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スリランカ国民の9割が大統領一族の辞任を求めていると現地の調査機関が発表

にしゃんた社会学者・タレント・ダイバーシティスピーカー(多様性語り部)
ゴールフェース広場(コロンボ)のデモ参加者(文:にしゃんた|写真:知人が提供)

 危機に瀕しているスリランカの経済と政治だが、現状脱却に向けた見通しはいまだ立たないでいる。国民生活が疲弊する一方で、比例して反政府デモの勢いと気迫が増すばかりだ。しかし最も肝心な国家の政治体制が整わず、そのことが国民にとって最も大きなストレスとなっている。求められている政治体制の刷新を遅らせている一因は、国民と政府のコミュニケーションギャップで、つまり国民がデモ隊を中心に大統領と首相のダブル・トップを勤めるラージャパクシャ兄弟に辞任を求めているが、両者とも権力の座を手放すそぶりはない。

 そんな中、地元の民間調査機関によって実施されたスリランカ国民の意識調査の結果が発表された。政策代案センター(Centre for Policy Alternatives)が「民主的ガバナンスに対する信頼度指数(第2版)」という名目で実施したこの調査によって、国民生活の現状および国民視点でとらえた危機の原因や解決策などについての意見が浮かび上がった。現状、国民の意思表明の主な術となっている反政府デモへの参画などと違い、民衆の気持ちを数値的にとらえた貴重な資料であると言える。

 調査は2022年4月19日から25日の間に、スリランカの4つの主要な民族コミュニティ(シンハラ 、タミル、高地タミル、ムスリム)を意識して都市部と農村部を網羅した全国からの男女1200人を対象に実施されている。

図1:経済危機の結果、あなたまたはあなたの近親者の収入に影響がありましたか?
図1:経済危機の結果、あなたまたはあなたの近親者の収入に影響がありましたか?

 まず今回の経済危機で受けた影響について「経済危機の結果、あなたまたはあなたの近親者の収入に影響がありましたか?」(図1)との問いに対して、実に90%が「はい」と答え、「 いいえ」はわずか9%にとどまった。経済危機が基本的に例外なく国民全体に影響を与えていることがわかる。さらにラニル・ウィクラマシンハ統一党のリーダーで前首相が先日のメーデーイベントのあいさつの中で「今回の経済危機で多くが職を失い、今後も数十万人が雇用を失う可能性がある」と警鐘を鳴らすなど、今後も油断できない状況が続きそうだ。

 「過去一カ月の間に、あなた、またはあなたの近親者が、肥料、ガス、燃料、粉ミルクなどの必需品を手に入れるために、行列に並ばなければならなかったことがありますか?」(図2)との問いにたいして、88%が「はい」と答えており、「いいえ」はわずか12%にとどまっている。最近ではせっけんなどの入手も困難となっており、もっとも深刻なのは医薬品の価格高騰で、抗生物質、鎮痛剤、心臓病の薬の価格は約40%上昇し、今後さらに値上がりすると見られている。現地の人へのインタビューでは買い手の中には値段がさらに上がる前に買いだめする者や逆に売り手の中には今後の価格上昇を見込んで店頭に並べず品を隠す者も現れているという。

図2:過去1カ月の間に、あなたまたはあなたの近親者が、肥料、ガス、燃料、粉ミルクなどの必需品を手に入れるために、行列に並ばなければならなかったことがありますか?
図2:過去1カ月の間に、あなたまたはあなたの近親者が、肥料、ガス、燃料、粉ミルクなどの必需品を手に入れるために、行列に並ばなければならなかったことがありますか?

 スリランカのあちこちで続いている反政府デモ活動ですが、「あなたやあなたの近親者は、現在の経済危機の原因となっている人々に対して組織された抗議活動に参加したことがありますか?」(図3)との問いに対して「はい」が48%で、「いいえ」が50%とほぼ半々だが、2人に1人が、本人または近い者が抗議行動に参加しているということは、いわば異常な状況であり、デモ自体はそれほど国民にとって身近なものとなっていることを垣間見ることができる。スリランカで主にゴールフェース広場を中心に展開されている反政府デモ活動が始まって、5月2日で24日目に突入したが、その勢いが劣る気配はない。筆者によるデモに参加した現地のスリランカ人へのインタビューでは「今の状況で自分たちができることは限られているが、デモに参加して、国を救うための意思表示をすることが義務である」(高校教師・女性)が答えた。今のスリランカでデモに参加することは一種の流行で、反政府の名の下で、国民の団結または同調している傾向がうかがうことができる。

図3:あなたやあなたの近親者は、現在の経済危機の原因となっている人々に対して組織された抗議活動に参加したことがありますか?
図3:あなたやあなたの近親者は、現在の経済危機の原因となっている人々に対して組織された抗議活動に参加したことがありますか?

