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囲碁界の未来を見据えて発信 「IGO PRO」を設立したワケ

内藤由起子囲碁観戦記者・囲碁ライター
昨年開催されたつるりん杯=IGOPRO提供

ここ最近、棋士自身が企画するイベントが増えているのにお気づきだろうか。

「つるりん杯団体戦」(鶴山淳志八段、林漢傑八段)
「浴衣囲碁まつり」(星合志保四段)
「オールスター団体戦 群遊」(下島陽平八段)
「芝野虎丸カップ」(洪清泉四段)
「全国職場対抗囲碁団体戦」(芝野龍之介二段)

これは一部で、ほかにも多く開催されている。
なぜこんな状況になっているのか。
それは棋士自身が、囲碁人口が減り、囲碁人気が衰退していっている現在の囲碁界の状況を憂い、自分たちでできることをやっていこうという意識があることによる。
囲碁界を盛り上げるためにどうすればいいのか。
危機感を持っている棋士が実際に行動をはじめた証のひとつがイベント開催なのだ。

そのなかのひとつ、「つるりん杯団体戦」に注目しよう。
「つるりん」とは鶴山淳志八段、林漢傑八段のコンビ名で、youtubeチャンネル「つるりんチャンネルhttps://www.youtube.com/@user-bf7zp9sc7o」を開設したのをはじめ、テレビやイベント、解説などでひっぱりだこのふたりだ。
昨年の2023年9月に、98チーム(3人+補欠1人/組み)の団体戦で300人以上を集め大盛況だった。
このイベントの企画運営を鶴山八段と林八段が行った

林漢傑八段=筆者撮影
林漢傑八段=筆者撮影


「碁会所を1日で15件まわって宣伝しました。朝10時に集合して帰宅が夜11時だったりしましたが、正直大変ではなく、楽しかったですね。夏で猛暑だったことくらいでしょうか。大変だったのはつるさんで、つるさんのおかげで『つるりん杯』はできました。申し込みメールの返信だけでもすごい数だったのですが、自分で調べてプログラムを組んで自動返信システムを作っていました」と林八段。
鶴山八段は「申し込みに対する自動返信メールの設定は時間がかかりました。Excelを使うのがほぼ初めてだったので、これらはネットで勉強しながら試行錯誤を繰り返して頑張りました」
鶴山八段のIT能力が高かったのでできたのだが、ふつうならもっともっと大変だっただろう。
そのほかにもチームのカードを印刷して裁断するなどの細々とした作業から対戦組み合わせなど、やることは山ほどあった。

鶴山淳志八段=IGOPRO提供
鶴山淳志八段=IGOPRO提供


そんな様子を当日、スタッフとして見ていたのが、藤森稔樹さんだ。
藤森さんは「横浜囲碁サロン(横浜市港北区)」の席亭さんで、現在はユーチューバーとしても人気。囲碁界有数の登録数31000人を誇る。
若い頃には岩田門下でプロ修業も経験していて、林八段とは旧知の仲だった。
「一流の棋士が、裏方の仕事をしているなんてもったいない。もっと表に出ないと……」と思ったという。また、「棋士は本来、囲碁の勉強に時間を使いたいはず。事務作業をしている時間をなんとかしたい」という思いもあったそうだ。
「藤森さんは人柄がよく、囲碁普及に天性の才を持っています。つるりん杯のときに、これからも一緒にイベントなどできたらいいねと盛り上がって、今回の『一般社団法人 IGO PRO』の設立につながりました」と林八段。「つるりんでやってきましたが、ふたりだけですとアイディア出しにも限界がありますし、人手も足りない。藤森さんと一緒にやれたらいろいろできるのではと思ったのです」

藤森稔樹さん=筆者撮影
藤森稔樹さん=筆者撮影


組織にすることでイベントがやりやすくなり、単発ではなくなるので継続性も生まれるメリットがある。「チームを組んだほうが、効率いいのです。お願いもしやすくなります」と藤森さん。

鶴山八段、林八段、藤森さんのほか、同じ志を持つ星合志保四段、安田明夏初段も誘い、5人での出発になった。

星合四段は、クラウドファンディングで制作費を募って「女流棋士フォトブック」を作成したり、「浴衣囲碁まつり」を企画運営したり、数百人規模のイベントを運営したりした経験がある。「女流棋士フォトブックを作成やイベント運営はかなりの労力が必要でした。棋士が企画運営をしていたので、囲碁の勉強時間を思うように取れないこともしばしばありました。モノづくりの大変さも痛感すると共に、棋士個人で活動する限界もかなり感じていました。ですのでIGO PROでチームを組めたことはとても心強くてありがたく思っております」

星合志保四段=IGOPRO提供
星合志保四段=IGOPRO提供


安田初段は現役の大学生で日本文化を学んでいる。「素晴らしい先輩方に囲まれているのでIGOPROの中では足を引っ張らないようにしっかりついて行きたいと思います。地方を含めてイベントや大会、幼稚園に教えにいくなどを今後やってみたいと思っています」と希望を語ってくれた。

安田明夏初段=IGOPRO提供
安田明夏初段=IGOPRO提供

最新のイベントは8月3日、東京都千代田区・日本棋院で行われる
「能登半島復興支援チャリティー指導碁会」https://docs.google.com/forms/d/1VmzVuteDF4qXozEP4C788R8_pN1J-6F32LjKyLVY7x8/viewform?edit_requested=true&pli=1
が予定されている。
これは藤澤一就八段一門とIGOPROのコラボイベントで、IGOPRO所属の5人の棋士のほか、上野愛咲美女流立葵杯、上野梨紗女流棋聖、関航太郞九段ら藤澤八段門下の棋士が大勢参加し、指導碁やチャリティーオークション、上野愛咲美出版記念サイン会などが予定されている。お近くのかたはぜひ足を運んではいかがだろうか。


「能登半島復興支援チャリティー指導碁会」「つるりん杯」「浴衣囲碁まつり」などの各種イベントのほか、オンライン碁会所「Gonnect(ゴネクト)」https://gonnect.jp/もオープンした。ネット対局とは違う、ファンとも交流でき、会っているような感覚で打てる空間だという。

人気棋士と人気ユーチューバーが組んだ「IGO PRO」。「こんなイベントをやって欲しい」などのリクエストも受け付けるそう。新しい試みに大いに期待しよう。


囲碁観戦記者・囲碁ライター

囲碁観戦記者・囲碁ライター。神奈川県平塚市出身。1966年生。お茶の水女子大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大学囲碁部OG。会社員を経て現職。朝日新聞紙上で「囲碁名人戦」観戦記を担当。「週刊碁」「囲碁研究」等に随時、観戦記、取材記事、エッセイ等執筆。囲碁将棋チャンネル「本因坊家特集」「竜星戦ダイジェスト」等にレギュラー出演。著書に『井山裕太の碁 AI時代の新しい定石』(池田書店)『囲碁ライバル物語』(マイナビ出版)、『井山裕太の碁 強くなる考え方』(池田書店)、『それも一局 弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ』(水曜社)等。囲碁ライター協会役員、東日本大学OBOG囲碁会役員。

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