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【光る君へ】藤原道兼や花山天皇は本当にあんなにヤバい人たちだったのか?古代にもあった情報操作

陽菜ひよ子歴史コラムニスト・イラストレーター

2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』。世界最古の女性文学『源氏物語』の作者・紫式部(吉高由里子・演)と、平安時代に藤原氏全盛を築いた藤原道長(柄本佑・演)とのラブストーリー。

今回の大河ドラマは、『源氏物語』を漫画化した『あさきゆめみし』(大和和紀・著)の実写版のようだとメイン読者の40代Over女性の間で人気だという。(筆者ももれなく同世代である)

その反面、「史実と違う」といった批判も聞こえてくる。ドラマや小説などで歴史を扱うとき、「史実にどこまで忠実に描くか」は制作側にとって悩ましい点だろう。

しかし、「史実のもととなる文献がどこまで信頼できるのか」という問題があるのも事実である。

さて、『あさきゆめみし』読者世代にはおそらくおなじみ、歴史少女漫画の金字塔『日出処の天子』。作者の山岸凉子氏が『日出処の天子』執筆のきっかけとなったとされる書籍を読むと、それまでの「歴史の見方」が変わる。史実とはいったい何なのか?と考えさせられるのだ。

今回は、そんな書籍なども引用して考察してみたい。

母の死因と妻の人格

史実と異なる描き方への違和感

『光る君へ』冒頭最大の衝撃シーンは、母のちはや(国仲涼子・演)が、いきなり道長の兄・道兼(玉置玲央・演)に殺害されるところだろう。これについて「史実と違う」と批判がある。

紫式部の母は式部の幼少時に亡くなっているが、死因まではわかっていない。はっきりと病死や難産でなど記録が残っているならともかく、理由がわかっていないのなら「史実ではおそらくありえないこと」を盛り込んでも許されるのではないか。

また、道兼は父・兼家(段田安則・演)より「藤原家の泥をかぶる人間」と位置付けられた。今後、道隆(井浦新・演)や道長の悪事も彼の仕業とされる可能性も示唆している。

ちはやを殺害したことで、「このような悪人なら、汚れ役を押し付けられても仕方ない」と視聴者に思わせる効果があるのだろう。

ところで、昨年の『どうする家康』では、徳川家康(松本潤・演)の正妻・築山殿(有村架純・演)人格が史実と違いすぎると話題になった。

たしかに、この夫婦が一緒に過ごしたのは駿府時代のみで、その後ずっと別居生活だったとされる。そこから「夫婦仲が悪かった」と推測するのは当然だといえるだろう。ただ、築山殿が非常に激しい性格だったという記録は、後世に成立したものである。

「死因」も「夫婦仲」も「人格」も本当のところはわからない。わかっていないことだからこそ、想像を膨らませてより物語をおもしろく脚色することが許されるのがエンタメではないのだろうか。

「吾妻鏡」と「どうする家康」

「どうする家康」ラストに登場した天海のセリフの意味深

別の視点で考えてみよう。『どうする家康』のラスト近くに家康の伝記を制作するエピソードがあった。そこへ大僧正・南光坊天海が登場。

本多忠勝の娘・稲姫の挙げた家康の神君エピソードに「そういうの。こういうやつを もっと集めよ皆の衆」とほほ笑む天海。天海が、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』を手にしながら「実のところはどんな奴かわかりゃしない」と口にする。

この一連のシーンが話題になった。

天海を演じたのはさらに前作『鎌倉殿の13人』北条義時を演じた小栗旬さん。間近で鎌倉幕府の開祖・源頼朝を見てきた義時だけに、「頼朝だって『吾妻鏡』に書いてあるような立派な奴じゃないし。家康のことも脚色しちゃっていいよ」ということなのだろう。

「史実」のもととなる歴史書が、そもそも「正しくない」可能性もあるのだ。だとしたら「史実通りでない」と目くじらを立てるのはバカげている気もする。

歴史書は勝者がつくる

歴史書(歴史物語)は「歴史上の勝者」がつくるもの。鎌倉時代の『吾妻鏡』は北条氏が、江戸時代の『徳川実紀』は徳川氏が作った。大げさに言えば「自分の都合のいいようにいくらでも捏造できた」ということだ。

政権を奪い取った自己を正当化するために、前支配者をとんでもなく貶めて書くのも自由なのだ。

たとえば、花山天皇(本郷奏多・演)は性に奔放な逸話に事欠かないが、父の冷泉天皇も多くの逸話を持つ。しかしこれを疑問視する声も少なくない。冷泉天皇から弟の円融天皇(坂東巳之助・演)の系統への移行を正当化するために捏造した可能性があるからだ。

歴史書は本当に信頼できるのか?

