「はやぶさ2」の新たな成果発表-小惑星リュウグウのサンプルが書き換えた太陽系物質の「ものさし」
2022年6月9日付の米科学雑誌『Science』に、小惑星リュウグウから回収されたサンプルと、地球でこれまでに12例しか確認されていない希少なイヴナ型(CIコンドライト)の隕石が化学的に類似していることを明らかにした論文が掲載された。リュウグウのサンプルと比較したところ、太陽系初期の物質の名残を留めるもっとも始原的な物質とされてきたイブナ型隕石でさえ、地球環境に曝されたことによる変質が起きていることがわかった。小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウの物質は、太陽系の歴史のものさしとなっていた物質の解釈に更新を迫るものになりそうだ。
Samples from the asteroid Ryugu are similar to Ivuna-type carbonaceous meteorites
東京工業大学理学院地球惑星科学系の横山哲也教授らは、「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウのサンプルのうち、2019年2月の第1回タッチダウンで採取した試料容器「A室」と、「はやぶさ2」が人工的にクレーターを生成した地下の物質が含まれる、2019年7月に採取した試料容器「C室」の物質125ミリグラムを分析した。論文では、そのうち95ミリグラムの鉱物学的、化学的、同位体特性を総合的に明らかにしている。
リュウグウのサンプルには、層状ケイ酸塩鉱物(主に蛇紋石とサポナイト)が含まれ、炭酸塩、磁鉄鉱、硫化物も含まれていた。多くのコンドライト隕石に見られるコンドリュールと呼ばれる形状ははっきりしなかった。サンプルを細かく砕いたものから、ドロマイト、ブルネライト、磁硫鉄鉱、マグネタイトが見つかった。カルサイトやペントランダイト、キューバ鉱、イルメナイト、アパタイトも見つかっている。
リュウグウのサンプルを構成している物質は、主に太陽系の形成から約500万年後の微惑星で、水の多い環境で形成されたと考えられている。これは、同様に太陽系初期の水のある環境を経てきた物質を含むCIコンドライト(イブナ型)に最もよく似ていることがわかった。イブナ隕石は1938年にタンザニアのイブナに落下したもので、隕石の中でも水や炭素などの揮発しやすい成分を最も多く含んでいる。揮発しにくい元素の組成は光球(太陽大気)の組成とよく一致しており、太陽系全体の平均的な元素組成の情報を含む最も始原的な隕石のグループと考えられている。
今回、リュウグウのサンプルと比較した分析によって、このCIコンドライトの隕石グループでさえ地球の環境に曝されることで大気の成分を吸着するなどの変化が起きていたことがわかった。「はやぶさ2」の観測によって、リュウグウの表面は他のどのC型(炭素質)の隕石よりも「黒い」ことが報告されているが、どちらかといえばリュウグウのほうが手つかずの元のままの色であり、地球にやってきた隕石は変質してやや灰色がかかってきたようだ。
論文著者の一人で北海道大学地球惑星科学部門地球惑星システム科学分野の圦本尚義(ゆりもと ひさよし)教授は、リュウグウのサンプルが迫る太陽系科学の今後についてこう述べている。
リュウグウのサンプルの多くを占める層状ケイ酸塩は、一般的に層になった構造の間に「層間水」と呼ばれる水を含んでいる。リュウグウのサンプルの場合、この層間水が脱水されていることもわかった。過去に起きた層状ケイ酸塩からの水など揮発性の放出は、炭素質の小惑星の表面で彗星のような活動を起こしていた可能性があるという。
2019年1月、NASA・アリゾナ大学の小惑星探査機OSIRIS-REx(オサイリス・レックス)は、小惑星ベンヌ※を観測中に小惑星の表面からダストが舞い上がる様子を捉えた。リュウグウもベンヌと同様に、過去に「活動型小惑星」だった可能性があり、水の放出にともなって宇宙空間にダストを放出する不思議な姿を見せていたかもしれない。
※小惑星リュウグウと同様に炭素質の小惑星であるものの、わずかに青みがかかっており「B型」小惑星と呼ばれる。
今回Science誌に掲載された論文は、「C型小惑星と炭素質コンドライト隕石の関係を明らかにする」という「はやぶさ2」ミッションの目標の一つを達成するものだ。今後はNASAとOSIRIS-RExが採取した小惑星ベンヌのサンプルを交換する予定もあり、水や有機物の分析などの成果が続々と科学誌に掲載されると期待される。