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「英王室がなくなるとしたらチャールズ国王の治世ではなくウィリアム皇太子とキャサリン妃の代だ」

木村正人在英国際ジャーナリスト
王室を維持できるのか、ウィリアム皇太子とキャサリン妃の責任は重い(写真:ロイター/アフロ)

■「王族の終わり」は始まっている

[ロンドン]メーガン夫人とともに英王室を離脱したヘンリー公爵=王位継承順位5位=の回想録『スペア(将来の君主に何かあった時の予備という意味)』は「王族の終わりの始まりになる恐れがある」と警鐘を鳴らすチャールズ国王の伝記作家でジャーナリストのキャサリン・メイヤー氏が2日、ロンドンの外国特派員協会(FPA)で記者会見した。

英誌エコノミストでキャリアをスタートさせたメイヤー氏はFPA会長を務めたこともある。2015年に発表した『チャールズ 国王の心』でチャールズ国王の生い立ちや両親との困難な関係、故ダイアナ元皇太子妃との結婚のほか、当時、皇太子だったチャールズ国王が主導する王室改革について書き、ベストセラーになった。英国女性平等党の共同創設者でもある。

「君主制が生き残る方法は外界と調和するよう分からないうちに進化し続けることだ。外界と同じではいけない。距離感や威厳が必要だが、外界と歩調を合わせる必要がある。チャールズにとっても大問題で、エリザベス女王が亡くなる前から考えてきた。彼がやろうとしていたことの1つが実際には口に出さずに自分の考えを表現する方法を見つけることだ」

■縮小する英連邦王国

君主にとって最も大切な仕事は君主制を維持すること。そのためには英国と英連邦王国の国民の支持が欠かせない。「チャールズが即位する前にカリブ海の島国バルバドスは女王の君主制を廃止して共和制に移行した。英連邦王国の多くが共和制に移行することを真剣に考えている。その数は現在の14カ国(英国を除く)から減っていくだろう」

オーストラリアは新紙幣にエリザベス女王の肖像画の代わりに先住民族を称えるデザインを採用する。チャールズ国王の肖像画は拒否された。植民地支配の負の遺産を一掃する動きが英連邦王国で広がっている。「非常に大きなことが進行中だ。王族の準備不足、君主制の機能不全は15年にチャールズの伝記を発表した時から進んでいる」とメイヤー氏は言う。

チャールズ国王の伝記作家キャサリン・メイヤー氏(筆者撮影)
チャールズ国王の伝記作家キャサリン・メイヤー氏(筆者撮影)

「チャールズは新しいやり方を試行錯誤してきた。継承の時が近づくにつれ、彼は君主制を母(女王)とは違うやり方で使おうと考えるようになった。というのもチャールズは、自分は母のようにはなれないと分かっていたからだ。自分の在位はかなり短いとも思っていた。君主制は危機ではないにしろ、これまで以上の圧力にさらされていることに気付いていた」

■共和主義者にとって最大のチャンス到来

アフリカ系の血を引くメーガンは英王室が21世紀を生き残る上で財産になるはずだった。ウィリアム皇太子とキャサリン妃を支持するのは中年層でジョージ王子、シャーロット王女、ルイ王子になるとぐっと幼くなる。若者や非白人層にアピールするハリー(ヘンリー公爵の愛称)とメーガンはその間の年代を埋める可能性を秘めていたが、その夢は呆気なく潰えた。

この世代間ギャップが王室にとって命取りになるかもしれないのだ。

「チャールズはウィリアムとケイト(キャサリン妃の愛称)にスムーズに引き継ごうとしている。共和制への移行を唱える勢力が彼を弱点とみなしていることを知っている。共和主義者にとって最大のチャンス到来だ。英国の上院改革が全く進まないからと言って、君主制がいつまでも存続されるとは限らない」とメイヤー氏は指摘する。

「ポピュリズムと混乱の時代に、君主制を何とか維持できるか、それとも、ある種の衝撃的な拒絶反応が起きるのか。君主制が終わるとしたら、それはチャールズではなく、ウィリアムとケイトの代だろう。これは2人を批判しているのではなく、ただ、いろいろな意味でタイミングが悪いからだ」と語る。

■感情を殺すことを教えられた2人の王子

ハリーとメーガンだけでは君主制を崩壊させることはできないが、共和制に移行する世論に火をつけるという意味では非常に重要な要素になる。チャールズ国王が皇太子時代に集めていた寄付も植民地支配の負の遺産を引きずっている。使い道が正しければすべてが許される時代ではなくなった。王室にも透明性と説明責任が求められる。

チャールズ国王はすでに「小さな王室」を目指し、バッキンガム宮殿を1年中公開、王室の収入を公共の福祉に回す方針を打ち出す。ウクライナ戦争が悪化させたエネルギー価格の高騰とインフレによる生活費の危機で、華美な戴冠式には国民の怒りが向けられる恐れがある。そして「汚い金」が戦争の原資になっていることにも国民は気付き始めている。

メイヤー氏は王室でのウィリアム皇太子とヘンリー公爵の育てられ方にも注目する。自分の感情に触れるのではなく、有名私立校の教育方針も組み合わさり、感情を殺すことを教え込まれた。ダイアナ元妃は全く逆のことを2人の王子に語り、自分の生活体験を大切にするよう促した。過酷な体験をした2人はこうした葛藤と闘ってきた。

■「2人の王子はかなり怒りっぽい」

「私は2人と接触があるが、かなり怒りっぽい。ウィリアムは私がこれまでに会った中で最も辛抱強い人の1人だ。感情を決して表に出さない。ジャーナリストを心底嫌っている。ウィリアムとハリーとケイトがまだ3人組だった頃、ケンジントン宮殿に60人のジャーナリストを招いたことがある。用意されていたのは白ワインのボトル2本だけだった」という。

ハリーとメーガンの米人気司会者オプラ・ウィンフリー氏とのインタビューに合わせてメーガンのスタッフに対するいじめ疑惑が噴出したことも金庫に入れていた『スペア』が流出したことも、メイヤー氏が『チャールズ 国王の心』を出版した際に味わった妨害工作を思い起こさせる。問題と向き合うのではなく告発者を貶めるのが王室の常套手段だ。

人種差別、女性蔑視、富に対する怒りが王室と王族に向けられる恐れがある。いくら改革を試みたところで英王室が支配と搾取で巨大な富を築き上げた不公平な制度であることに変わりはない。ハリーとメーガンの憤りに王室は何一つ答えていない。その大きな溝がメイヤー氏の指摘通り、将来ウィリアム皇太子とキャサリン妃をのみ込む可能性は否定できないだろう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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