ではその「歴史書」にはどのようなものがあるのだろうか?現在、歴史を研究する上で参考にされているものは主に以下の3つに分かれる

1.歴史の書かれた主な書物①「正史」

本来の歴史書とは、国家を挙げて編纂した記録のことであり、「正史」とも呼ばれる。日本最初の歴史書『日本書紀』から『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』までの6つをまとめて六国史と呼ぶ。

六国史の最後は平安初期887年(第58代光孝天皇の代)まで。現在大河ドラマの中で描かれているのは、65代花山天皇の984~985年ごろなので、正史が途絶えて100年ほど経っているのだ。

のちの正史に『吾妻鏡』(鎌倉時代)『後鑑』(室町時代)『徳川実紀』(徳川10代まで)などがある。

2.歴史の書かれた主な書物2⃣「歴史物語」

正史のない時代は主に「歴史物語」を参考に研究されており、平安時代のことが書かれたものに『大鏡』『栄花物語』などがある。

『大鏡』の作者は不明だが、男性で有力貴族であるとされる。藤原氏権勢に対する批判を含むことが大きな特徴。

『栄花物語』の作者はやはり不明だが、女性だとされ、赤染衛門(凰稀かなめ・演)が有力視されている。ひたすら藤原氏の栄華を賛美し、批判的精神はない

3.歴史の書かれた主な書物3⃣「個人の日記」

時代を知る重要な書物に個人の日記がある。「日記」といっても、現代のわれわれの感覚とは異なり「人に見せる」こと前提で書かれている。特に子孫のために残す記録としての意味合いが大きい。

『紫式部日記』ももちろんその一つ。藤原実資(さねすけ:ロバート秋山・演)の書いた『小右記』は特に貴重な資料とされている。ドラマ内でも実直な人物として描かれる実資は日記にも嘘がないと考えられるからだ。

ドラマ内で奥方に愚痴をこぼし、「わたしに言わないで日記にお書きなさい」と言われていたが、日記にも当然、痛烈な批判を書いている。

藤原道長も『御堂関白記』を書き残しており、なんと約1000年前の道長直筆の日記が現存しており、かなり誤字脱字が多いことでも知られる。

ほかに、能書家として知られる藤原行成(渡辺大知・演)『権記』や、道長の父・兼家との結婚生活を赤裸々に書いた藤原道綱母(財前直見・演)の『蜻蛉日記』などもある。『蜻蛉日記』は倫子のサロンで紫式部が「自慢話かと」と語っていたアレである。

4.どれが一番信頼できる?

さて、ここまで参考となる書物を挙げてきた。「歴史書(正史)」「歴史物語」「日記」、この中で「一番信頼できる」のはどれだろうか?

それは当然「国家を挙げて編纂した正史でしょ!」といいたいところではあるが、残念ながらそうとは言い切れない。

「隠された十字架」に見る藤原氏捏造の可能性

「日出処天子」と「隠された十字架」

さてここで、いよいよ『日出処天子』の作者・山岸涼子氏の登場である。山岸氏は『日出処天子』を書いたきっかけとして哲学者・梅原猛氏が著した『隠された十字架』を挙げている。

その『隠された十字架』は「問題の書」とされる。というのも、そもそも『日本書紀』に間違い、いや「捏造」があると指摘しているのだ。

本書は副題に「法隆寺論」とあるように、聖徳太子が建立したとされる法隆寺について大胆な仮説を立てている。(なぜここに聖徳太子?と思われるかもしれないが、実は藤原氏にも無関係ではない、どころか、藤原氏の成立にもかかわる話なのだ)

それはズバリ「法隆寺は『聖徳太子の鎮魂』のために建てられた」とする説である。なぜ鎮魂が必要かといえば、太子の子孫である上宮王家を滅亡させた犯人を恨んでいるから。

その犯人は『日本書紀』では蘇我入鹿だとされている。その蘇我入鹿を、中臣鎌足(藤原氏の祖)が中大兄皇子(のちの天智天皇)らとともに討ったのが645年の乙巳の変(いっしのへん)である。

我々がよく知る歴史の流れでは、その後の大化の改新で、豪族中心から天皇中心の政治へと一新された。

蘇我氏代表・聖徳太子はなぜ聖人化されたのか

『隠された十字架』はこの点に疑問を呈している。聖徳太子の祖母は父方母方共に蘇我馬子の姉で、太子は「蘇我氏の人間」といっていい。太子の子孫を滅亡させたのは本当に蘇我入鹿なのか?

