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米中軍事ハイレベル会談――習近平訪米のための赤絨毯 

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中央軍事委員会の範長龍副主席は11日、カーター米国防長官と会談した。周永康判決の公開およびチャイナ・セブンのナンバー3とプーチン大統領との会談という流れでの今般の会談。すべては習近平訪米のための赤絨毯だ。

◆中国での報道

6月11日の米中軍事ハイレベル会談に関して、中国の中央テレビ局CCTVは、12日に特集番組を組み、範長龍・中央軍事委員会副主席がカーター国務長官に対して、いかに力強く中国の領土主権に関する立場を主張したかを何度も放映した。

番組は「アメリカは南シナ海問題の当事国ではない」とした上で、範副主席の言葉を引用した。それによれば、範副主席は次のように述べたという。

――アメリカは南シナ海問題に関してどちらの側にも立たない中立的な立場を保ち、南シナ海領域の海上・空中における軍事活動を減らすべきで、地域の平和と安定を保つよう求める。「相互信頼、協力、衝突せず、持続可能」という新型の軍事関係を米中間に打ち建てるべきだ。南沙諸島は古くからの中国の領土領海であり、自国の領土の上で何をしようと、他国からいわれのない非難を受けることは遺憾だ。アメリカは南シナ海問題の当事者でなく、米中関係において南シナ海問題は一つのエピソードに過ぎない。双方が大所高所に立って共に努力し、より一層緊密な交流を行い、戦略的な信頼関係を増進し、実務的協力を着実に強め、危機とリスクの管理を効果的に行うべきだ。

CCTVの特別番組「メディアの焦点」では、レーガン大統領特別補佐官を務めていたダグ・バンドー氏をインタビューし、ダグ・バンドー氏が以下のように述べたことを、実際の音声と画面で報道した。

――アメリカは領土問題に関しては慎重に対処すべきで、特定の立場に立ってはいけない。南シナ海問題に関してアメリカはそもそも部外者であり、特にアメリカの軍とはいかなる関係もないのだから、口を出すべきでないし、ましていわんや、軍は介入すべきではない。先般、アメリカの最新鋭の艦船を使ったり、空からの偵察をしたりして中国を刺激したが、このように中国を挑発すべきではない。ある一方の軍が何か軍事的行動を取れば、必ず他の一方がそれに応酬することになるので、一触即発の事態を招きかねず、地域の安定に不利となる。日本やフィリピンも、アメリカとともに地域の温度を下げる方向で行動すべきだ。

またCCTVは諸外国のメディアの報道という形を取り「9月に予定されている習近平国家主席の訪米のために、少しだけ米中間の温度を下げようとしている」という「中国の意向」があることを伝えている。

アメリカが譲歩しないのなら、「なんなら、訪米をやめましょうか」と言わんばかりの印象を観る者に与えた。

◆国連の海洋法条約締約国会議

CCTVは続けて、12日にニューヨークで閉幕した国連海洋法条約の第25回締約国会議における、フィリピンと中国のやりとりを、力強く報道した。

フィリピンが南沙諸島の埋め立てなどに関して「中国」と名指しせずに「領有権を侵害し環境を破壊している」と激しく非難したのに対して、中国の締約国代表団の王民団長は、これもまた声高に強く反発し、おおむね以下のように述べた(概略)。CCTVはダグ・バンドー氏のときと同じように、音声と画像を流しながら報道した。

――中国が行なっている埋め立ては中国の領土内で行っていることで、完全に中国主権の範囲内のことだ。航行に関しては関係周辺国に便宜を提供しているだけで、厳格な環境基準のもとで行っており、生態環境を破壊することなどあり得ない。

どうやら特定の国がこの締約国大会でわざと南シナ海問題を大げさに取り上げ国際社会を騙し、中国に圧力をかけようとしているようだが、私はその国に告げたい。あなたたちは計算違いをしている! 中国が国家主権を守ろうという意思が巌(いわお)のように固いことを思い知るべきだ! たとえ締約国大会であろうと、また国連会議であろうと、あなたたちが1千回、1万回言おうとも、永遠にあなたたちの思うようにはならないことを、肝に銘じるべきだ!

王民団長の顔には、勢いあまってか、不敵な笑みが浮かんでいるように筆者には見えた。それはおそらく「算盤(そろばん)をはじくのをまちがえている!」という、日常会話で使うような中国語を用いて「あなたたちは計算違いをしている」という意味を表現したのと、そのあとに「帳簿が合わなくなる!」という、これも日常会話で口論するときに使う中国語を勇ましく使ってしまったことも影響しているかもしれない。

しかし何より「1千回だろうと、1万回だろうと」という、まさに喧嘩口調の言葉を用いて、激情を吐露した自分に対する、ある種の「冷笑」だったのではないかと思われる。

ともかく、中国は引かない!

中国は絶対に譲歩しないことを、われわれは頭に入れておいた方がいい。

ない、王民が「締約国大会だろうと、国連会議だろうと」と、わざわざ言ったのは、アメリカが、実はこの国連海洋法条約締約国に加盟してないからである。

◆習近平国家主席訪米のための赤絨毯(じゅうたん)

いずれにしても、すべては習近平国家主席が訪米するための地ならしなのである。今のままではオバマ大統領と顔を合わした時に、双方はどんな表情をすればいいだろうか。

いかに演技が達者でも、AIIB(アジアインフラ投資銀行)、アメリカの海と空からの偵察、シャングリラ会議における中国への批判、そしてG7における南シナ海問題に関する西側諸国への「仲間」としての呼びかけ。オバマ大統領自身が6月1日には名指しで中国を批難している。そしてアメリカの証券取引委員会によるJPモルガンと王岐山・中央紀律検査委員会書記との間の不正取引に関する疑い……。

もう、喧嘩が始まってもおかしくないような米中の状況だ。

6月12日付の本コラム「周永康判決、なぜこのタイミング?――背景にアメリカ」でも書いたように、中国はそのために、このタイミングでの周永康判決公開や張徳江(チャイナ・セブンの党内序列ナンバー3)とロシアのプーチン大統領との親密な会談などを、これ見よがしに報道してきた。

本日ご紹介した今般の米中軍事ハイレベル会談や国連海洋法条約締約国大会も、早くから日程が決まっていたものではある。むしろそれに合わせて周永康判決公開と中露会談があったと言った方が正しいかもしれない。

それでもなお、これら一連の動きと、その会談や会議における発言内容などはすべて、習近平訪中への赤絨毯を敷くことができるか否かの試金石なのである。中国は常に、こういう手を打ち、戦略を練っていることに注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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