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米国人が刺される事件も「6月」に起こっていた【中国・深セン男児刺殺】米国でどう報じられているか

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
9月19日、深圳日本人学校前に花を捧げる人。(写真:ロイター/アフロ)

中国広東省深センで日本人学校の10歳の男子児童が登校中に中国人の男に刺され死亡した事件が連日、日本で大きなニュースとなっている。

この事件についてはアメリカでも主要メディアが事件を伝えている。

20日付のCNNは、刺殺された男児について父親は日本人、母親は中国人で、国籍は日本だったとした。また44歳の容疑者については、無職で、公共通信施設の損壊と治安妨害の疑いで2度拘留されたことがあるという。そしてこのように述べられている。

But nationalism, xenophobia and anti-Japanese sentiment are on the rise in the country, often fanned by state media.

(中国では国家主義、外国人嫌悪、反日感情が高まっており、国営メディアによって煽られることが多い)

24日付のロサンゼルス・タイムズも、Deadly attacks on Japanese in China inflame tenuous relations between the two nations(中国における日本人への致命的な攻撃は両国間の不安定な関係をさらに悪化させている)という見出しで事件を報じた。

この事件は処理水の海洋放出をめぐる対応などを含む日中両国間の摩擦をさらに激化させ、中国が外国人の就労や渡航を誘致しようとしているのに、中国国内の安全上の懸念を引き起こし、外国人を不安にさせている。

事件が起きた18日については、日本による満州侵攻の日(1931年9月18日)であること、そして6月にも同様の事件(6月24日に江蘇省蘇州で起こった日本人学校スクールバス襲撃事件)があり、中国人女性が犠牲となり死亡したことについて触れた。

また同紙は、(日本のメディアではあまり見ない情報だが)中国の大手テクノロジー企業による、SNS上での扇動的な発言を抑制する取り組みがあることを紹介した。21日にTikTokに似た人気の動画共有アプリ、Kuaishou(快手)がヘイトスピーチを拡散した約90のアカウントの利用禁止や利用停止の措置を講じたという。

アメリカなどではコロナ禍にアジア系への暴力が急増

ここからはアメリカの事情も少し振り返ることとする。

アメリカやヨーロッパではコロナ禍に、アジア系の人々をターゲットにした暴力事件が急増したのは周知の通り。

そのいくつかはヘイトクライム(憎悪犯罪)と呼ばれるものだ。

中国当局は今回の事件については、容疑者の犯行の動機を明らかにしていないので現時点で何とも言えない。しかし万が一犯行の動機が「日本人だから」というものであれば、アメリカを含む国際社会ではヘイトクライムとなり、殺人の罪はより重くなる。

ただしヘイトクライムを立証するには、それ相応の証拠が必要だ。例えば容疑者が(滅多にないが)そのように自供したり、殺害前に関連の発言があったなど。その立証および立件はアメリカでさえ容易ではないのが実情だ。

例えばコロナ禍のニューヨークで起こったアジア系への暴行事件としては、2021年に市内を歩いていて突然若者グループに襲撃され重傷を負った日本人ミュージシャンがいる。筆者は本人に当時話を聞いたのだが、殴られているときに「アジア人」や「中国人」という言葉が聞こえてきたそうだ。警察には訴えたそうだが、ヘイトクライムと断定するには動画など確固たる証拠が必要なため、この暴力事件はヘイトクライムと認定されず、犯人も捕まらなかった。このケースは氷山の一角に過ぎないだろう。

NYで多発するアジア人差別(2)暴行受けた日本人ミュージシャン、その後

現在の中国の治安事情について、CNNなど複数の米メディアは「銃が厳しく規制されており、(銃の代わりに)ナイフによる襲撃は珍しくない」と紹介している。そして「学校や病院など公共の場での刺傷事件が相次いでいる」。一方で「外国人に対する公共の場での襲撃は稀だった」。

そんな中、アメリカメディアでは外国人の中で「懸念が高まっている」と伝える。ここ数ヵ月間で刺傷事件が相次いでいるからだ。そして中国国内で襲われているのは日本人だけではなく、アメリカ人もそうなのだ。

日本人学校バス襲撃事件前、アメリカ人も刺されていた

実は今年6月、中国北東部の吉林省で、アメリカ人ら4人が刺傷事件の被害に遭っている。6月に起こった日本人学校スクールバス襲撃事件の2週間前のことだ。

米メディアでは、同地の大学との提携プログラムに参加するために訪問中だったアイオワ州の私立コーネル大学の教員4人が6月10日、公園を歩いていた際、55歳の男とぶつかった。それがきっかけとなり傷害事件に発展し、この男はナイフで教員らを次々に刺したというのだ。この時は4人の教員のみならず、男を止めようとした中国人観光客も刺されている。男は同日身柄が拘束され、被害者の命に別状はないと伝えられた。中国外務省は(ヘイトクライムではなく)無差別攻撃と見ていると発表した。

この時、ネットユーザーの中に、中国メディアがこの事件を報道しないことを疑問視する声もあった。この事件も反米感情が高まる中で起こったもので、中国の国際的イメージや外国人の中国訪問意欲に及ぼす影響が懸念されたのだ。

日本でも男児の殺傷事件を引き金に感情が揺さぶられ、さまざまな意見が上がっている。しかし避けるべきは負の連鎖。英語では悪循環とか負の連鎖などという意味で、Vicious circleという言葉がよく使われる。Vicious circleつまり負の感情である恨みが恨みを引き起こすことがあってはならない。そして筆者も海外で暮らす邦人の一人である。日本政府の外交政策の弛まぬ努力によってさまざまな事情で海外にいる邦人の安全がこれからも最大限に守られることを切に願っている。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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