「死亡ひき逃げ」がなぜ不起訴? 検察の判断に大きな疑問、遺族が公開質問状を提出
■検察に不起訴理由を求めた遺族
11月8日、7年前に発生した「死亡ひき逃げ事件」の遺族らによる記者会見が岐阜市内で行われました。
正面のホワイトボードには、被害者である岡田紀子(としこ)さん(当時75)の夫・岡田外志さん(83)の筆による、『逃げ得ハゆるさない!』という書が掲げられています。
『7年も経って、なぜ記者会見を……?』
そう思われた方もおられることでしょう。
実はこの事件、民事裁判では数々の物的証拠から「死亡ひき逃げ事件」と認定され、判決が確定しています。ところが、なぜか刑事のほうは「嫌疑不十分」で加害者は不起訴となっており、遺族はその理由についての説明を、未だに検察から受けていないというのです。
ちなみに、2020年6月22日付の岐阜地裁での民事裁判の判決では、木野村瑛美子裁判官が、加害車両を運転していた女性の全面的な過失を認め、判決文に厳しい口調でこう記しています。
『本件事故は被告の一方的過失により惹起されたものである。(中略)捜査機関に対し加害車両を運転した事実を否認し、本訴に至ってもなお、亡紀子に衝突していない旨不合理な供述を繰り返すなど、事故後の態様も悪質である』
遺族に対して約4720万円の支払いを命じられた被告は控訴せず、判決は確定。その後、賠償金は支払われています。
■横断歩道上で突然命を絶たれた妻
事件については、2020年6月、民事裁判の一審判決が出た直後に執筆した、<「ひき逃げ死亡事件」が、なぜ不起訴に…。 妻を失った夫が法廷で加害者に放った一言> で取り上げました。
2014年6月12日、その日、妻の紀子さんと一緒にいた外志さんは振り返ります。
「午後6時ころ、私たち夫婦は近所の公園までウォーキングに出かけました。自宅の手前まで戻ってきたのは午後7時20分頃だったでしょうか。そのとき、信号のない横断歩道を私より先に渡っていた紀子が、突然、路上に倒れたのです」
外志さんは、紀子さんが車に衝突される瞬間は見ていませんでしたが、異変に気付いてすぐに駆け寄り、うつぶせに倒れている紀子さんを抱き起そうとしました。
「すると、『起こさないで! 今、救急車を呼んだから』という男性の声が聞こえました。頭が真っ白になりながらも、私は『しっかりするんだよ、大丈夫だから!』と声をかけました。紀子はかすかな声でこう言いました。『ごめん、ね……』と」
紀子さんはすぐに救急車で病院に搬送されましたが、約6時間後、出血性ショックで息を引き取りました。
「実はこのとき、加害者の女性は離れた場所に運転していたワンボックスカーを停め、歩いて現場に戻ってきていたようです。そして、駆け付けた警察官に『白い車が走っていくのを目撃した』と話し、『用事があるから』と言ってその場を去っていたのです」(外志さん)
岐阜県警は6日後、目撃者として現場で警察に語っていたこの女性を自動車運転処罰法違反(過失致死)容疑などで逮捕しました。
女性が運転していた車の前面には大きな凹みがあり、ワイパーも破損。また岐阜県警の科捜研が左前輪に付着していた血液のDNA型を調べたところ、紀子さんのものと一致し、紀子さんのズボンに印象されていたタイヤ痕も女性の車のタイヤと同一であったことが明らかになったのです。
■不起訴理由を説明しようとしない検察
ところが、逮捕後の取り調べで女性は「車を運転中に傘に当たっただけで、自分は人などひいていない」と一貫して否認。まもなく証拠不十分で釈放されていました。
そして、事件から1年8か月後の2016年2月、外志さんは岐阜地検から届いた通知書に愕然としました。女性は不起訴処分、つまり、ひき逃げの罪にも、紀子さんをはねて死亡させた罪にも問われないというのです。
外志さんは今回の会見で、そのときの悔しさを訴えました。
「担当副検事から不起訴処分になったと連絡があったときは、信じられない思いでした。その後、親族十数名で検察庁へ出向いて面会を求め、約2時間にわたってなぜ不起訴なのかと質問しましたが、何の回答もいただけませんでした。また、不起訴になった直後、副検事から『加害者の息子が謝罪をしたいと言っているが、どうしますか?』と言われたのですが、それを聞いたときは本当に腹が立ちました。副検事が間に立つという意味だったのでしょうけれど、不起訴になった後に謝罪をして何になるのか……。今思い出しても胸が煮えくり返る思いです。そのときは断り、結果的にまだ一度も謝罪は受けておりません」
紀子さんの娘も、会見でこう訴えました。
「副検事からは、『無実ではないが、無罪になることもあるから』と言われました。ようするに、人をひいたことは事実でも、刑事裁判では無罪になることもあるのだと……。遺族にそのようなことを言うなんて、あまりにおかしいと思いました。これまで、私たちがどれほど辛い思いをしてきたか。相手は大事な人の命を奪ったのですから、その罪についてはきちんと認めたうえで、謝罪をしていただきたいと思います」
また、今回の記者会見で遺族は、『信号のない横断歩道での交通事故について』と題した資料も配布し、データを示しながら横断歩道とその周辺での事故が多発していることを挙げました。そして、この事件が正式に起訴されなければ、横断歩道の存在自体が軽視されてしまうという危惧についてもう指摘したのです。
「信号のない横断歩道であっても歩行者が優先です。検察に被疑者を起訴していただかない限り、いくら警察が努力して捜査しても意味がありません。検察がきちんと法律を理解し、それを正しく運用、施行しない限り、現状は変わらず、事故も減りません。『信号のない横断歩道』についての正しい認識を共有できれば、多くのドライバーが信号機のない横断歩道により注意をはらい、事故は必ず減ると確信しております」
■ひき逃げの時効はすでに成立。迫る「過失運転致死」の時効
事件から7年5か月が経過し、すでに「救護義務違反(ひき逃げ)」の時効(7年)は消滅しました。「過失運転致死」の時効は10年ですが、その期限も3年を切っています。
遺族らは検察に繰り返し説明を求め、2019年10月には名古屋高検に不服申し立ての手紙を出していました。
しかし、今年3月に戻ってきた審査結果通知書には、
『貴殿からの不服申立てについて、その内容をよく検討した結果、岐阜地方検察庁が行った処理(不起訴処分)は、適正に行われたものと判断しました。』
と記載されているだけで、何を、どのように「よく検討した」のか? 納得のいく説明は何ひとつ書かれていませんでした。
11月4日、紀子さんの妹を差出人として、最高検、名古屋高検、岐阜地検に改めて出された「公開質問状」は、以下のように結ばれていました。
『被疑者の車が姉を轢いたことに間違いはなく、その車を運転していたのは被疑者であったことも疑いの余地がないことです。事故車には姉の血痕も認められ、姉の体には被疑者の車のタイヤ痕もあるのに、なぜ不起訴なのでしょうか?(中略)
民事裁判では被疑者の過失責任を認める判決が下されました。にもかかわらず、検察庁だけが、過失責任が疑わしいとして不起訴にするのはどうしてなのでしょうか。
大事な姉を亡くしております。岐阜地検の判断が正しいとおっしゃるなら、私たちが納得できる説明、不起訴の理由を是非説明してください』
今回の公開質問状で検察庁に求めた回答期限は11月末です。それまでに、遺族にとって少しでも納得のできる回答が返ってくること、そして、迫りくる時効までに、再捜査がおこなわれることを期待したいと思います。