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新型コロナにかからないための五カ条 免疫学の大家がお教えします

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルスのイメージ(C)米CDC

「スーパースプレッダーは無症候性感染者の可能性が高い」

[ロンドン発]中国に続いて欧州で新型コロナウイルスの感染が気付かないうちに市中に広がり、突然爆発的に患者が急増するオーバーシュート現象が起きています。自分を守るためにどうすべきなのか――免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授にいろいろな疑問をぶつけてみました。

――今回の新型コロナウイルスは感染力も強く、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染を見ると無症状病原体保有者が5割近くいます。感染すると14日間以内に発症すると考えられています。

健康保菌者だった「腸チフスのメアリー」(本名・メアリー・マローン、1869~1938年)は亡くなってから解剖され初めて胆嚢に腸チフス菌の感染巣があることが分かりました。新型コロナウイルスの場合、無症状病原体保有者はいったいどれぐらいの期間、保有しているのでしょう

宮坂氏「これまでの報告を見ると、長い場合は2週間ぐらい発症をしないまま、感染能力を持ち続けていることがあるようです」

――1人の感染者から平均して何人ぐらいにうつると考えられていますか。無症状病原体保有者の中にはスーパースプレッダーが多いのでしょうか

宮坂氏「これまで、このウイルスは通常、1人の感染者が2~2.5人ぐらいに感染させることができるとされていましたが、これはいわゆる社会的距離(social distancing)の度合いにより異なり、日本では今のところ、1人が1人程度にしか感染させていません」

「また、多数の人に感染を広げるスーパースプレッダーは、この無症候性感染者である可能性が高いのですが、その人たちがどのぐらいの頻度で存在するのか、現在のところ、分かっていません」

――英イングランド主席医務官は検査の範囲を広げることによって無症状病原体保有者を把握することが大切だと言っているのですが、どうして無症状病原体保有者がそんなに大切なのでしょう

宮坂氏「それは、この人たちが知らないうちに感染を大きく広げてしまうからです。最近のサイエンス誌に出た論文では、武漢市封鎖が行われる前の状況だと、起きた感染の86%は誰も気づいていなかったのではないか、そして実際に報告された感染のうち約8割はこのような誰も気づかなかった感染に由来する、という推計がなされています」

「つまり、無症候性感染者が大きく感染拡大に関わっているということです。現在、イタリアやスペインで爆発的な感染拡大が起きていますが、これは無症候性感染者がいつの間にか増えていて、その人たちが感染をあっという間に広げた、私はそのように考えています」

「ウイルスは結構長く空気を漂う可能性がある」

――ダイヤモンド・プリンセスや屋形船、スポーツジム、ライブハウスのような密閉された空間ではどうしてクラスター(感染者の集団)が発生しやすいのでしょうか。ウイルスを含んだ飛沫が長時間、空気中を浮遊しているからなのでしょうか

宮坂氏「空気感染は可能性がありますが、まだよく分かっていません。ただ、このウイルスが飛沫、しかも微小な飛沫に付着した形で空気を漂うことはすでにアメリカの研究グループが米医学雑誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに報告していて、その濃度は1時間ぐらいで半減し、3時間ぐらいで10分の1程度までに減少するとのことです」

「つまり、驚いたことに、このウイルスは結構長く空気中を漂う可能性があるようです。このようなことから、屋形船やライブハウスのような密閉空間に人が密集、密接すると、微小な飛沫、すなわち、エアロゾルによる感染が起こる可能性がありうるのでは、と私は考えています」

「集団免疫の考え方にも改訂が必要だ」

――これだけ世界中に感染が広がってしまうと新型コロナウイルスを封じ込めて死滅させるのは不可能だと思われます。その場合、抗体を持っている人が感染者を取り囲むようにして感染の拡大を防ぐようになる集団免疫を獲得するまで流行は終息しないことを受け入れざるを得ないのでしょうか。

