Yahoo!ニュース

混迷の英ブレグジット、大臣が抗議の辞任 「第2の国民投票」を呼びかけるが・・・

小林恭子ジャーナリスト
辞任発表後、インタビュー取材に応じるため、BBCを訪れたジョンソン氏(写真:ロイター/アフロ)

 (「英国ニュースダイジェスト」に掲載された、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 来年3月29日に実施される、英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)。実施まであと5か月ほどになりましたが、EU側と英国側の交渉が佳境に入っています。

 テリーザ・メイ首相がEU側に提示した離脱案(首相の公式別荘「チェッカーズ」でまとめられたので、通称「チェッカーズ案」)は、貿易においてEU共通のルールに従うもので、親EUかつ現状維持の提案でした。そのため7月上旬、ボリス・ジョンソン外相とEU離脱担当大臣デービッド・デービス氏は「これでは離脱にならない」と抗議の辞任をしてしまいます。

 これにめげないメイ首相は、9月19日、チェッカーズ案をEU加盟国首脳会議で披露しましたが、「うまく機能しない」(ドナルド・トゥスク欧州理事会議長)と言われてしまい、再考を促されました。

 こうした混迷が続くなか、残留支持者が中心となって、新たな「国民による投票」を行ってはどうかという意見が日増しにその支持を拡大させています。果たして2016年6月のように、二者択一の選択を迫る 「国民投票」の再来になるのでしょうか。

 先月20日にはロンドン中心部で離脱反対の大規模なデモと集会が開催され、再度の国民投票を求める声が熱気を帯びました。

 そして、今月9日、運輸担当の閣外大臣だったジョー・ジョンソン氏が、突然の辞任を表明し、メイ政権に打撃を与えています。

 ジョンソン氏は、7月まで外相だったボリス・ジョンソン氏の弟にあたります。兄の方は離脱強硬派ですが、弟のジョンソン氏の方は残留派でした。

 ジョー・ジョンソン氏は、政府案だと離脱に投票した人が描いていた状況とは大きくと異なるため、再度の国民投票をするべきと主張しました。

 メイ首相は離脱交渉は「95%」すでに合意の詰めができており、来週中にも合意ができると踏んでいたようです。この時点でのジョンソン氏の辞職で、彼に続く政府関係者が出るかどうかが注目です。

再度の国民投票、実現は可能?

 それにしても、実際に、再度の国民投票の実施は可能なのでしょうか?

 実現に向けて、一定の盛り上がりがあることは確かです。

 2年前のEUからの離脱(あるいは継続加盟)を問う国民投票を振り返ってみると、離脱票(51.9%、約1700万票)が僅差で残留票(48.1%、約1600万票)を上回り、残留支持の国民の中に、「再度、投票をやるべきだ」という声が上がったのは結果が判明して間もないころでした。複数の残留派ロビー組織が中心となって運動が続き、与野党の残留派議員の支持の下、「国民の投票」(「People' s Vote」)という新たな組織が発足しています。

 今年4月にはロンドンで決起集会を開催し、約1200人が参加。9月には「国民の投票のためのロードマップ」と題するレポートを出しました。

 また一方で、9月25日、最大野党労働党の党大会に出席したキア・スターマー影のEU離脱担当相は次のように宣言しました。

 膠着状態にある離脱交渉を打開するために労働党は総選挙を望むけれども、これが実現しない場合「ほかの選択肢も考慮する」、この中には「国民による投票のためにキャンペーン活動を行うことも含まれる」、と。同氏が「残留という選択肢も除外しない」と述べると、会場に大きな拍手がわき起こりました。

 この後、10月に大規模デモが発生したことは先にご紹介しました。

 再度の国民投票の実現性はどうでしょう?ロンドン・ユニバーシティ・カレッジで憲法問題を専門とするアレン・レンウィック博士によると「国民の投票」が2016年の国民投票に相当するとした場合、これを実行するための新法が必要となるそうです(BBC ラジオ4「ブリーフィング・ルーム」、9月20日放送分)。

 法案提出から投票までには「最短でも22週必要」で、来年3月29日までにやるとすれば、10月第2週までには法案を提出しなければならなかったそうで、すでにその時期は過ぎています。法案には提案内容、選挙体制(例えば下院選挙の選挙区や年齢規定)などの情報が入りますが、詳細を決めるのに時間がかかると見ているようです。

 英国が離脱時期を延長して3月29日以降に国民投票を行う場合、今度は5月に行われる予定の欧州議会選挙との兼ね合いをどうするかの問題にぶち当たります。その時点でまだ英国がEU加盟国であった場合、議会選挙に候補者を出さなければなりませんが、当選しても実際の活動が中止になるかもしれない議席のために選挙を戦うことになります。

 投票で何を問うかも悩みどころです。今回は例えば「チェッカーズ案で離脱、合意なしの離脱、離脱しない」といった三択になった場合、それぞれの比率が半数にも満たない可能性があると専門家は見ています。そもそも、「既に国民投票で離脱と決まったのに、蒸し返すのは民主主義の冒涜だ」と大きな反発を感じる離脱支持者が出そうですね。政治的には「全く受け入れられない」(メイ政権)選択肢です。

 果たして、期日に間に合うように合意ができるのかどうか?いよいよ、大詰めとなってきました。

キーワード

国民の投票のためのロードマップ

(The Roadmap to a People's Vote)

 残留支持者、議員らで構成されるロビー組織「国民の投票」が9月に発表した、新たな国民投票のための計画表のことです。EUからの離脱を規定する「第50条」の策定にかかわったジョン・カー上院議員が中心となって作成されました。第50条の進行停止の可能性などについて説明しています。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

小林恭子の最近の記事