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背景に中国国内における江沢民告訴――中国で入国拒否されたミス・カナダ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国に入国拒否され、香港で記者会見を開くミス・ワールドのカナダ代表リンさん(写真:ロイター/アフロ)

中国海南島で開かれたミス・ワールド世界大会に出場しようとしたカナダ代表リンさんが入国を拒否された。その背景には今年5月に改正された行政訴訟法と、それに基づいて中国国内で告訴された江沢民の問題がある。

◆入国拒否されたミス・カナダのアナスタシア・リン

中国系カナダ人のアナスタシア・リンさんは、12月19日に中国の海南島三亜市で開催されるミス・ワールド世界大会に参加するため中国に入国しようとした。ところが駐カナダの中国大使館はリンさんのビザを発給することを拒否した。そこで香港経由で中国入国を試みるため中国政府の特別行政区で入国要件が異なる香港に行った。それでも中国大陸への入国は拒否されてしまった。

理由は、彼女が中国における人権問題に関して活動しているからだ。

中国出身のリンさんは13歳のとき、父親と離婚した母親とともにカナダへ移住。トロント大学で演劇を学び、在学中から中国の人権問題をあつかう映画やテレビ番組に出演してきた。カナダ映画『最前線(原題:The Bleeding Edge)』で、リンさんは収監される法輪功学習者を演じている。今年7月には米議会の公聴会で、法輪功学習者に対する中国政府による迫害や臓器狩りの実態について証言したこともある。

そこで彼女は香港で記者会見を開催し、「拷問で大半の歯を失った人権弁護士・高智晟氏が歯医者にさえいけないのはなぜか。臓器移植ドナーと死刑執行の数を合わせても数万件の移植手術件数に満たないのはなぜか。自国民に検閲のない情報を見ることを許さないのはなぜか。中国政府に聞きたい」(「大紀元」)など、中国の人権問題と言論弾圧に関心を向けるように訴えた。

◆法輪功学習者による江沢民告訴と新「行政訴訟法」

昨年11月1日、第12回全国人民代表大会常務委員会第11次会議で決議された「中華人民共和国行政訴訟法の修改正」は、今年5月1日から「新行政訴訟法」として施行されている。

これまでの訴訟法では、多くの人民からの訴えを訴訟として受理することが少なく、もっぱら「上訪」(サン・ファン)という陳情者の受付箱や受付窓口で処理することが多かった。処理すると言っても、陳情書を受け取るだけ受け取ってゴミ箱に捨てるか、陳情を聞くだけ聞いて無視する、あるいは追い払うという情況がほとんどだ。最近はインターネットを通して「上訪」ボックスに投稿するケースも見られる。特に法輪功学習者が訴えた場合は、それを受理しないどころか、必ず逮捕され、拷問や生きたままの(第三者への移植のための)臓器摘出などにより死に至る者が多かった。

しかし、習近平政権は反腐敗運動を展開するに当たり、「依法治国」(法によって国を治める)を政権スローガンの一つにしている。中国政府に対する暴動やデモは、大小合わせると年間18万件に上ると清華大学の教授は計算して出しているくらいだ。これを放置すれば、反政府暴動が本格化するのは時間の問題だろう。特に悪化する一方の大気汚染は、貧富の別なく、すべての中国人民を「息ができない」現状に追い込み、環境汚染をここまで放置して利益ばかりを追及してきた党幹部への不満は限界に達している。

そこで暴動やデモへと走らずに、「法に訴える」手段を、すべての人民に与えるという決定をして「新行政訴訟法」を発布したのである。

同法の第3条には、「人民法院は、公民、法人およびその他の組織が起訴する権利を保障すべきで、法により受理すべき行政案件を受理しなければならない」とある。中国語では「有案必立、有訴必理」と称する。

また司法解釈では「基礎条件を満たす場合、全ての訴訟申し立てを受理しなければならない。その場で受理可能か否かを判断できない場合は、訴状を受け取ったあと7日以内に回答しなければならない」としている。

