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■宇都宮のLRT開通。不動産鑑定士・税理士が現地で固定資産税路線価の推移や税収と施策を考えた

冨田建不動産鑑定士・公認会計士・税理士
終点の芳賀・高根沢工業団地停留所にて。令和5年8月27日筆者撮影。

■はじめに

2023年8月26日、栃木県の宇都宮市~芳賀町でLRT※が開業しました。

昭和中期~後期の車を過度に優遇する時代では全国各地で路面電車が廃止されましたが、排ガス等の環境問題や石油資源の消耗、毎年多くの被害者を出している交通事故に代表される安全性の問題等で、近年は路面電車やLRTの見直しの機運が高まっています。

※国土交通省の下記のリンクによると、LRTとは低床式車両の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する軌道系交通システムとされますが、この記事では実態を踏まえ路面電車とほぼ同義と扱います。

(参考)全国各地の路面電車・LRTについて

国土交通省のLRTの導入支援のサイト

芳賀・宇都宮LRTの路線。JR宇都宮駅の東側から画面右上の芳賀・高根沢工業台地までを走る「宇都宮芳賀ライトレール線」とあるのがこのたび開業したLRTである。ヤフーマップを筆者が撮影。
芳賀・宇都宮LRTの路線。JR宇都宮駅の東側から画面右上の芳賀・高根沢工業台地までを走る「宇都宮芳賀ライトレール線」とあるのがこのたび開業したLRTである。ヤフーマップを筆者が撮影。

そもそもは前述のように欠点が指摘される車の過度な優遇が間違いであり、事業用車を除くマイカーをより厳しく規制して電車・バス等の公共交通機関や、あるいは環境に優しく加害者側にもなりにくい自転車への移転を促進すべきと考えています。その意味でも、一時期は冷遇された路面電車の見直しは大いに望ましいと思います。

具体的には、現在は20都市21事業者(宇都宮市のLRTが増える前の時点)で路面電車やLRTが残っています。

平成27年の札幌市の路面電車の延長開業による環状線化、平成21年以降の富山の路面電車の環状線化、JR富山港線の路面電車化からの既存の路面電車との富山駅下部分の新規接続による一体化が近年の整備例として挙げられますが、非常に喜ばしい例と言えるでしょう。

富山駅の停留所を発車する富山市の路面電車。令和5年7月13日筆者撮影。
富山駅の停留所を発車する富山市の路面電車。令和5年7月13日筆者撮影。

一方で、平成17年に路面電車を廃止して車を過度に優遇し時代に逆行している岐阜市のような時代遅れの残念な例もあるのですが…。

とはいえ、「過去も含めて路面電車が存在した履歴のない」都市でのLRTの開業は異例です。

と、いうことで、このLRTの開業が地価にどう影響を及ぼしているのか、ひいては土地の税収はどのようになっているのか、開業後に現地を訪れて考察してみることにしました。

宇都宮駅東口停留所横にあったLRTのモニュメント。撮影してくれるスタッフがおられたが、「はい・チーズ」ではなく「エルアール・ティー」を撮影の合図の声にしていた。令和5年8月27日筆者撮影。
宇都宮駅東口停留所横にあったLRTのモニュメント。撮影してくれるスタッフがおられたが、「はい・チーズ」ではなく「エルアール・ティー」を撮影の合図の声にしていた。令和5年8月27日筆者撮影。

■では、固定資産税路線価はどうなっている?

筆者は不動産鑑定士兼税理士です。ですので、行く前の予習として、ただの現地取材記事とは一線を画して、そちらの専門性から考察をしてみたいと思います。

下記は、

①LRTが宇都宮駅から鬼怒通りの道路の真ん中部分を走っている箇所の宇都宮市資産税課にご教示いただいた平成27年の固定資産税路線価と、一般財団法人資産評価システム研究センターの全国地価マップ(令和5年~基本的には令和3年評価替え時のものを流用)の固定資産税路線価を比較した表

②LRTとは宇都宮駅から見て反対に位置する東武宇都宮駅周辺の繁華性の比較的高い任意の道路の、①同様の平成27年と令和5年(同)の固定資産税路線価を比較した表

です。

宇都宮市資産税課からの固定資産税路線価の資料と、全国地価マップに基づき筆者作成。
宇都宮市資産税課からの固定資産税路線価の資料と、全国地価マップに基づき筆者作成。

