CD時代と異なるコンテンツ輸出。“インディーズ音楽”の稼ぎ方に新時代が到来
インディーズ音楽の新時代が見えてきた
世界では定額制音楽ストリーミングサービスの利用が普及しますます一般化が進んでいます。
すでに米国では2017年にオンデマンド型音楽ストリーミングが市場全体の音楽消費の54%にまで成長し、初めて音楽消費の50%を超えるとニールセンが発表するほど、その勢いが顕著になりました。
そんな音楽ストリーミングからのコンテンツ消費は、大手レコード会社の仕組みに属さず、楽曲を制作し配信するインディーズレーベルにとってどのような影響を与えているのでしょうか?
世界各地のインディーズレーベルを代表する音楽業界団体「Merlin」(マーリン)は、テキサス州オースティンで開催されたカンファレンス「SXSW」において、SpotifyやApple Musicなど音楽ストリーミングサービスの普及によってインディーズ音楽の消費が全世界で拡大し、レーベルの海外展開が進み、収益拡大が実現しているという最新のデータを公開しました。
Merlinとは世界最大のインディーズレーベル向けデジタル権利エージェンシーで、2008年の設立以来、現在までBeggars GroupやDomino Records、Warp Records、Kobaltなど主要なレーベルを含む約800社がメンバーとして参加する、メジャーレーベル3社に次ぐ重要な団体となりました。
その主な役割は、世界53カ国2万以上のインディーズレーベルやディストリビューターの代表として、権利保護と収益拡大を世界規模で実現するため、アップルやグーグル、Spotifyなどストリーミングサービスやデジタルサービスとメジャーと同等のライセンス契約の交渉役としての機能を担っています。
Merlinがライセンスする音楽サービスの例です。
SpotifyやYouTube、Google Playなどグローバルサービスは当然含まれますが、KKBOXやAWAといった日本でも提供されるサービス、VKやSaavnなどローカルなサービス、DJのミックスやリミックスに特化したDubset、Vevoなど動画サービス、Musical.lyなどリップシンクアプリまで、多岐に渡るサービスへインディーズ音楽の配信を可能にしていることが最大の特徴です。
今年で設立10周年を迎えたMerlinはロンドン、ニューヨーク、アムステルダムに拠点を持ち、日本にも「マーリン」事務局を2016年に開設しています。
日本代表を務めているのは、元エイベックス・ミュージックパブリッシング代表取締役社長の谷口元さんです。
ラテンアメリカの急成長で売上5倍に
Merlinが挙げるインディーズ音楽急成長の理由は、「CD時代」にはアーティストやレーベルが参入できなかった新しい市場に、音楽ストリーミングというインフラが導入されたことによって音楽の消費が爆発的に増加していることを指摘します。
特にラテンアメリカ(中南米)の音楽市場の成長は、ここ数年で急増中で、Merlinが代表するレーベルがラテンアメリカから得る売上高は2015年からわずか3年で5倍増加、北米や英国含む欧州の音楽市場の成長率を超えるペースで急成長しています。
具体的な音楽市場を挙げてみます。例えば、ブラジルの音楽市場は、Merlinの市場別売上で世界6位。フランスやオーストラリア、カナダといった成熟した音楽市場よりも多くの売上を生み出しており、2018年には5位に浮上すると予想されています。またアルゼンチン、メキシコ、チリもMerlin市場トップ20入りを果たしました。
先日SpotifyがIPOに向けて提出した社内情報によれば、Spotifyもラテンアメリカの成長が、北米や欧州よりも速いペースで伸びていると説明していました。
2018年は売上高60億円超えを予想
こうしたラテンアメリカやアジアなど、世界規模で広がる音楽ストリーミングサービスとそれに伴うインディーズレーベルの楽曲再生は、どれほどの経済効果をクリエイターや権利保有者たちに還元しているのでしょうか?