乙巳の変で何が変化したかといえば、単に権力が蘇我氏から藤原氏に移っただけだともいえる。中臣鎌足(のちの藤原鎌足)は、自分のしたことを正当化するために、『日本書紀』において必要以上に蘇我氏を貶めたのだ、と同書は結論付けている。

『日本書紀』の成立は奈良時代(710-794年)だと推測されており、時の執政者・藤原氏の意向が色濃く反映されていてもおかしくはない。

聖徳太子は現代でも「10人の言葉を同時に聞き分けた聖人」として敬われているが、これも藤原氏のおこなった意図的な情報操作だという。これには二つの理由があると考えられる。

・恨みを持って亡くなった人を「聖人化」して魂を鎮めるため
・太子を「聖人化」することで「偉大な太子の一家を滅亡させた」蘇我入鹿を極悪人であると印象付けるため

さらに、聖徳太子を聖人化し、蘇我入鹿を極悪人とすることには、入鹿を討った藤原氏を「(間接的に)偉大な聖徳太子の仇を取った」ように感じる効果もあるという。確かにそういわれれば、そんな気もしてくる。

もしこれが事実だとしたら、恐ろしい情報統制である。

もちろん、梅原氏の説は定説ではない。むしろ「大胆すぎる仮説」として物議をかもし、多くの反論もある。

しかし、上宮王家滅亡は蘇我入鹿の独断ではなく多数の皇族も加わっていたことが、ほかならぬ藤原氏に伝わる家伝『藤氏家伝』に記載されているという。その点『日本書紀』の記述は入鹿の人物像を捏造しているかもしれない、といえる。

『隠された十字架』は少女漫画の歴史も聖徳太子像も変えた

『隠された十字架』を読んだ山岸氏は、「深い恨みを持った聖徳太子像」のイメージから『日出処の天子』の厩戸皇子像(超能力者で同性愛者)をつくりあげた。

『日出処の天子』の厩戸皇子像は「史実」からはかけ離れたものである。そのため、法隆寺がお怒りだという捏造記事が新聞に掲載されたりした。でもそれだけこの漫画の社会的影響が大きかったということだ。

歴史書として読まれた場合以上に「エンタメ」となったときには広範囲に影響を与える。でもそれが、「エンタメ」の役割なのだ。筆者もこの漫画の影響で何度、奈良に足を運んだことだろうか。

史実を知りエンタメを楽しみ、現代の歴史には監視を

国家によってつくられた歴史書にも捏造の可能性があるとしたら、我々は何を信じればいいのだろう?ただ、「真実」は、見る人によって変わってしまうもの。「事実」は一つでも、見え方や書き方、受け取り方で、いかようにも変わってしまうのではないだろうか。

そんなわけで、「史実とあまりにも違いすぎる」と批判する人には、「まぁまぁ、いいじゃありませんか」とお茶でも差し出したくなるのだ。

エンタメはあくまでも、歴史の入門編。そこで興味を持った人が「改めて史実を学ぶ」でいいのではないか。

それと同時に、今この瞬間にも執政者の都合の良いように捏造さているかもしれない歴史を「しっかりと見張る」ことが重要なのではないか、と感じるのだ。

(文・イラスト / 陽菜ひよ子)

主要参考文献

隠された十字架(梅原猛)(新潮社)

歴史コラムニスト・イラストレーター

名古屋出身・在住。博物館ポータルサイトやビジネス系メディアで歴史ライターとして執筆。歴史上の人物や事件を現代に置き換えてわかりやすく解説します。学生時代より歴史や寺社巡りが好きで、京都や鎌倉などを中心に100以上の寺社を訪問。仏像ぬり絵本『やさしい写仏ぬり絵帖』出版、埼玉県の寺院の御朱印にイラストが採用されました。新刊『ナゴヤ愛』では、ナゴヤ(=ナゴヤ圏=愛知県)を歴史・経済など多方面から分析。現在は主に新聞やテレビ系媒体で取材やコラムを担当。ひよことネコとプリンが好き。

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