この瞬間、歓喜の声が人民の間に走った。一気に40万件の訴訟案件が人民法院に集まり、今年5月だけで受理数の増加率は221%に上っている。

中でも最も俊敏にして顕著な動きを見せたのは法輪功学習者たちだ。

江沢民元国家主席により1999年6月10日から激しい迫害を受けてきた法輪功学習者たちは、中国全土で競って江沢民を告訴する運動を起こし、いま現在、法輪功学習者の直接の被害者が原告となって中国の最高人民検察院(最高検察庁)や最高人民法院(最高裁判所)に告訴した原告の数は中国国内で20万人に達しているという。また被害者に同情して署名活動をし告発状を最高人民検察院や最高人民法院に送った数は、それぞれ38万8千人分(最高人民検察院)および32万2千人分(最高人民法院)となっているとのこと。このデータは配達証明などにより確認された数字であることを、筆者は直接、法輪功関係者から聞き取った。かれらによれば、さらに国外からの原告の人数も合わせれば、百万人に達しているという。

中国の司法当局は、この江沢民告訴や告発に関して、7日以内に「受理せず」という通達を出していない。

新「行政訴訟法」によれば、受理しないためのよほど正当な理由がない限り、受理しなかった責任者は責任を問われることになっているからだ。

すでに牢獄にいる薄熙来や周永康らは、この法輪功迫害に関して協力した見返りに江沢民から多くの恩恵を受けて出世した連中だ(薄熙来と法輪功の関係に関しては『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』に、周永康と法輪功の関係に関しては『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』に詳述した)。

法輪功学習者らの行動は、習近平政権にとって、ある意味、腐敗の頂点に立つ江沢民に一定の圧力を掛ける効果を持つ。一方では今年11月1日から施行されている「中華人民共和国刑法修正案」では、法輪功に対する処罰を、改正前よりも厳しくしている。

つまり習近平政権にとっては、中国政府に対する国内のさまざまな不満要素のはけ口は創ってやり、法輪功学習者の告訴により江沢民を結果的に窮地に追いやりはするが、かと言って、「精神的な力」を持ち得る法輪功が幅を利かせては困るので、あくまでも邪教として徹底的に取り締るということなのである。

カナダのアナスタシア・リンさんの入国拒否は、この線上にあったと言っていいだろう。

◆江沢民を「生かさず、殺さず」

なんと言っても江沢民は神聖なる中国共産党の「党章(党規約)」に名前が載っている元中国共産党中央委員会総書記であり元中央軍事委員会主席であり、元国家主席だ。そのような人物を逮捕などしたら、中国共産党の権威に傷がつく。一党支配体制の正当性にも動揺をもたらす。

おまけに習近平が現在の地位を獲得できたのは、ひとえに江沢民とその大番頭だった曽慶紅のお蔭だ。

こうした諸々の原因があり、習近平国家主席としては、決して「江沢民逮捕」などという事態には持っていけない。

おまけに江沢民の腹心は曽慶紅以外すべて投獄されているので、江沢民には彼のために動いてくれる部下がすでにいない。

だから、このまま放っておけばいいのだが、まだ江沢民の息子・江綿恒が綱渡りをしながら生きている。その孫も、チャイナ・セブン(習近平政権の中共中央政治局常務委員7人)の党内序列ナンバー5の劉雲山の息子と結託しながら、まだ「商売」に励んでいる。

油断はできない。

そこで江沢民を「生かさず、殺さず」の状態に置きながら、プレッシャーも与えつつ、かつ法輪功が活躍する余地はもぎ取っておくというのが、習近平の魂胆だ。法輪功は何よりも「精神的力」で横につながっている。中国政府にとって、これほど好ましくない存在はない。金で心を買うことはできても、尊厳は買えないからだ。

筆者は法輪功の運動に関しては全くの中立だ。

しかしかつて法輪功学習者が増えたのは、中国の医療制度が充実していないために、健康を保つ目的で気功を始めたのが原因だったことは確かだとみなしている。改革開放により、それまで国家によって守られていた「揺りかごから墓場まで」の生涯保障制度は崩れ、その一方で近代国家としての医療制度の充実も進まない時期が長く続いた。気功を通して健康を保とうという動きはまたたく間に中国全土に広がった。中南海の中にも学習者がいた。問題は、気功の修練の中には「精神の安定」や「自由な精神の拠り所」を求めるという出発点があるということだ。これは中国共産党が「信仰」として強要している社会主義の核心的価値観と相いれないという要素を持っているだけでなく、「精神的に横につながると反政府運動になる危険性を持っている」という警戒心から弾圧を始めたという事実は認識しておいた方がいいだろう。

(その中には法輪功に同情的だった当時の朱鎔基首相に対する江沢民の激しい嫉妬という「中南海内の闘い」も含まれているが、話が長くなるので、ここでは省く。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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