 日本のみなさんが最も聞きたいことの一つが、今回のスリランカの経済危機の責任所在についてだと思われるが、「現在の危機の責任は誰にあるのでしょうか?」(図4)という問いに対して、「ゴータバヤ・ラージャパクシャ一族の経済のミス・マネージメント」が62%とダントツ1位で、次に「独立(1948年)以来の政府の経済ミスマネージメント」が14.5%に、 「国内にまん延する腐敗した政治文化」が14.4%と続く。逆にラージャパクシャ一族がスリランカの経済危機の理由として国民に説明してきた「新型コロナウイルスによる経済的影響」や「現在の世界の経済状況」が原因であると考えている国民はわずかで、それぞれ4.4%と2.0%にとどまっている。つい最近の内閣の刷新までは政府内にラージャパクシャ一族から5人の閣僚が登用され、国家予算の75%を支配していた。さらに一族や関係者の腐敗や汚職については以前より指摘されている。ラージャパクシャ政府に対する経済のミス・マネージメントと合わせて、一族や関係者による汚職などに対する国民の指摘もここに加わっているとみられる。

図4:現在の危機の責任は誰にあるのでしょうか?
図4:現在の危機の責任は誰にあるのでしょうか?

 今後、「解決策についての国民の認識」についての問いでは、「すべての政治家を監査し、その使途不明金を国家が没収すべき」が96.2%と最も多く、ラージャパクシャ政治は国民の幸せより自らの私腹を肥やしたという国民の強い不信感がここでも現れている。その延長線上ということになるが、「マヒンダ・ラージャパクシャ首相は辞任すべきである」が89.7%、「ラージャパクシャ一族はスリランカ政界から去るべき」が89.6%、そして「ゴータバヤ・ラジャパクシャ大統領は辞任すべき」は87.3%といずれも9割に達してる。国民の中には、大統領に権限を集中させた現行憲法など制度的要因を指摘する傾向も強く、「行政府の長である大統領制(executive presidential system)を廃止すべきである」が74%、「(大統領権限を増やした) 憲法20次改正を廃止し、(権限を弱めた)憲法19次改正に似た修正を導入すべきである」が73.6%となっている。さらには現状打破できない国会議員全員に対する苛立ちの現れだろうか、 「225人の議員はすべて辞任すべきである」が55.9%などの意見が続く。

図5:解決策についての国民の認識
図5:解決策についての国民の認識

 建設的な意見としては、「現在の危機を克服するまでは、専門家会議によって国を統治すべきである」が82.4%、そして「 現在の危機を克服するまでは、議会のすべての政党からなる暫定政府を設立すべきである」が73.7%などの意見が上がっている。 

 ただ今後の経済回復についてはむしろ悲観的で、「国の経済が元の状態に戻るのは、どのくらい先だと思いますか?」との問いに対して「長い時間がかかる」が57.7%と最も多く、「わからない」が26.0%で、「時間がかかる」が14.3%と続き、「すぐに」と答えた人はわずか1.9%と極めて少ない。生活が苦しく、危機をもたらした現政権を一掃する必要はあるが、元どおりの経済回復はまた別の問題としてとらえている国民の現実的な感覚の側面をうかがうことができる。

図6:国の経済が元の状態に戻るのは、どのくらい先だと思いますか?
図6:国の経済が元の状態に戻るのは、どのくらい先だと思いますか?

社会学者・タレント・ダイバーシティスピーカー(多様性語り部)

羽衣国際大学 教授。博士(経済学)イギリス連邦の自治領セイロン生まれ。高校生の時に渡日、日本国籍を取得。スリランカ人、教授、タレント、随筆家、落語家、空手家、講演家、経営者、子育て父などの顔をもっており、多方面で活動中。「ミスターダイバーシティ」と言われることも。現在は主に、大学教授傍ら、メディア出演や講演活動を行う。テレビ•ラジオは情報番組のコメンテーターからバラエティまで幅広く、講演家として全国各地で「違いを楽しみ、力に変える」(多様性と包摂)をテーマとする ダイバーシティ スピーカー (多様性の語り部)として活躍。ボランティアで献血推進活動に積極的である。

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