東京五輪で英女子サッカーチームが人種差別撤廃を求める「ブラック・ライブズ・マター」のひざまずきを実施
オリンピック憲章規則50条とは
[ロンドン発]英イングランドサッカー協会(FA)は15日、チームGB(英五輪代表)の女子サッカーチームが試合のキックオフ前にフィールドにひざまずく方針を確認しました。いかなる政治的・宗教的・民族的デモンストレーションも禁止した「オリンピック憲章規則50条(ルール50)」に抵触しないと国際オリンピック委員会(IOC)が認めたそうです。
1968年のメキシコ五輪では、男子200メートルで金メダルを獲得したアメリカのトミー・スミス選手と銅メダルのジョン・カーロス選手が表彰台で「ブラックパワー」を示すポーズをとり、厳しい批判にさらされたことがあります。
チームGB女子サッカーのヘゲ・リーセ監督(元ノルウェー女子代表)は「ひざまずくことは、社会における差別・不公正・不平等に対する平和的な抗議の重要な象徴であることは明らかだ。IOCがこの表現の重要性を認めたことをうれしく思う。オリンピック運動の中心にある理念を十分に考慮して、選手、役員、IOCに最大限の敬意を払ってこれを行う」と話しました。
サッカーではイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つに分かれるイギリスですが、五輪・パラリンピックではチームGBとして団結し、英国旗ユニオン・ジャックを背負って戦います。チームGBの動きが東京五輪・パラリンピックでどこまで広がるか注目されるところです。
昨年5月、米白人警官による黒人男性暴行死事件で改めて火がついた人種差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」に合わせて、サッカーのイングランド・プレミアリーグでもキックオフの前にひざまずいて連帯の意思を表明するようになりました。
欧州でもサルの鳴き声を真似たり、バナナの皮を投げ込んだりするなど、黒人選手に対する根強い差別と偏見が根強く残っています。
「ブラック・ライブズ・マター」は政治運動か
イングランド・プレミアリーグは「黒人を他の人と異なる方法で扱うことは容認できないというメッセージを送るのが目的で、政治運動を支持するものではない」とBLM運動に入り込んだ過激な政治的主張とは一線を画しました。
BLM運動は、単なる人種差別撤廃運動にとどまらず、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを支持する反イスラエルの動きと、アングロ・サクソンに源流を持つアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアの過去の植民地支配や開拓者の入植に対する贖罪を求めたりする運動と一部で重なっています。
このためイスラエル寄りの英保守党の政治家からBLM連動と連動したFAやプレミアリーグのひざまずき行為への批判が寄せられてきました。
プリティ・パテル英内相はUEFA欧州選手権(EURO2020、コロナ危機のため1年延期して開催)初戦でひざまずいたイングランドの選手たちをブーイングしたサポーターについて尋ねられ「率直に言って、それは彼らにとっての選択だ」との意見を保守系メディアに対して述べました。
その一方で、選手たちやBLM運動について「政治的なジェスチャーに参加する人を私は支持しない。BLMの抗議運動は警察に大きな打撃を与えた」と批判ともとれる発言をしています。
PKを外し、人種差別的な攻撃にさらされた3選手
しかしEURO2020で黒人選手への差別や偏見が一掃されていないことが浮き彫りになりました。1966年の FIFAワールドカップ・イングランド大会で初優勝して以来、主要大会で決勝に進出したことがないイングランドが決勝まで勝ち残り、33戦無敗を誇るイタリアと対戦しました。
イングランドは前半2分、目のさめるような先制点を決めたものの、次第にイタリアにボールを支配されるようになり、後半22分に同点ゴールを決められました。延長戦でも決着はつかず、PK戦でイングランドのマーカス・ラッシュフォード、ジェイドン・サンチョ、ブカヨ・サカの3選手が連続で外し、悲願のEURO初優勝はなりませんでした。
敗因はPKを外した3選手の「肌の色」ではなく、先制点を取ってから守勢に回ってしまったガレス・サウスゲート監督の采配ミスにあるのは明らかです。3選手とも若いうえ、ラッシュフォード選手(出場時間84分、チーム内で18位)とサンチョ選手(97分、16位)は今大会で出場機会に恵まれず、相当プレッシャーがかかっていたはずです。
しかし一部のサポーターのフラストレーションは3選手にぶつけられ、SNS上で人種差別的な攻撃が吹き荒れました。サカ選手はツイッターで「SNSのプラットフォーム企業には、私たちが受け取った嫌悪と悪意に満ちたメッセージが子供や大人に送られることがないよう取り組んでほしい」と訴えました。
サカ選手のインスタグラムにはオランウータンの絵文字が使用されました。いかなる差別も嫌悪もサッカーだけでなく、社会にはびこることを許していいわけがありません。インスタグラム責任者アダム・モセリ氏は「インスタグラムで人種差別的な絵文字やあらゆる種類の悪意のある表現を送信することは絶対に許されない」とツイートしました。
ラッシュフォード選手のホームタウンにある壁画は落書きされました。ラッシュフォード選手はコロナ危機で夏休みも貧困家庭の子供たちに無償給食の支援を続けるよう訴え、エリザベス女王から大英帝国勲章が贈られました。壁画は作者によってすぐに修復され、ラッシュフォード選手への支持と人種差別の撤廃を訴えるため何百人も壁画の前に集まりました。
英政府はネット上の人種差別的な荒らしを取り締まる方針
ボリス・ジョンソン英首相は「選手に向けられた虐待に愕然とした」とSNSのプラットフォーム企業に対してネット上の差別や虐待への取り組みを強化するよう求めました。
フーリガンの悪名を世界中に轟かせたイギリスではサッカーに関連した粗暴行為で有罪判決を受けた人物について最大10年間、競技場への出入りを禁止することができます。この規定をネット上での差別や虐待にも拡大して適用する方針です。
すでに、ネット上にこうした卑劣な書き込みが存在する場合、プラットフォーム企業に対応を迫る法律を導入し、義務を怠った場合、多額の罰金を科せるようにしようとしています。企業には人種差別的な荒らしに関するデータを警察に提供するよう求めています。
人種や宗教への差別や偏見の撤廃を訴えて、多くのスポーツ選手が行動を起こすようになりました。
人種差別に抗議してスポーツ選手がひざまずくようになったのはアメリカンフットボールのコリン・キャパニック選手がきっかけです。2016年、黒人に対する警察の暴力に抗議して、試合前の国歌斉唱中に起立を拒否してひざまずき、論争を巻き起こしました。黒人を抑圧する国の旗に誇りを示すのが耐えられないというのが理由でした。
(おわり)