の地域では一般庶民の収入との格差が非常に大きくなっている。あまりに高収入なので今年の公務員試験の倍率は、分野によっては約2万倍という部署もあり、異常な状況にあるくらいだ。当然庶民の不満も噴出しているので、中国政府は今年、この格差を是正するための通知を発布したほどだ。

 また上海における失業保険受給者が急増したのは、2020年8月から非上海籍の人でも上海で失業保険を受けることができるようになったことに起因する。出稼ぎ者も働いている現地で失業保険をもらえるというように、支給対象を広げたからに過ぎない。

◆中国経済崩壊論は日本に利するのか?

 このように某氏は、何が何でも「中国経済が崩壊する」方向に強引に持って行きたいようだが、これは某氏に限ったことではない。ともかく「習近平政権が崩壊する」とか「中国経済が崩壊する」と言えば日本人が喜ぶので、本が売れて、より多くのネットユーザーが記事を読んでくれる。

 たしかにそういった分析を読む方が、気がスッとするし愉快なのではあろう。その気持ちは理解できないではない。

 しかしそうやって少なからぬ日本人が虚空の中国崩壊物語に酔いしれている間に、中国は確実に成長し、経済力と軍事力もアメリカに近づき、やがて凌駕しようとしているという現実が進行しているのである。

 中国経済崩壊論に期待すること20年以上。明日にも崩壊する、今度こそ崩壊するという「甘い言葉」に誘われて偽の物語に酔いしれるのは、日本という国にいかなるメリットももたらさない。それでも崩壊しない現実にぶつかると、発信者側は「今度こそは崩壊する」と、しつこく「勧誘」してくる

 その目的のために事実を歪曲するのは罪深い行為だ。どんなにいやな事実でも、不愉快な現実を直視する方が日本人を守ることにつながる。

 しかしネット時代は「言論の自由」があるようでいながら「選択の自由」が優先していて、どんなに事実と乖離していても「自分好みの意見」だけを選ぶ傾向にある。そして、そこに寄り集まる。

 これは日本に限らず世界中に散見される現象だ。注意を喚起したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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