各国の死者累計のカーブを見ると毎日33%のペースで増えていきます。公衆衛生的介入はやはり封じ込めと遅延・緩和を組み合わせて行うべきだと考えておられますか

宮坂氏「はい、私はワクチンがない現状では、封じ込めと遅延・緩和を目的としてもろもろの施策が必須であろうと考えています。このことは、ワクチンがない状態だったあの中国でも、厳しい封じ込めと遅延・緩和政策をとった結果、感染者が既に激減していることからも言えると思います」

「この点、一つ注目すべきは、イギリスの政府首席科学顧問パトリック・ヴァランス氏が言っていたことに関してです。彼は、この新型コロナウイルスに対してまったく免疫を持たないと、社会の6、7割の人が感染する可能性があると言いました」

「しかし、人口約1000万の中国・武漢市で感染したのは、公称10万人弱で、100人に1人程度しか感染せず、もし公称の数字が誤りで実際はこの10倍だったとしても、感染したのは10人に1人程度、つまり最大10%ぐらいの人しか感染しなかったのです」

「今の集団免疫の考え方は、多くの場合、獲得免疫のみのことを考えていて実はこれはおかしいと私は考えています。というのは、免疫学的には、病原体の防御には、自然免疫機構と獲得免疫機構が必要だからです」

「後者は、感染という事実によって免疫記憶ができてくることから、これが、今の“感染が進むにつれて、いずれ社会の中で集団免疫が獲得されるようになる”という考えの根底にあると思います」

「しかし、最近は、自然免疫機構にも何らかの記憶のようなものがあることが認められ始めています。そして、自然免疫機構が十分に強ければ、獲得免疫のお世話にならずに自然免疫機構のみでウイルスを追い出してしまう人もいるはずです」

「実際、人口約1000万人の武漢で感染者が10万人程度、たとえこの10倍いたとしても100万人、つまり10人に9人以上は感染しなかったと考えられます」

「これが、まったくウイルスに触れなかったためだけとは考えにくく、かなりの人たちは実際は何らかの抵抗力をもっていたために発症しなかったのだと私は考えています」

「集団免疫の考えの根底には“新しい病原体には人々はまったく抵抗性がない=免疫がない、しかし感染によって免疫が成立する”という概念がありますが、一方で、近年の免疫学の進歩によって、この概念は改訂が必要であるように思われます」

「いずれ、中国でも何パーセントの人が実際に感染していたかは特異抗体を測定することによって分かってくると思います。そして中和抗体や特異的メモリーT細胞も測定することが重要です。それとともに、社会の中に本当にどの程度の獲得免疫ができていたのかが分かってくるのではないでしょうか」

「ワクチンが使えるようになるまで最低2年はかかる」

――ワクチン開発について各国の研究者がしのぎを削っており、早いところでは動物実験を終えて臨床試験に入りました。英国の記者会見からは開発まで18カ月ぐらいかかるという印象を受けます。英国の場合、今夏(医療システムに余裕がある)、今冬(少しでも波が来ると医療崩壊の恐れ)、来夏までは公衆衛生的介入で何とかピークを医療資源内に抑えてしのぎ、そのあとはワクチンに期待したいという空気が強く感じられます。

ワクチンは諸刃の剣のようなところがあり、臨床試験は慎重に行われるべきなのは理解しますが、再来年まで待たなければならないと世界は非常に苦しい状況に追い込まれると思います

大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授(本人提供)
大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授(本人提供)

宮坂氏「ワクチンは、通常は健康な人、それも大集団の人たちに対して投与することから、もし大きな副作用があると大変なことになります」

「このことから、通常、100人程度の第一相試験で大きな問題がないか確認したあとに、数百人レベルの第二相試験を行い、安全性とワクチンの効果を確認します。最後には、通常であれば、数千人規模の人に対して効果を確認する第三相試験が行われます」

