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もうひとつのW杯CONIFA開幕 在日コリアン代表は西アルメニアとドロー。安英学監督インタビュー

木村元彦ジャーナリスト ノンフィクションライター
選手ヘッドコーチのユン・ソンイと指揮を執る安英学。撮影Sang Ho HO

5月31日、そこには、芝の上で久しぶりに躍動する背番号17がいた。中盤の底から、ボールを奪い、裁き、オフ・ザ・ボールのときも豊富な運動量を発揮する。CONIFA(独立サッカー連盟)が主催するワールドフットボールカップロンドン大会の開幕戦。在日コリアンの代表チームであるUKJ(ユナイテッド・コリアンズ・イン・ジャパン)対トルコ北東部のアルメニア人のチーム西アルメニアの試合である。UKJの監督兼選手を務める安英学(元横浜FC)は、現役引退後、約二年ぶりの公式戦であるにも関わらず、衰えぬ動きを見せた。

相手の西アルメニアは高さが有り、そして巧いチームだった。序盤、UKJはアジリティの効いた攻撃でゴールに迫ったが、徐々に跳ね返されると押し込まれ、一進一退の攻防が続いた。ボールを支配はするが、フィニッシュまで持っていけない。安は上下動を繰り返して、コーチングに声をからす。前半を0対0で折り返した。ハーフタイム、17番は監督として、相手がサイドバックとサイドハーフのギャップを狙っていることを指摘、マークの受け渡しに注意することを伝えた。サイドの変わった後半もまた同様の展開であった。互いに決め手を欠いて膠着が続く。しかし、これが狙いでもあった。トーナメントにとって大事な初戦はどうしても硬くなる。ましてや今春になってから召集した選手たちとは、一緒にトレーニングを積む時間も無く、お互いの特徴も掴みかねていた。そんな中ではまず守備の構築から入り、チームのベースを作っていくことが先決であった。リスクを冒さず、確認を進めながら、その上で結果も求める。安は65分でベンチに下がり、ヘッドコーチのユン・ソンイと采配に専念した。度々ゴールを脅かされるも身体を張ったDFのブロックと湘南ベルマーレで活躍していたキム・ヨンギのファインセーブで守り抜いた。ヨンギもまたCONIFAに向けて久々の二年ぶりの現役復帰であったが、ブランクを感じさせない動きを見せ続けた。やがてスコアレスドローを告げる終了のホイッスルが鳴った。

目の肥えたロンドンの市民からは「驚くほどレベルの高い試合だった」という投稿がツイッターでなされた。

試合後、安にまずは現役を復帰した選手としての感想を聞いた。

「ピッチ上での視野が多少狭くなっていましたね。もう少しボールも持てたと思うんです。でも考えていたよりも出来ました。90分出場したかったのですが、後半の交代は自分から申し出ました。体力的な問題は、前日の長時間に渡るフライトによるもので心配はしていません。西アルメニアは想像以上に強かったですね。ヨーロッパのチームらしくインテンシティ、球際も激しく来ていて、タフな試合でした」 アルビレックス新潟時代からのサポーターも今回、応援に駆けつけていたが、「長く見続けて来た者としても遜色の無い動き」という感想を持っていた。続いて監督としての試合の感想を吐露してもらった。「初戦は抑えて手堅くいこうと思っていました。選手にも話していたんですが、大会初日のここからが実質的にチームのスタートなんで、上手くいかなくて当たり前。ここから連携を高めて決勝に照準を合わせて行こうと。かと言って絶対に初戦は落としたくない。先発はだから、経験の豊かなベテランを並べました」

 中でも全幅の信頼を置いてキャプテンに指名したのが、現在香港のプロリーグでプレーするソン・ミンチョルである。京都朝鮮高校が高校選手権に出場したときのメンバーであるミンチョルは、海外でのプレー経験も豊富であった。「インド、タイ、香港でプレーして来たミンチョルなら、国際大会でも動じないだろうと思ったんですね。彼はコミュニケーション能力も高い。実際、思った以上のプレーと統率をしてくれました」

 UKJはこれから、6月2日にカビリア(アルジェリア北部のベルベル人のチーム)、3日にパンジャブ(インド北西部からパキスタンにまたがる地域に居住するパンジャブ人のチーム)とグループリーグでの連戦が続くが、先を見据えている。「選手が18人しかいないので、連携と選手起用がポイントだと思います。負荷を分散させて乗り切りたいです」

 選手、そして監督としての質問を投げたが、今回、安はそれ以上の役回りを兼務している。UKJのスポンサーになってくれる企業への営業、自らが声を発信しての広報、ユニフォームやジャージ管理のホペイロ、更にはエンブレムのデザイン監修まで行っている。

 デザイナーのホ・サンホと打ち合わせを繰り返し、三度の試作で完成したのが、朝鮮民族の象徴である虎に翼を与え、造形を38度線の無い朝鮮半島に類似させたもの。虎の足元のボールは済州島を表している。安らしいのは、在日としてそこに日本の要素も入れたいと考えたことである。思考の末、エンブレムの枠の色を鮮やかなジャパンブルーにしている。

 「デザイナーのホさんは洗練されたものを考えておられましたが、僕は在日を象徴するにあたって力強さ、無骨さを表したかったんです。日本の要素はやはり、自分も育ててもらったJリーグや日本人のサポ-ターの方に対する感謝の気持ちもあってぜひ入れたかった」

 このエンブレムが好評で、開会式会場ではデザインにほれ込んでUKJのシャツを購入するイギリス人男性が現れた。安はサンホを引き合わせた。 

 チベット代表を先頭に入場した開会式では、UKJは統一旗を前に「ワンコリア」をチーム全員で叫び、在英メディアも高い関心を持って取材していた。

 W杯とCONIFAの両方に出場している安にはサッカーの母国の記者たちからのインタビュー依頼が引きも切らない。英国国営放送BBC,サッカー専門誌4-4-2などのレポーターを前にその都度、安は答える。

「確かにW杯に比べてCONIFAはレベルや規模では、差がありますが、僕にとっては意義は同じ位大切だと思っています。在日コリアンというアインデンティティはまさに本当の境遇、出自そのものですから、モチベーションも大きい。CONIFAの大会に来て本当に良かったです。来なければ分からなかったことがたくさんありました。世界にはいろんな民族がいるんですね。我々のような境遇の人もいるし、もっと厳しい状況の中で自分たちの文化を守っている人もいる。 サッカーで言えば、さすがロンドンで開会式前のチャリティマッチでも真剣そのもの。笑ってプレーしている選手がひとりもいない。本当に今、やりがいがありますね。燃えています」

ジャーナリスト ノンフィクションライター

中央大学卒。代表作にサッカーと民族問題を巧みに織り交ぜたユーゴサッカー三部作。『誇り』、『悪者見参』、『オシムの言葉』。オシムの言葉は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞、40万部のベストセラーとなった。他に『蹴る群れ』、『争うは本意ならねど』『徳は孤ならず』『橋を架ける者たち』など。

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