Merlinは2018年に音楽ストリーミングだけでラテンアメリカからの売上を6000万ドル(約60億円)以上を超えると推定しています。2017年のラテンアメリカからの売上高は4000万ドル(約40億円)以上。わずか12ヶ月で20億円をMerlinと契約するインディーズレーベルは達成することが予想され、この収益源は今後数年でさらに拡大すると予想されます。
Merlinは2018年の全世界からの売上高を4億7000万ドル(約5000億円)と推測しています。これほどの収益化がインディーズレーベルは可能になるほど、音楽ストリーミングとの親和性と収益増加の可能性は高まっています。
またMerlinが代表するインディーズレーベルを対象にした最新調査によれば、42%のレーベルがデジタル音楽サービスからの収益の50%以上を自国以外の地域から生み出しているという結果が出ています。
MerlinのCEOを務めるチャールズ・カルダス(Charles Caldas)は、今回発表されたラテンアメリカやアジアにおけるインディーズレーベルの成長を次のように説明しています。
進化するインディーズレーベル・ビジネス
アーティストユニットMajor Lazer創設者でプロデューサー/DJのDiploが運営するインディーズレーベル「Mad Decent」も、近年のストリーミングの普及によってコンテンツの配信が売上に直結しやすくなったとウォール・ストリート・ジャーナルの記事で答えています。
「Mad Decent」のマネージャーのジャスパー・ゴギンズ(Jasper Goggins)によれば、「デジタルダウンロードがフィジカル(CD)を抜き始め、iTunesが多くの欧米市場以外の地域で開始された時も、売上は伸びなかった」と過去を振り返りつつ、「今では6ヶ月前と比較しても、売上トップの市場はプラットフォーム毎に多様化してきた」と語っています。
数年前、筆者はカナダのトロントで開催された音楽ビジネスカンファレンス「Canadian Music Week」でチャールズ・カルダスさんと初対面し、その際にレーベルが直面する課題と、成長の可能性について話を聞く機会がありました。カルダスさんは世界各地の音楽カンファレンスやビジネスカンファレンスに登壇し、インディーズレーベルとMerlinの活動やレーベルビジネスについてのトークを行っています。
話の中でカルダスさんは「”デジタル”というビジネスの分け方は既に古い」「世界の中心がストリーミングに移行することに早く気付く必要がある」「組織や体制、契約が重要になってくる」といった話をしてくださったことが印象に残っています。それから数年経った今、レーベルビジネスには大きな違いが現れていることは無視できない事実です。
過去のCDやダウンロード販売と比べて、音楽ストリーミングは成熟するまでの期間が短くなっていることが、こうした変化をもたらしました。例えば、CD販売を行う場合は、ローカルのディストリビューターとの契約や、ECサイトのシステム構築、決済システムの導入と、負荷が大きかったことがあります。
音楽ストリーミングの場合、アーティストやレーベルにとって重要なことは、SpotifyやApple Music、Google Play/YouTube、Deezerといったプラットフォームとのライセンス契約がカギを握ります。そして、プラットフォームとライセンス契約を交わすことで、今まで参入障壁の高かった地域や、海賊行為や違法ダウンロードなどで収益化に手こずってきた地域でも、配信と収益化を一元的に行えるようになったことはレーベルにとって大きなアドバンテージとなりました。
音楽ストリーミング中心の音楽ビジネスと呼ばれる近年、その影響がインディーズレーベルのビジネスにも大きな進化をもたらしています。今回のMerlinの発表は日本のレーベルや音楽業界が盛んに求めている「海外展開」のヒントが得られるアプローチの1つではないか、そんな予感がしています。
ソース
SXSW 2018: MERLIN TO REVEAL GLOBAL CONSUMPTION BOOM FOR INDEPENDENT RECORD LABELS (Merlin)
On-demand streaming now accounts for the majority of audio consumption, says Nielsen (TechCrunch)
Let Me Hear You Stream: Indies Rock Overseas Music Markets (WSJ)