「こうなると、どんなに短くても認可に至るまでには2年以上かかるのが普通で、これは新型コロナウイルスに対するワクチンでも例外ではないと思います」

「これに対して、限られた地域の一部の人たちに対して、インフォームドコンセントのもとに、前臨床試験(筆者注、通常は動物実験を先に実施)をやる可能性はあると思われますが、それは特別な例であり、一般の方々が認可されたワクチンの接種を受けられるようになるには最低2年は必要です」

――新型コロナウイルスには2つのタイプがあると言われています。一般的には人間と共生するためにウイルスはマイルドになっていくと考えられているようですが、今後どのように変異していくと考えますか

宮坂氏「RNAウイルスは変異をしやすいので、今後、さらに新しい型のものが出てくると思います。また、ウイルスが果たして人間と共生するためにマイルドになっていくかどうかですが、私は予測が困難だと思います」

「その例がインフルエンザです。鳥型インフルエンザのように突如、病原性を強めたものが現れることがあります。コロナウイルスも、インフルエンザウイルスと同様に、人以外の宿主が居るので、今後の変異の方向性については判断が難しいと私は思っています」

「コロナウイルスは交叉(こうさ)免疫が起こる可能性がある」

――人間にはさまざまな免疫が備わっています。風邪のような症状を見せる他の4種のコロナウイルスに感染して抗体を持っていれば新型コロナウイルスに対するある程度の抵抗力を期待できるのでしょうか。また既存のコロナウイルスのワクチンは役に立つのでしょうか

宮坂氏「鼻風邪を起こすヒトコロナウイルスが4種類ありますが、いまだにどのタイプのものにもワクチンは作られていません。したがって、現在の問題は、この鼻風邪ウイルスに対して感染した時に、新型コロナウイルスに対する免疫を獲得するかどうか、だと思います」

「この点、これまでの報告を見ると、SARS(重症急性呼吸器症候群)から回復した患者さん由来の抗体が新型コロナウイルスに結合するというデータがありますが、結合してもウイルスを殺してくれるかが問題であり、これについてはまだ分かっていません」

「それと、いったん抗体ができたとしても、それが長く体内で残存するかが問題ですが、鼻風邪を起こすヒトコロナウイルスに関する限り、ウイルスを殺せる抗体はあまり長時間体内には残存してくれないようです。ただし、ウイルスを排除するのは抗体だけでなく、感染細胞を殺すTリンパ球も大事な役割をします」

「この点、興味深いのは、SARSウイルスとMERS(中東呼吸器症候群)ウイルスで共通に存在する抗原(=蛋白質)でマウスを免疫すると、両方のウイルスに反応するTリンパ球が体内にできて、ウイルス感染細胞を殺すことができる、という報告です」

「つまり、コロナウイルスに関する限り、交叉免疫ということが起こる可能性があり、抗体も大事ですが、ウイルス感染細胞を殺せるTリンパ球ができてくるか、そしてそれがどのぐらい体内で生き延びるか、ということも、同様に重要かもしれません」

「迅速診断キットが出てくるとスクリーニングには便利」

――軽症者や無症状病原体保有者による「ステルス感染」と戦うためには検査しかないという空気になり始めています。前回はPCR検査には手間やお金がかかる上、偽陰性がでる割合が高く、スクリーニングには使えないというお話でした。開発が進む抗体検査の方がPCR検査より期待できるのでしょうか。また血清療法にも期待できるのでしょうか

宮坂氏「抗体検査とは、このウイルスに対する抗体の有無、あるいはその量的変化を測定する検査です。抗体が陽性になるのは、感染してから数日以上の時間が経った人、および感染後治癒した人の両方です。したがって、抗体検査だけでは感染の有無を決定できず、確定のためにはPCR検査が必要となります」

「ただし、インフルエンザの時に使うような迅速診断キットが出てくると、スクリーニングには便利です。これはインフルエンザに対する抗体をブロッティングペーパーに貼付け、患者サンプルを上からかけるとインフルエンザウイルスだけがそこに付着するので、それを再度、インフルエンザ抗体を用いて検出するという方法です。非常に安価で迅速にできるので、プライマリーのスクリーニングには便利です。ただし、この方法も偽陽性と偽陰性があります」

