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佐賀17歳少年不正アクセス事件での大きな誤解

森井昌克神戸大学 名誉教授
Black hat hacker(写真:アフロ)

佐賀県立中学・高校の教育情報システムなどが、佐賀市の無職少年(17)らから不正にアクセスされた事件は4日、発覚から1週間になる。延べ1万5千人分を超える個人情報の流出が判明し、県教育委員会や学校の情報セキュリティーに対する認識の甘さが浮き彫りになるとともに、少年らが侵入に至る経緯や動機の解明が焦点になっている。

出典:不正アクセス事件1週間、動機や仲間の解明焦点: 佐賀県教育情報システム不正接続事件【佐賀新聞】

佐賀県の教育情報システムから教師や生徒の個人情報が洩れるという事件が明らかになりました。17歳の少年が積極的に不正アクセスを行ったという点で話題となっていますが、徐々にその手口が明らかとなっています。

佐賀県では全国に先駆けて、2013年から学校教育ネットワークの整備を進め、教育情報システム「SEI-NET」として、教員、学生、保護者の個人情報を管理するだけでなく、その翌年からはタブレット端末を利用して、教材を配信し、それを利用した授業、学習を行っています。学生が自分の成績をネットワークを介して見ることもできるのです。

2015年の4月頃から、17歳の少年が不正アクセスを行い、学生の成績を含む、個人情報21万ファイル、県内の9つの中学、高等学校のほとんどの教員、学生の個人情報を漏えいさせたのです。この21万件というのは、日本の学校関係機関では最多です。17歳の少年が容易に不正アクセス可能であったということ、その不正アクセスの兆候をしりながらも、1年以上にわたり、根本的な解決のための処置を行わなわなかったことが大きな問題なのです。

「有能な若者」「自治体も率先して雇うべき」――佐賀県立高校の校内サーバーや県教委の教育情報システムへの不正アクセスで逮捕された無職少年(17)について、こうした「高評価」が相次いでいる。

出典:高校生データ21万件盗む 佐賀の17歳ハッカーに称賛相次ぐ【JCASTニュース】

犯行に至った、この17歳の少年とその行為に関しては大きな誤解が二つあります。一つは17歳の少年がたぐい稀なる卓越した技術を有し、まるで天才扱いされているということです。筆者がサイバーセキュリティ関係の講演を行った際にも、会場から躊躇することなく、彼を称賛し、その将来性に期待する意見がありました。しかし、この17歳の少年が卓越した技術を有しているか否か、あるいはサイバーセキュリティ方面の才能が豊かであるか否かは現在公開されている情報だけからは判断できないのです。彼がこの事件以前にも、有料テレビ放送を視聴するためのプログラムの開発に関わったという点を考慮しても才能豊かとは断定できないのです。逆に佐賀県教育委員会での教育情報システム自体の、およびその運用における杜撰さが明らかになり、大した知識や技術を有することなく不正アクセスが可能な状態であったことが判明しました。極端には小学生、中学生ですら、意欲があれば十分不正アクセスが可能なのです。現在では、雑誌やネットで不正アクセスを行うための情報は数多く、情報だけでなく、実際に扱えるツール(プログラム)がいつでも動かせるように準備されているのです。これは現実社会でいえば、ナイフどころではなく、自動小銃や戦車、戦闘機がいつでも自由に使える状況に対応すると言っても過言ではないのです。携帯電話やパソコン、ゲームといったデジタル機器に生まれながらにして囲まれて育った彼らにとって、それを使いこなうことには、さほど造作ないことなのです。

もう一つの誤解は不正アクセスはいたずらなどではなく、極めて重い罪となる犯罪であるということです。サイバー社会におけるテロにつながる犯罪なのです。テロとは主として政治的目的を達成するために、破壊行為、暴力等で社会不安を引き起こすことです。政治的目的の有無はともかく、サイバー社会の不安を煽る行為につながるのです。実際、今回の情報漏えいでは個人、特に多感な高校生の、それも彼らにとっては最も重要と考えられる成績が漏れており、それがどれだけの範囲で漏れたか、あるいは今後どれだけの範囲に漏れてしまうのか判断できないという大きな不安を抱えることになるのです。これはまさにテロといってよいでしょう。

簡単に自分のパスワードを友人に教えたり、他人のパスワードを使うことは決して行ってはならないのです。前世紀末の1999年に定められた不正アクセス行為の禁止等に関する法律、いわゆる不正アクセス禁止法では、悪意を持って他人のパスワードを盗む、つまり知っただけで、1年以下の懲役、50万円以下の罰金なのです。他人のファイルを覗いたり、他人に成りすましてメールを送ったりしようものなら、不正アクセスの罪が成立し、3年以下の懲役、100万円以下の罰金と決して軽くない刑罰が科されるのです。

国防総省へ侵入した米国の高校生に対して、国防長官が表彰するという事実を対比させ、この17歳の少年の不正アクセスを評価する記事が見受けられるます。前者はあらかじめ用意されたハッキング技術の優劣を審査するコンテストであることに対して、後者は犯罪行為なのです。もし仮にこの17歳が卓越した技術や才能を有していたとしても決して称賛には値しないのです。

17歳の少年およびそれに加担した同年代の高校生たちの犯罪は犯罪として、裁かれなければならず、その罪と罰を課されることなく、称賛や期待を集めることは決してあってはならないのです。もちろん、罪を償い、悔い改めることとなり、社会全体が正しい認識の上で、その更生が認められれば、今後の社会貢献への期待に何ら異議を唱えるものではありません。

神戸大学 名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工繊大助手、愛媛大助教授を経て、1995年徳島大工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授(~2024年)。近畿大学情報学研究所サイバーセキュリティ部門部門長、客員教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。2024年総務大臣表彰。電子情報通信学会フェロー。

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