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「マスクもないのに納体袋を十分準備せよと政府は言った」欧州の老人ホームでコロナ死相次ぐ

木村正人在英国際ジャーナリスト
欧州では高齢者施設で新型コロナウイルスの死者が相次いでいる(写真:ロイター/アフロ)

自宅や施設での死は除かれていた

[ロンドン発]新型コロナウイルスの巨大津波が欧州の高齢者施設を直撃しています。スペインの高齢者施設が見捨てられ、息も絶え絶えの入居者と遺体が見つかったばかりですが、各国から独り暮らしや施設に入居するお年寄りの死が次々と報告されています。

英国家統計局(ONS)はイングランドとウェールズにおける新型コロナウイルス肺炎の犠牲者は3月20日までで210人と発表。これはイングランド・ウェールズ公衆衛生局のこれまでの発表より40人(23.5%)も多くなっていました。

公衆衛生局は病院で死亡した感染者しかカウントしていないのに対して、国家統計局の数字は自宅や介護施設での高齢者の死を含んでいるからだそうです。

フランス政府も4月3日、新型コロナウイルス肺炎で少なくとも1416人が高齢者施設で死亡したと発表しました。フランスの医療システムの中で公的高齢者施設は長い間、後回しにされてきたそうです。新型コロナウイルスは燎原の火のごとく高齢者施設に広がっています。

フランスでもイギリスと同様、病院での死亡だけがカウントされ、自宅や施設での死は除かれていました。2桁の死が報告された施設もあります。フランスには公的高齢者施設7400カ所、他の施設1万600カ所があり、関係者は「10万人以上が死ぬ恐れがある」と警告していました。

仏政府は「十分な遺体収納袋を用意せよ」と指導

フランスでは摂氏40度を超える2003年の熱波で高齢者ら1万4800人が亡くなったことがあります。この時、イタリアの犠牲者は4200人でした。病院が最優先にされ、誰も高齢者施設には十分な関心を払わないからだと報じられています。

その病院でさえ今回の新型コロナウイルス・パンデミックではマスクや防護具が不足しています。いくつかの高齢者施設にはマスクや防護具は全く支給されていません。仏メディアによると、国営の介護施設はマスクも十分にないのに遺体収納袋を備蓄するよう促されているそうです。

イタリアのラツィオ州中央部の感染者数は3月26日、195人増えましたが、67人が高齢者施設の入居者でした。州の保健当局者は「高齢者施設と宗教施設でクラスター(感染者の集団)が発生したのが増加の原因だ」と分析しました。

伊北部ミラノ近郊の高齢者施設では1カ月にも満たない期間に入居者150人の3分の1以上に当たる63人が亡くなりました。最初の犠牲者は3月3日に出たそうです。お亡くなりになった63人のうち36人だけがPCR(遺伝子)検査を受け、陽性でした。

ミラノ北東にあるベルガモの複数の高齢者施設でも数百人が死亡し、南部では職員が自己隔離に入らなければならなかったため83人のお年寄りが2日間、食事なしの生活を強いられたそうです。

イタリアの国立衛生研究所は今月1日、少なくとも1845人が高齢者施設で亡くなったと発表しました。新型コロナウイルスの津波は北部から南部までイタリア全土を飲み込もうとしています。

マドリードの高齢者施設では2000人が超過死亡

スペインのマルガリータ・ロブレス国防相は3月23日「一部の高齢者施設が完全に見捨てられ、ベッドの中から死んでいる人が見つかった」と述べ、世界を驚愕させました。2施設だけで犠牲者は約90人。検察当局は遺棄罪に当たる疑いがあるとして捜査を始めました。

マドリードの高齢者施設では3月に3000人が死亡したと推定され、2000人が超過死亡とみられます。

バルセロナ在住チャールズ・アブレット氏は「入居者が亡くなっても防護具がないから介護者は遺体に近づけない。犠牲者が多すぎて検視官を呼んでも手が回らない。葬儀をしようにも追いつかない。そんな状況だ」と筆者に指摘しました。

「高齢者介護施設の賃金は役割にもよるが非常に安く、中南米からの移民労働者に頼っている。スペインでは感染者の13%が医師や看護師で、計5400人にも上っている。防護具が全くない低賃金の労働者が怖くなって高齢者介護施設を逃げ出したとしても誰が非難できるのだろう」

英BBC放送によると、スウェーデンでもストックホルム周辺の高齢者施設100カ所でも感染が報告され、公共放送スウェーデン放送は400人以上が感染し、約50人が死亡したと報じています。欧州も日本ほどではないにせよ高齢化が進んでいます。

【欧州各国の死者と平均寿命】

イタリア1万4681人(84.01歳)

スペイン1万1198人(83.99歳)

フランス6507人(83.13歳)

イギリス3605人(81.77歳)

政府は脆弱な人たちを守れ

英インペリアル・カレッジ・ロンドンの新型コロナウイルス対策班が3月6~15日にかけ420人を対象にオンライン調査を実施したところ、高齢者や基礎疾患を抱える人たちなど新型コロナウイルスに脆弱なグループを守るために政府は十分なことをしていないと疑っていました。

(1)イギリスでの新型コロナウイルスの突発的な発生についてどう感じていましたか?

・公衆は政府のアプローチを信頼していない。攻撃されやすいグループを守るために十分なことがなされていないと心配している

・公衆は何を考え、何をなすのか混乱している

・公衆は愛する人を失うことにおびえている。社会に与えるインパクトについて心配している

・決して誰もが関心があるわけではない

(2)アウトブレイクに対応する人々の優先課題は何でしょうか?

・ワクチンの開発、治療法の発見

・命を救う

・手遅れにならないように迅速に行動を起こす

・公衆を教育し、支援するために誠実でオープンなコミュニケーションを築き、誤報を排除する

・ウイルスとアウトブレイクの理解を改善する

・失敗から学ぶ。公衆衛生上の非常事態に備える研究にもっと投資する

(3)最も信頼する情報源は?

政府や世界保健機関(WHO)などの公式サイト46.2%、TVやラジオ16%、オンラインニュース10.7%、フェイスブックやツイッターなどソーシャルメディア8.1%、医師ら医療従事者の情報7.1%、職場・学校・高等教育機関からの連絡6.4%、紙の新聞・雑誌5.2%

政府は脆弱な人たちを守るために迅速に行動することが求められています。(1)換気の悪い密閉空間(2)人が密集している場所(3)近距離での密接な会話の3密を避けるだけでなく、病院や高齢者施設をクラスター発生のホットスポットにしないという強いメッセージが必要です。

日本でも高齢者施設や病院で感染が広がっており、欧州で起きていることは対岸の火事ではありません。

それにしても猛スピードで広がる新型コロナウイルスの巨大津波が通り過ぎたあと、新聞・雑誌の紙メディアが生き残っているのかどうか新聞記者上がりの筆者はとても心配です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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