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話題の「緊急事態条項」と「ギャラクシー賞」大賞受賞作のこと

碓井広義メディア文化評論家

ちょっと固めの話で恐縮ですが・・・

「自民党憲法改正推進本部の保岡興治本部長は20日、高村正彦副総裁と党本部で会い、戦争放棄や戦力不保持などを定めた九条など党内論議を進めている改憲四項目の論点について次期衆院選公約に盛り込む方針を確認した」(東京新聞)という報道がありました。

「改憲四項目」とは、九条はもちろん、大学など高等教育無償化、参院選合区解消、そして緊急事態条項の新設などを指します。

実は、この中の「緊急事態条項」をめぐって、思い出した番組があるのです。

●「ギャラクシー賞」大賞を受賞した、『報道ステーション』の特集

昨年6月、放送界の大きな賞のひとつで、優れたテレビ・ラジオ番組や放送文化に貢献した個人・団体を顕彰する、第53回「ギャラクシー賞」の発表がありました。

このとき、注目のテレビ部門大賞は、『報道ステーション』(テレビ朝日系)の2本の“特集”が受賞しました。大賞を、ドキュメンタリーやドラマではなく、報道番組の特集が獲得するのは極めて珍しいことです。

1本目の特集は2016年3月17日放送の『ノーベル賞経済学者が見た日本』。その“主役”は、経済学の世界的権威、米コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授でした。

政府会合の場で安倍首相に消費増税延期を進言したことが報じられた直後に、番組は教授への単独インタビューを放送したのです。

その内容は、日本国内の格差問題、法人税減税の効果(トリクルダウン)への疑問、さらに新たな税制改革の検討など、安倍政権の経済政策が抱える問題点の指摘や提言となっていました。

当時、ともすれば増税先送りにばかり目が向く状況のなかで、有効な判断材料となる専門家の知見を伝えたことの意義は大きかったと言えます。

●ワイマール憲法と「緊急事態条項」

2本目は、翌18日の『独ワイマール憲法の“教訓”』です。1919年に制定されたドイツの「ワイマール憲法」は、国民主権、生存権の保障、所有権の義務性、男女平等の普通選挙などを盛り込み、当時、世界で最も民主的と讃えられていました。

しかし、その民主主義憲法の下で、民主的に選出されたはずのヒトラーが、独裁政権をつくり上げていったこともまた事実です。

この特集では、古舘伊知郎キャスター(当時)が現地に赴き、ワイマール憲法とヒトラー政権の関係を探っていました。背景には、安倍首相が目指す憲法改正があります。特に、大規模災害などへの対応という名目で、政府に全権を委ねる「緊急事態条項」を新設しようという動きです。

番組のなかで、現地のワイマール憲法研究者が、自民党の憲法改正草案について語る場面が圧巻でした。草案に書かれた「緊急事態条項」について、ワイマール憲法の「国家緊急権」と重なると証言したのです。

その研究者はさらに、「内閣のひとりの人間に利用される危険性があり、とても問題です」と警告。この「国家緊急権」を、いわば“運用”することによってナチスが台頭していったことをきちんと伝えていました。

こちらの知見もまた、私たちにとって大いに参考となるものです。もちろん時代も状況も異なりますが、痛恨の歴史から学べることは少なくありません。

2本の特集はいずれも、そのテーマ設定、取材の密度、さらに問題点の整理と提示などにおいて、高く評価できるものでした。

『報道ステーション』は、一度機会を設けて、この「ギャラクシー賞」大賞受賞作を紹介してみてもいいのではないでしょうか。10月に行われるといわれる選挙に向けて、議論の「参考資料」、また有権者の「判断材料」の一つとして有効だと思うのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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