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NHKはインターネットで生き残れそうにない〜上層部が脱却できない放送至上主義

境治コピーライター/メディアコンサルタント
Fireflyで「NHKはインターネットで生きていけない 」と入力して作成

この記事は佐々木俊尚氏をゲストに招いて2月29日(木)に配信するYouTubeライブ「NHKテキストニュース問題を語る」に関連した内容だ。

テキストニュースを縮小してしまうNHK

NHKは2015〜17年度の経営計画の中で「公共放送から、放送と通信の融合時代にふさわしい”公共メディア”への進化を見据えて、挑戦と改革を続けます。」と宣言し、ネット展開に力を入れてきた。ニュースサイト「NEWS WEB」だけでなく、スマホ用に「ニュース防災アプリ」を開発したり、「政治マガジン」や「NHK取材ノート」など様々なテキスト中心のサイトを開設し、日々更新している。国民にとっては、ネットでもニュースや解説記事が読めるのは便利で物事の理解が深まる。2020年4月からは「NHKプラス」で放送の同時配信も始まったが、併せてテキストによるニュースも読めることは、私たちの利益になることと受け止めていた。

ところが、今年1月に稲葉延雄氏が会長に就任し、4月から新執行部が発足すると雲行きが変わってきた。新たに上層部を占めたのは前の前田会長時代に苦渋を舐めた人々で、考え方もこれまでの執行部とはまったく違うとの噂が伝わってきた。

実際、プロパー人材のトップである井上副会長は、NHKネット業務の今後を議論する総務省の有識者会議「公共放送ワーキンググループ」(第8回・23年5月26日)で新たな方針をプレゼンし、180度違う姿勢を明らかにした。ネット業務では「放送と同一の情報内容」を提供するとし、独自の内容が充実していたテキストニュースについて否定的な姿勢を示したのだ。

それ以降、NHKは「放送と同一」ではないテキストニュースを縮小していく方向で議論が進んでいった。「公共放送WG」はこれまで任意業務の位置付けだったネット展開を「必須業務」とすることをテーマに議論していた。NHK上層部はそれによって「NHKプラス」を使う人からネット独自の受信料を取れるようにしたいらしい。

スマホを持つだけで受信料を取る無茶な話ではなく、テレビを持ってなくても自ら「NHKプラス」をスマホで積極的に使う意思を持つ人から受信料を取る、というもの。そんな人はどれくらいいるか甚だ疑問だが、上層部はこれを実現するためにテキストニュースを犠牲にしたも同然だった。なぜ犠牲が必要なのか。新聞業界の反対論を抑えるためだ。

NHKのテキストニュースに猛反対する新聞業界

「公共放送WG」には新聞業界は総務省管轄ではないのになぜか日本新聞協会が毎回参加していた。同協会はNHKのネット業務を必須業務化することに猛烈に反対の声を挙げてきた。特にテキストニュースは新聞のネット展開と競合するから「民業圧迫」になるとして強く反対し、縮小すべしと主張した。

NHKのネットニュースも、新聞のネット版も、競合するかどうかの前にまだまだ読まれていないのが私の実感だ。だが、新聞協会は特にようやくデジタル展開を始めた地方新聞をNHKのテキストニュースが圧迫していると主張し、だから縮小すべしと強く言う。

ニュースを読む側からすると、情報の多元性を損なうことになり大きな不利益だ。NHKか新聞かどちらかさえあればいいというものではないだろう。新聞協会の主張は、業界を守るために私たちが現在得られている情報を減らせと言っていることになる。なぜそんな横暴が通るのかと思うが、NHKは反論しない。

結局、新聞協会に押される形で「公共放送WG」の取りまとめでは、NHKの今後のネット展開は、災害や重大事件以外は番組に密接に関連する情報に限定するとなってしまった。

NHKが反論しないのも当然で、先述の井上副会長のプレゼンがそもそも「放送と同一の情報」と主張していた。NHKと新聞協会は対立しているようで結局、同じようなことを言っていただけだ。おそらくテキストニュース縮小を呑むことで、「NHKプラス」から受信料を取れるようにしたかっただけだろう。

露呈した放送至上主義が、NHKのネットでの居場所をなくす

NHK上層部は圧倒的な間違いをしでかした。「NHKプラス」だけで受信料を取るのは到底無理だからだ。テレビで日頃からNHKを見ている人にとっては便利だが、見てない人には価値がない。民放が展開するTVerは好きなタレントが出るドラマやバラエティが無料で見られるからユーザー数はぐんぐん伸びている。TVerだけでドラマを最終話まで見る若者も多いようだ。

だがNHKのコンテンツをお金を払ってスマホで見る若者はほとんどいないだろう。推しのタレントが出るドラマを見るためだけに払う人もいるかもしれないが、そのドラマが終わると解約する。Netflixなどサブスクサービスと同じ扱いになるだけだ。

若者にもNHKの重要性を認識してもらうわずかな可能性がテキストニュースにはあった。災害が増え、社会問題が深刻になってきたいま、きちんとしたニュースを最初は無料のテキストで読むことから、NHKと若者たちのエンゲージメントが生まれるかもしれない。NHKの現場の職員も、それを信じてネット展開も頑張ってきたはずだ。

そんな一縷の望みが今、消えようとしている。現場の中にはすっかりやる気をなくし、転職する人も増えてきていると聞く。

だが上層部は、放送を信じているのだろう。放送こそがNHKであり、放送で報道を伝えることが最上だから国民はついてくる、放送至上主義がいまだに彼らの心には居座り続けているのだと思われる。だからネットでも「放送と同一」で十分と考えている。脳みそがテレビの枠から出られていないのだ。

彼らの時代遅れのこだわりがテキストニュース縮小をもたらし、若い職員を失う事態を生んでいる。今の上層部では、NHKはネットの時代を乗り切れないだろう。

2月29日のYouTubeライブでは佐々木俊尚氏と共にこの問題の経緯を解説し、今後のNHKの在り方についても議論したい。

久々の新メディア酔談は、佐々木俊尚氏をゲストに「NHKテキストニュース問題を語る!

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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