イラン情勢緊迫化でも、上がらない原油価格
イランを巡る情勢が急速に悪化している。直接的なきっかけになったのは、昨年5月にトランプ米大統領が「核合意」からの離脱を表明したことだ。オバマ前政権のレガシー(政治的遺産)潰しに躍起となるトランプ大統領は、イラン産原油の禁輸措置を筆頭とした経済制裁によって、オバマ前政権よりも良い条件でイランの核・ミサイル問題での合意を望んでいる。しかし、イランは対抗措置として核合意で制限された範囲を超えるウラン濃縮活動を再開しており、地域の緊張感が急激に高まっている。
ペルシャ湾から外洋に出るために通過する必要があるホルムズ海峡では、石油タンカーに対する攻撃が相次いでおり、これについても米国はイランの犯行との見方を強めている。今月11日には、ペルシャ湾を航行中のイギリスの石油タンカーがイラン船舶に運航を妨害されそうになったと英国防省が発表するなど、中東からの原油供給環境を巡る不確実性が急激に高まっている。
一般的に、国際原油市場はニュースのヘッドラインに「ホルムズ海峡(The Strait of Hormuz)」の文字がみられると、強い警戒感を示す傾向にある。世界の石油消費量は2018年実績で日量9,990万バレル、海上貿易量は17年実績で6,250万バレルとなっているが、18年は2,070万バレルの石油がこのホルムズ海峡を通過して世界各地に出荷されているためだ。ホルムズ海峡の石油タンカーの運航に危機感が強まると、原油価格に対しては供給リスクのプレミアムが加算される傾向にある。
しかし今年の原油市場においては、イラン情勢の悪化で原油相場が急伸するような動きは観測されていない。国際指標となるNYMEX原油先物相場の場合だと、4月23日の1バレル=66.60ドルが今年の最高値であり、6月5日には一時50.60ドルまで下落し、足元でも辛うじて60ドル水準の値位置を維持する展開に留まっている。
こうした原油価格伸び悩みの背景の一つには、現実の供給障害が発生していないことがある。一時期はトランプ大統領がイランに対する武力攻撃にゴーサインを出すなど緊張感が高まっていたが、現時点ではホルムズ海峡経由の原油輸送に大きな問題が生じている訳ではない。海運保険料の上昇といったコスト上昇圧力は発生しているが、中東からの原油供給フローに大きな変化が生じている訳ではない。
そしてより重要なのは、国際原油需給が急速に緩んでいることがある。例えば、国際エネルギー機関(IEA)は7月12日に発表した最新の月報において、来年1~3月期に向けて世界の石油需要が急増するリスクを警告している。従来だと、米国がイランとベネズエラに対して同時に強力な経済制裁を科す中、原油供給不足のリスクが警戒されていた。実際に4月時点では、産油国の間でも石油輸出国機構(OPEC)などが実施している協調減産政策の必要性を疑問視するような声が目立っていた。
しかし、5月以降に世界経済の減速懸念が急速に高まる中、OPECやロシアなどは6月末で期限切れを迎えた協調減産政策を来年3月まで延長することで合意するなど、改めて供給過剰化阻止の有事対応に傾斜している。需要見通しの急激な悪化を受けて、供給過剰リスクが急激に高まった影響である。ただ、IEAは協調減産延長だけでは不十分だったとみており、政策調整(=減産引き上げ)のチャンスを有効に活用しなかったことに危機感を示している。
既に世界石油需要の伸びは、米国のシェールオイル増産だけでもカバーできる状態になりつつあるが、その石油需要の伸びが更に下振れするリスクが高まっているのが現状である。「地政学リスクの高まりによる原油価格の押し上げ圧力」を「弱気の需給環境・見通しによる原油価格の押し下げ圧力」が相殺する中、イラン情勢の緊迫化でも原油価格は上がりづらい状況になっている。