「でも、安価なので何度も検査ができるというメリットがあるので、検査をくり返すことによって、ある程度、デメリットをカバーすることは可能です」

「血清療法は、同じRNAウイルスであるエボラ出血熱ウイルスで一部成功が見られているので、可能性はあります。ただし、血清中にはHIVのような危険なウイルスが含まれている可能性があるので、血清そのものを投与するのはリスクがあります」

――死者の数だけを見ると日本は新型コロナウイルスの感染をうまく制御しているように思います。一つは手洗いの習慣が徹底している。二つ目は中国のニュースに素早く反応して各個人が自衛策をとるのが早かったことがあると思います。宮坂先生のお考えとは異なるのですが、マスクが他人に飛沫感染させるのを予防しているという面もあるのではないかと考えています

宮坂氏「私は、マスクに他人に飛沫感染をするのを防ぐ効果はある程度はあると考えています。実際、医師は感染病棟でN95という特殊なマスクをして仕事をしていますが、これは医師が患者から感染しないこと、そして医師から患者に感染させないという二つの目的のためにです」

「一方、N95というマスクは実際にかけてみるとわかりますが、空気漏れが少ない分、30分もかけていると苦しくなって、気分が悪くなります。これに対して市販のサージカルマスクはずっと網目が粗く、長時間つけられるのですが、人から移るのを防ぐ効果が非常に低く、一方、人にうつすのを防ぐ効果はある程度あると思います」

――日本の場合、諸外国と違ってみな気軽に病院や診療所に行くので、「ステルス感染」が広がっていないか心配しています。先生はどうお考えですか

宮坂氏「今の段階では“ステルス感染”はあまり進んでいないと思われます。それは、これまで主に呼吸器症状、発熱症状を持つ人を対象にPCR検査がされていますが、まだ陽性になる人は割合的に非常に少なく、実際には感染はあまり広がっていないと思います。しかし、油断は禁物、いつ病院や診療所の待合室からクラスター感染が起こるか分かりません」

新型コロナにかからないために私たちにできることは

――いろいろ考えてみると人間の免疫システムは非常によくできているように思うのですが、普段から抵抗力、免疫力を高めるためにはどう過ごせば良いですか

宮坂氏「まずは、ウイルスがいそうな場所には行かないことです。つまり、密集した場所、密閉空間、他人との近接距離を避けることが大事です」

「次に、体内時計を狂わさないこと、つまり、生活リズムを守ることです。というのは、体を守る免疫反応だけでなく、食べる、消化すること、眠ること、すべてが体内時計によって支配されているからです。ですから、体内時計を狂わさないことが大事なのです」

「たとえば、朝早く起きて朝陽を浴びながら散歩をすると、体内時計がうまく動き始めます。夜、決まった時間に寝るとさらに体内時計がうまく動くようになります」

「それから、積極的に体を動かすことも大事です。リンパ球などの免疫細胞は血液やリンパ液に乗って体内をパトロールし、異物を見つけ、排除しようとします。体を動かすと血流、リンパ流が良くなるので、免疫力を維持できるのです」

「食べ物も大事。程よい量で、バランスの良い食事をすることが大事です」

「最後にストレスを避けることです。ストレスにより副腎からコルチゾールというホルモンが作られ、これにより免疫細胞の機能が低下します。ストレスのある時に風邪を引いたり、ヘルペスになるのは、このためです」

(おわり)

宮坂昌之氏

1947年長野県生まれ、京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学博士課程修了、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所、1994年に大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター臓器制御学研究部教授。医学系研究科教授、生命機能研究科兼任教授、免疫学フロンティア研究センター兼任教授を歴任。2007~08年日本免疫学会長。現在は免疫学フロンティア研究センター招へい教授。新著『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』(講談社)。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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