債券という素ラーメンにオプションのトッピングをのせると
債券は素ラーメンのようなもので、トッピングに様々なオプションをのせることで、多彩な風味を楽しめます。例えば、コーラブル債にはネガティブコンベクシティという味があるのです。
債券価格と利回りの関係
債券の価格は利回りの関数であり、利回りは市中金利に連動して変動しますから、債券投資においては、利回り変動と債券価格変動との関係を把握することが決定的に重要です。簡単な方法として、横軸に利回り、縦軸に価格をとって作図し、目視で確認すれば、そこには、下に膨らみ単調に右肩に下がった曲線が見出されます。
右肩下がりになるのは、利回りが変動しても、債券の表面利率は不変なので、その差が償還時の差損益で調整されるために、利回りが上昇すれば、償還差益が発生するように、価格が下がり、利回りが低下すれば、償還差損が発生するように、価格が上がるからです。
修正デュレーションとコンベクシティ
利回りが微小に変化したとき、価格も微小に変化しますが、その変化幅は修正デュレーションと呼ばれます。債券には、別に、利金と償還金を回収するのに要する時間の指標として、デュレーションが定義されていますが、このデュレーションに簡単な操作を加えることで、利回り変化に対する価格変化幅が得られるので、この名で呼ばれるのです。
修正デュレーションは、利回りの関数なのであって、利回りが低くなるほど大きくなり、利回りが高くなるほど小さくなります。この修正デュレーションが変化する幅はコンベクシティと呼ばれますが、コンベクシティは、どの利回り水準においても、価格の上昇を加速させ、価格の低下を抑制するように、正の貢献をしています。この事実はポジティブコンベクシティと呼ばれます。
利回りと価格の関係を示す曲線が下に単調に膨らむのは、このポジティブコンベクシティの効果に基づきます。そもそも、曲線が下に単調に膨らんでいることは、下に凸であるといわれますが、英語のコンベクシティは凸であることを意味しているのです。
転換社債とオプション
債券は素ラーメンのようなもので、そこに、メンマ、チャーシュー、煮卵などのトッピングが乗せられて、ラーメンが多様化されるように、債券に様々なオプションが付加されて、特殊で多彩な債券が作られます。例えば、上場企業が社債を発行するのに際して、その社債に自社の株式のコールオプションを付すことで、転換社債ができるのです。
オプションは、選択という意味の英語ですが、金融の専門用語としては、予め約定された価格で、何らかの資産を選択的に売買できる権利のことです。この権利を行使できる価格はストライクプライス(strike price)、買う権利はコールオプション(call option)、売る権利はプットオプション(put option)と呼ばれ、取引の相手から権利を得ることは、ロング(long)にする、逆に、相手に権利を与えることは、ショート(short)にすると表現されます。
転換社債では、その保有者に対して、発行時に決められた株価によって、社債の額面相当の金額を発行体企業の株式に転換できる権利が付与されていて、株式への転換は株式を買うのと同じですから、理論的には、転換社債の保有者は、株式のコールオプション、即ち、既定のストライクプライスで株式を買う権利をロングにしているわけです。
オプションの価値
オプションの対象となる原資産の価格とストライクプライスとの差は、オプションのイントリンジックバリュー(intrinsic value)と呼ばれ、本質的価値や本源的価値などと訳されています。原資産価格とストライクプライスとを比較したとき、概ね一致していれば、オプションはアットザマネー(at the money)にあるといわれ、原資産価格が上回っていれば、インザマネー(in the money)、下回っていれば、アウトオブザマネー(out of the money)にあるといわれます。
オプションには、行使期限がありますが、原資産価格の変動に伴い、イントリンジックバリューは常に変動しているのですから、期限までの時間が長いほど、有利な行使機会の訪れる確率が高くなります。この時間に基づくオプションの価値がタイムバリュー(time value)です。オプションの価格はプレミアム(premium)と呼ばれますが、それはイントリンジックバリューとタイムバリューの合計になるわけです。
コーラブル債
さて、本題は、債券に金利関連のオプションを付加したときです。例えば、債券において、コーラブル(callable)とは、発行体がコールオプションをもつことで、発行体が債券を買うことは償還と同じですから、発行体が期前償還する権利をもつことを意味します。逆に、コーラブル債の保有者は、コールオプションをショートにしているわけです。
金利が低下すると、このオプションはインザマネーになります。なぜなら、発行体は、期前償還し、低金利のもとで借換えれば、利益を得るからです。逆に、債券の保有者は、価格上昇による利益を得るはずのところで、額面価額の100で償還されて、利益機会を逸します。
ネガティブコンベクシティ
転換社債のように、金利に関係のないオプションが付加されると、利回りと価格の関係を作図できなくなりますが、金利関係のオプションが付加されても、金利と利回りは完全に連動しているので、作図は可能です。そこで、コーラブル債について作図すると、金利が上昇すれば、価格は、普通の債券と同じように下落するものの、利回りが低下し、オプションがインザマネーになれば、価格は100を大きく超え得ずに横ばいになり、曲線は単調に下に凸ではなくなります。
横ばいになっている曲線は、極めて小さな修正デュレーションを指示しています。それは、オプションがインザマネーになった段階で、期前償還が現実化しており、実効的なデュレーションが一気に短くなったことの当然の結果です。
ポジティブコンベクシティのもとで、金利が低下すれば、修正デュレーションは大きくなって、価格上昇を加速させて、正の貢献をしますが、コーラブル債の場合、金利が低下すると、逆に、一気に修正デュレーションが小さくなり、価格上昇を抑制します。つまり、コンベクシティが負の貢献をするのです。この事態はネガティブコンベクシティと呼ばれていて、コールオプションをショートにすることの効果として、債券投資の特殊な領域を形成しています。
カバードコール戦略
オプションをショートにすれば、プレミアムを受け取ることができますから、コーラブル債の表面利率は、その分だけ高く設定されます。こうして、コーラブル債は、コールオプションがインザマネーにならない限り、有利であり、逆に、インザマネーになったときは、利益機会を逸するという特性をもつわけです。
コールオプションをショートにすると、インザマネーにならない限り、プレミアムが利益になりますが、インザマネーになったときは、高く買い戻すことになるので、プレミアム以上の損失が発生し得ます。しかし、コールオプションをショートにすると同時に、原資産を取得しておけば、原資産価格の上昇による利益機会を逸するだけで、純損失は発生しません。
このように、コールオプションをショートにし、同時に原資産を取得する投資戦略は、カバードコール(covered call)と呼ばれますが、コーラブル債は、債券のなかにカバードコール戦略を内包させたものにほかなりません。
モーゲージ債
多数の住宅ローンを一つの束にし、それを裏付け資産として発行される債券は、モーゲージ債(mortgage backed securities)と呼ばれ、米国には、その巨大な市場があります。この債券の最大の特色は、ローンの借り手が期前弁済をすると、その分、モーゲージ債も部分的に期前償還されることです。
故に、モーゲージ債はコーラブル債の一種ではありますが、普通のコーラブル債に比して、ネガティブコンベクシティの構造が極めて複雑になっていて、その解析は、債券の投資理論において、最も高度な領域を形成しているわけです。