宇都宮駅と東武宇都宮駅との関係。LRTは宇都宮駅東口から東に向かうのに対して、東武宇都宮駅は宇都宮駅の西側約2Kmに位置するため、LRT開業の恩恵が乏しい地域である。ヤフーマップを筆者撮影。
宇都宮駅と東武宇都宮駅との関係。LRTは宇都宮駅東口から東に向かうのに対して、東武宇都宮駅は宇都宮駅の西側約2Kmに位置するため、LRT開業の恩恵が乏しい地域である。ヤフーマップを筆者撮影。

前者は、見ての通り、8年間で概ね4.4~18.5%前後の固定資産税路線価の上昇をもたらしています。

一方で、後者は一部に横ばいや微増の部分もありますが、概ね3.1~6.4%前後の固定資産税路線価の下落をもたらしています。

つまり、LRT沿線は、利便性が高まったことによる地価上昇を踏まえて、宇都宮市(や、芳賀町)に税収増をもたらしているのです。

税収増というと納税者側に不利に感じるかもしれませんが、LRTができたことによる利便性の改善や、車を利用していたことによるガソリン代、場合によってはマイカー代そのものが不要となる場合もある点を勘案すると、むしろ納税者側にも実質的な負担が少なくなるので有利ではないでしょうか。

そして、LRTの設置費用で宇都宮市の負担が過大との指摘をして批判する声があるようですが、これは近視眼的な見方ではないでしょうか。

と、いうのも「LRTが開業することによるその後の税収増」が考慮されていないからです。

宇都宮大学陽東キャンパス停留場東側の、宇都宮駅側から併用軌道として走ってきた鬼怒通りとの分岐点。上記の固定資産税路線価の比較はこの地点より東側につき検討している。令和5年8月27日、車中より筆者撮影。
宇都宮大学陽東キャンパス停留場東側の、宇都宮駅側から併用軌道として走ってきた鬼怒通りとの分岐点。上記の固定資産税路線価の比較はこの地点より東側につき検討している。令和5年8月27日、車中より筆者撮影。

即ち、「恒久的に」市町村に入る固定資産税や都市計画税、その地域で不動産取引等があった場合の都道府県に入る不動産取得税(と、国税である登録免許税)の上昇をもたらす効果があります。

ただ、LRTの開業によって「どの範囲までが」開業による税収増の効果かが判定しづらいため、具体的に増えた税収の額は書きにくいですが、「LRT支出は○○億円の支出」とだけ書いて批判するのは間違いでしょう。

もちろん、開業による景気刺激効果もあるので、その面にも触れるべきでしょう。

できれば、このようなケースでの税収増効果や景気刺激の程度につき、今後、一定の算定ルール等の検討をしてもよいのでは…とも思います。

LRTは工業団地と宇都宮駅を結ぶ使命も持っており、産業的な重要性も高まると思われる。令和5年8月27日も筆者撮影。
LRTは工業団地と宇都宮駅を結ぶ使命も持っており、産業的な重要性も高まると思われる。令和5年8月27日も筆者撮影。

しかも、少なくとも、LRTの構築に要した支出は、宇都宮市の清原工業団地や芳賀町の工業団地の利便性改善にも寄与しているため、「産業の強化」にも貢献しています。

ですので、長い目で見たら工場の利便性改善に伴う利益増からの法人住民税・法人事業税の増加や、個人の所得増に伴う等の税収増も期待できます。

このため、例えば「利益増や国民全体に共通する無形の国益」とは無関係の福祉にばらまくよりは、よほど意味のある支出と言えるでしょう。

以前も他の記事で書きましたが、これからの時代、公共の支出は国防や警察・消防、教育、技術の発展、文化の保護や発展といった「国民全員に共通する無形の国益」にも意義を認めた上で、

「国民全員に共通する無形の国益」があるか、「その支出によって、企業の利益増や個人の所得増を通じて、将来の税収上昇もしくは税収減額の抑制」がなされるか否かを判断基準として、その支出を行うべき

