ロシアのハニートラップ汚職で副首相が辞任、オーストリアで解散総選挙 欧州を揺るがすプーチン大統領
ナチス協力者が結成した極右政党
[ロンドン発]ロシア絡みの汚職疑惑が発覚し、オーストリアのアレクサンダー・ファン・デア・ベレン大統領は18日、国民議会(下院、183議席)を解散し、総選挙を行うと宣言しました。
投票が23~26日に迫る欧州議会選では親露派の極右政党がリードしている国もあり、ロシアの介入が改めて浮き彫りになったかたちです。
この日、汚職疑惑で極右政党の自由党党首ハインツ=クリスティアン・シュトラッヘ副首相が引責辞任。中道右派、国民党のセバスチャン・クルツ首相が「この2年間、妥協に妥協を重ねてきたが、もうたくさんだ」と解散総選挙で有権者の信を問う考えを明らかにしました。
1950年代にナチス協力者が結成した自由党は国民党との連立で内相、国防相、運輸・技術革新相の重要ポストを獲り、外務・欧州・統合相にも息のかかった学者を送り込むのに成功しました。3つの情報機関も支配下に収めました。
親露派の自由党は政権入りする前の2016年にロシアのウラジミール・プーチン大統領と協力協定を結んでいます。自由党が連立政権を組んだ後、武装警察が対内情報機関を急襲、右翼やネオナチに埋め込んだスパイに関する書類を押収する事件が起きました。
真相は分かっていません。
シュトラッヘ副首相は07年にプーチン大統領に会ったことがあり、14年には2人以上の自由党員がクリミア併合を巡る住民投票の監視団に参加しています。
「大衆紙に有利な報道させれば公共事業を受注させる」
問題の汚職疑惑はドイツ有力誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が17日にスクープとして報じました。
シュトラッヘ副首相が総選挙を控えた17年7月、スペインのイビザ島で、ロシアの投資家でプーチン大統領に近いオリガルヒ(新興財閥)の姪と称する女性に「大衆紙を支配して有利な報道をしてくれたら公共事業を受注させる」とほのめかしている隠し撮り映像が公開されました。
シュトラッヘ副首相は「これは罠だ。私を標的にした政治的な暗殺計画だ。裏でカネが動いている。この夜に起きたことで違法なのは隠し撮りのビデオだけだ」と弁明。「しかし私の行動に失望した皆さんにお詫びする」と引責辞任を発表しました。
事件の真相はまだ分かりません。
英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティのロシア研究センター所長アンドリュー・フォクスオール氏は16年12月、オープンソースの情報からロシアのプロパガンダに利用されている人脈を分析した報告書「プーチンの有益な愚か者たち」をまとめています。
報告書は、欧州に広がる極右ポピュリズムとロシアのつながりをあぶり出しています。
・14年12月、フランスの国民戦線(現国民連合)はモスクワの第一チェコ・ロシア銀行から940万ユーロ(約11億5600万円)を受け取った。マリーヌ・ルペン党首はプーチン大統領を敬服していることを隠さず、クリミア併合は合法と肯定
【筆者注】国民連合は欧州議会選の世論調査で24%の支持を得て首位に立つ
・英国の欧州連合(EU)離脱を主導した英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ元党首は、クリミア併合が強行された14年3月に、最も尊敬する世界の指導者としてプーチン大統領の名前を挙げ、シリア内戦への対応を「素晴らしい」と持ち上げた
【筆者注】ファラージ氏が新たに結党した新党「ブレグジット党」は欧州議会選の世論調査で35%の支持を得て首位を独走中
欧州議会選の「台風の目」も親プーチン派
欧州議会選で「台風の目」になっているイタリアの極右政党「同盟(旧北部同盟)」の書記長、マッテオ・サルビーニ副首相兼内相もプーチン大統領への称賛を惜しみません。欧州議会の審議にプーチン大統領のTシャツを着て出席したこともあるほどです。
同盟も欧州議会選の世論調査で31~33%の支持を得て首位を独走しています。ひょっとするとEUの大黒柱アンゲラ・メルケル独首相の支持母体であるキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)を上回る議席を得て、欧州議会第1党になる可能性すらあるのです。
英国はEUを離脱する予定ですが、現時点では経済規模でEUナンバー2の英国、ナンバー3のフランス、ナンバー4のイタリアでプーチン大統領にシンパシーを示す政党が欧州議会選の首位を走っているのです。
「有益な愚か者のネットワーク」はシンクタンクや大学の討論会、ロシアのニュース専門局RTや情報通信・ラジオ放送局スプートニクへの出演などを通じて世界中に張り巡らされています。
ロシアのサンクトペテルブルクにはインターネット上にロシアに有利なプロパガンダ情報を流す「トロール部隊」のビルがあります。午前9時から12時間交代で年がら年中、プロパガンダを世界中に流し、スタッフの月給は4万5000ルーブル(約7万6500円)だそうです。
第二次大戦前夜、ソ連の独裁者スターリンはフランクリン・ルーズベルト米大統領周辺にスパイネットワークを築いていました。
ロバート・ムラー米特別検察官の448ページに及ぶ報告書は、犯罪を構成する共謀行為はなかったものの、複数のトランプ陣営の関係者がロシア当局者と接触を繰り返していたことを明らかにしました。プーチン大統領はトランプ陣営の奥深くにネットワークを築いているようです。
難民危機も“武器化”
欧州議会は欧州へのロシアの介入について次のように分析しています。
(1)偽情報などロシアの情報活動予算は年30億~40億ドル(約3300億~4400億円)。人員は1万5000人。サイバー技術など新たな手段を加え「偉大なロシア」を復活させるというイデオロギーを広めている
(2)07年にバルト三国のエストニアが大規模なサイバー攻撃を受けたのをはじめ、ジョージア(旧グルジア)やウクライナに実際の武力と情報攻撃、サイバー攻撃を組み合わせたハイブリッド攻撃が仕掛けられた
(3)EUに人を混乱させるための偽情報・サイバー攻撃を仕掛ける
(4)16年のリトビネンコ暗殺事件や18年のスクリパリ暗殺未遂事件などプロパガンダと暗殺を組み合わせた作戦を展開
(5)シリア空爆で欧州難民危機を作り出し、「政治的な武器」として使用している
(6)石油・天然ガスを外交上の脅しに使う
(7)外交上のバックラッシュを避けるため、情報活動をオリガルヒやトロール部隊、犯罪組織のネットワーク、ハッカーに外注している
プーチン大統領の「有益な愚か者のネットワーク」は米国や欧州だけでなく、日本にも、もちろん張り巡らされています。
(おわり)