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マネジャーは「わからなかったら遠慮なく聞いて」と言っておけば、人材育成責任を果たしているわけではない

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「いつでも困ったら聞いてね!」「はい、ありがとうございます!」(提供:ankomando/イメージマート)

■育成は「やらせる」か「教える」か

言うまでもないことですが、上司という役割の中には、一般的には部下を育てることが含まれています(「業務遂行」や「目標達成」しか期待されていない上司もいるかもしれませんが)。育成の仕方には、仕事をアサインしてまずはやらせてみるというものもあれば、最初から事細かに教えるというものもあります。

時間に余裕があったり、失敗してもリカバリーの効く仕事だったり、リスクを背負ってでも自分だけで一度やってみることでしか獲得できない能力(判断力など)の育成だったりすれば、「教えない」で「やらせてみる」ということもあるでしょう。

■時間がないから「教える」しかない

しかし、この現代の「働き方改革」&「グローバル大競争時代」において、そんなのんびりした育成が許されるケースはなかなかないでしょう。

本当は部下に試行錯誤をさせてあげたくても、そんな時間はなく、効率的にすぐに成果を出してもらわないといけないので、最初からきちんと「教える」ことが多くなっているのではないでしょうか。

育成の効果としては、「教える」=「言語的教示」だけよりも、山本五十六のように「やってみせ」から始めて、それから「教える(言って聞かせて)」を挟んで、その後に「させてみて」という流れがよいでしょう。しかし、時間がないのだから仕方がありません。

■教える人に必要な能力、「言葉にする力」の難しさ

言い換えれば、これからは以前よりも「言葉を用いて説明する力」が育成能力に大きな影響を与えるということかもしれません。ところが「言葉だけで」という制約条件つきで人に何かを教えないといけないのはなかなか難しいことです。

説明したいことを示す的確な言葉を使える語彙力を身につけないといけないのはもちろんのこと、野中郁次郎先生のSECIモデル的に言えば「暗黙知の形式知化」をしなければならないからです。

プロは自分がプロである理由をうまく説明できません。なぜなら、多くのことを無意識に(暗黙的に)やっているからです。日本語ネイティブの私たちは日本語の文法は意識していませんが、すらすらと話ができるということと似ています。

■「上司」は軒並み「言葉にする力」が弱い理由

今、上司という役割になっている人は、評価をされ昇進をしてここまで来たわけですから、過去にはその担当業務においてスーパープレーヤー=プロであった人が多いことでしょう。しかし、だからこそ「名選手必ずしも名監督ならず」の言葉どおり、教えることが上手い人はなかなかいません。

例えば、アンケート調査を作成するとして、その質問項目をどんな手順で作っていくのか、自分はサラっとできたとしても、説明できる人は多くはありません。なぜ、その質問文にしたのか、その質問数でよいのか、領域は必要十分なのか、記述式なのか選択式なのか、選択肢の数や記述枠の大きさはそれでいいのか、等々、決定しなくてはいけないことは山ほどありますが、答えることができる人はどれだけいるでしょうか。

■多くの上司が「言っていること」と「やっていること」が違う

それで、結果として、部下の皆さんがいつも嘆いているように、世の中の上司は「言っていること」と「やっていること」が違うわけです。

「上司が言った通りにやったのに、うまくいかなかった」「むしろ、なんでこんなことしたんだと怒られた」「もっとこうすればいいじゃないかと言われたが、最初はそんなこと言っていなかった」というのは愚痴の定番です。

しかし、そういうことが起こるのは部下の多くの人が思う理由ではありません。上司に悪気があるわけではなく、単に「言葉にできない」のです。「言っている」側は、自分は実際にそう「やっている」と思っているのです。自己認知が不足しているのです。

■「言葉にできる」ようになるには言葉にするしかない

そんな言行不一致な上司にならないためにはどうすればよいでしょうか。それは部下に仕事を教える際に、できるだけ具体的に詳細にやるべきことを言葉にすることを繰り返すしかありません。

本当はある程度手順にできるにもかかわらず、「ここらへんは感覚でいいから」とか言葉にする努力を放棄してしまったり、「こんな感じにしてほしい」とゴールだけ示して、どのようにアプローチするのかを教えなかったりするようなことをしていれば、いつまでたっても言語化能力は高まりません。

しかも、その「ざっくりの指示」が合っていればまだしも、間違った方向性の指示であれば、部下はたまったものではないでしょう。

■その場でわかるまで教えましょう

ですから、これからの時代、上司は部下にモノを教えるときには、もったいぶらずに最初から全部の工程や手順を細かく教えてあげるほうがよいのではないかと思います。

ざっくり教えて「わからなかったら聞いて」が通用しなくなっているのです。部下がやってみてわからなかったら聞いてこい、ではなく、細かく説明して、やる前に具体的にどうすればいいかイメージできなかったら、その場でわかるまで作業をさらに細かく説明していくというふうでなければなりません。

面倒くさいと思うかもしれませんが、一度言葉にすれば残りますので、他の人に教えるのにも使えますし、言葉にしていく過程で自分の言行不一致に気づくかもしれません。そう考えれば、言葉にする作業に時間を使うのは、部下にとってはもちろん、上司自身にとっても、けして無駄ではないはずです。

OCEANSにて若手のマネジメントに関する連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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