と強く訴えたいと思います。

宇都宮駅周辺と並ぶ宇都宮市のもう一つの拠点の東武宇都宮駅周辺。現時点ではLRTとは無縁な立地のためか、固定資産税路線価も横ばい・微減等、冴えない状況である。令和5年8月27日筆者撮影。
宇都宮駅周辺と並ぶ宇都宮市のもう一つの拠点の東武宇都宮駅周辺。現時点ではLRTとは無縁な立地のためか、固定資産税路線価も横ばい・微減等、冴えない状況である。令和5年8月27日筆者撮影。

こちらも東武宇都宮駅周辺。令和5年8月27日筆者撮影。
こちらも東武宇都宮駅周辺。令和5年8月27日筆者撮影。

■開業直後のLRTに乗ってみた

開業2日目の令和5年8月27日の昼下がりに宇都宮駅に降り立った筆者は、さっそく、LRT乗り場に向かいました。

開業祝賀イベントや宇都宮名物の餃子屋の出店のにぎやかな傍らで、乗る人の行列ができており、最後尾に並びます。係員の案内で指示されて、ようやく乗り込むも、しばらく待たされ、20分くらいして起点の宇都宮駅東口停留所をようやく発車しました。と、いいますか、筆者の乗った列車は乗務員的には「約50分遅れ」の列車らしいのですが、旅客にとってはたまたま来た遅れた列車に乗っただけで、この点はあまり実害はないとも言えました。

しばらくは幹線道路「鬼怒通り」の真ん中を走り、ちょこちょこ降りる人がいます。意外だったのは、車内で交通系ICの設備が整備されているのに、現金精算の方が多かった点。沿線の方はJRを利用しようにも新幹線が主体のためか、交通系ICに慣れていなかったのかもしれません。

国道4号線を立体交差で超える。令和5年8月27日筆者撮影。
国道4号線を立体交差で超える。令和5年8月27日筆者撮影。

東京から仙台を経て青森を結ぶ大動脈の国道4号線は、互いに支障があってはまずいからか立体交差で超えてしばらく走り、大きな動きがあったのは、「宇都宮大学陽東キャンパス停留場」でした。ここは、大規模ショッピングセンター「ベルモール」最寄りで、かなりの方が下車されました。ここら辺までが宇都宮駅から続く市街地といえるでしょう。

ベルモールを車内から眺める。令和5年8月27日筆者撮影。
ベルモールを車内から眺める。令和5年8月27日筆者撮影。

ここで筆者が考察した固定資産税路線価のゾーンからはなれますが、突然、田園の真ん中に専用軌道で走る形となります。

車両基地があるため4番線まであり、将来、快速を走らす場合に緩急接続の拠点となるであろう平石駅を過ぎると、田園風景全開モードとなります。

筆者は日本全国の全ての路面電車・LRTの旅客線(普通の旅客が乗れる路線)の全区間に乗ったことがありますが、ここまで農地だらけの田園の真ん中を走る路面電車・LRTは記憶にありません。

見ての通り田園風景の真ん中を走る。令和5年8月27日筆者撮影。
見ての通り田園風景の真ん中を走る。令和5年8月27日筆者撮影。

氾濫時にも支障がないよう高度を稼いで鬼怒川を渡り、しばらくすると宇都宮市の清原工業団地の範囲に入ります。清原地区市民センター前停留場では、工業団地を周回するバスとも連携するそうで、宇都宮市の「やる気」を感じます。本日は日曜日のため、工場の客はいないようでしたが、平日には大いにLRTの利用価値が高まりそうでした。

清原地区市民センター前停留場のバスとの連携の施設。車内から令和5年8月27日筆者撮影。
清原地区市民センター前停留場のバスとの連携の施設。車内から令和5年8月27日筆者撮影。

イベント時の客をさばけるように4番線まであり緩急接続が可能なグリーンスタジアム停留所を過ぎると、ニュータウンのゆいの杜が沿線となり、宇都宮市から芳賀町に入ると再び工業団地ゾーンに入り、そのまま終点の芳賀・高根沢工業団地停留場に着きました。

ここでも地味に賞賛すべきは、自治体の枠を乗り越えたことです。近年でこそ、大阪市営地下鉄御堂筋線が堺市のなかもずまで延伸されたり、東京の都営新宿線が千葉県の本八幡まで延伸されたり等の例が出てきましたが、一部の市の交通局等が手掛ける鉄道は、隣接する市町村までの延長にどうしても尻込みしがちな傾向があるように思えます。ここらあたりが、このLRTをより有効にしているかと思います。

車内の様子。見てのとおり、右側に交通系ICがあるが、現段階では使い慣れていない方が多そうであった。令和5年8月27日筆者撮影。
車内の様子。見てのとおり、右側に交通系ICがあるが、現段階では使い慣れていない方が多そうであった。令和5年8月27日筆者撮影。

■最後に

LRTの開業には以下のような意義があるといえるでしょう。

①前述の通り、過度のマイカー社会の弊害に対する改善の第一歩となる。

②地域の景気刺激効果もある。

宇都宮駅東口停留所前の広場はお祝いムードそのもので、色々なイベントや餃子屋等の出店があった。令和5年8月27日、筆者がイベントのスケジュール表を撮影。
宇都宮駅東口停留所前の広場はお祝いムードそのもので、色々なイベントや餃子屋等の出店があった。令和5年8月27日、筆者がイベントのスケジュール表を撮影。

そして、あくまでも個人的な妄想ではありますが、他でも路面電車の開業や再生や交通事情の改善が期待できる地域もあると思います。

一部の新線等を除く全国のほぼ全ての旅客鉄道線(普通の旅客が乗れる路線)を乗車したことのある不動産鑑定士・税理士としての立場から申し上げると、例えば、東京都世田谷区内の下高井戸~三軒茶屋を結ぶ東急世田谷線は、田園都市線やその他の地下埋設物に支障しないのであれば、マイカーを規制した上で路面電車の軌道を再び現在の国道246号線に敷設して渋谷に伸ばしてもよいのではと思っています。

乗り換えなく渋谷直通となるので既存の沿線住人には便利になりますし、ラッシュ時の混雑がひどいことで有名な田園都市線の同区間の混雑緩和にも寄与します。

東急電鉄の収入に配慮して、運賃は現状もしくは現状+αとすれば、東京都や世田谷区(・渋谷区・目黒区)の利便性改善に伴う税収増も考慮すると、少なくとも検討の余地はあるのではないでしょうか。

幹線道路「鬼怒通り」の中央を走るLRT。令和5年8月27日筆者撮影。
幹線道路「鬼怒通り」の中央を走るLRT。令和5年8月27日筆者撮影。

あるいは、東京の早稲田~三ノ輪橋を結ぶ都電荒川線も、マイカーを規制した上で早稲田付近から明治通りの車道を一車線つぶして新宿付近まで伸ばすのもありでしょう。

そして、これらは例であって、岡山市でもJR吉備線を工夫する構想があったとは聞きますが、札幌や富山で改善されたように、他にも工夫次第で色々と切り開ける地域もあるかもしれません。

先に述べた2つのメリットを踏まえて、ただし産業には一定の配慮を施した上で、利便性の高まりによる地価上昇や利益・所得増からの税収増も踏まえつつ、新しい交通体系の構築を通じて国土の有効活用を期待したい…というのが、本日の総括であったと思いました。

現場からは以上です。

宇都宮駅東口停留所に停車するLRT。令和5年8月27日筆者撮影。
宇都宮駅東口停留所に停車するLRT。令和5年8月27日筆者撮影。

不動産鑑定士・公認会計士・税理士

慶應義塾中等部・高校・大学卒業。大学在学中に当時の不動産鑑定士2次試験合格、卒業後に当時の公認会計士2次試験合格。大手監査法人・ 不動産鑑定業者を経て、独立。全国43都道府県で不動産鑑定業務を経験する傍ら、相続税関連や固定資産税還付請求等の不動産関連の税務業務、ネット記事等の寄稿や講演等を行う。特技は12 年学んだエレクトーンで、平成29年の公認会計士東京会音楽祭では優勝を収めた。 令和3年8月には自身二冊目の著書「不動産評価のしくみがわかる本」(同文舘出版)を上梓。 令和5年春、不動産の売却や相続等の税金について解説した「図解でわかる 土地・建物の税金と評価」(日本実業出版社)を上梓。

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