名古屋の喫茶店支出額が3位に転落!“喫茶王国”に異変?
お隣・岐阜市とのワンツーの牙城崩れる…!
名古屋市の年間喫茶店支出額は全国3位。これは総務省が毎年発表している家計調査の2020年のランキングです。喫茶店好きの土地柄らしい数字にも見えますが、関係者にとってはこの順位はショッキングなものでした。同調査で、名古屋市はお隣の岐阜市と常に1・2位を争ってきて、3位はいわば“陥落”ともいうべきものなのです。
「喫茶代の1世帯あたり年間支出額(二人以上の世帯)の都道府県庁所在市および政令指定都市ランキング」(総務省「家計調査」)
【2012~2014年平均】
1位 名古屋市 1万3303円
2位 岐阜市 1万1697円
3位 東京都区部 8395円
〇全国平均 5451円
【2014~2016年平均】
1位 岐阜市 1万5018円
2位 名古屋市 1万2945円
3位 東京都区部 9307円
〇全国平均 6045円
【2016~2018年平均】
1位 岐阜市 1万5084円
2位 名古屋市 1万1925円
3位 東京都区部 1万687円
〇全国平均 6545円
【2020年】
1位 岐阜市 1万872円
2位 金沢市 9898円
3位 名古屋市 9108円
〇全国平均 5089円
2020年は全国的に支出額は減少していて、これはいうまでもなく新型コロナウイルス感染拡大の影響です。2016~18年平均と比較すると、全国平均では22%減、1位の岐阜市は28%減、名古屋市は24%減。名古屋市が際立って落ち込みが激しかったわけではありませんが、それでも全国平均よりも減少率がやや高いことは確か。これは、愛知県では緊急事態宣言が出され、宣言のなかった都道府県に比べると外食業界全体の落ち込みが大きかったからだと考えられます。
また、名古屋の喫茶店は業態そのものが「名古屋めし」のひとつととらえられ、モーニングサービスや小倉トーストなどのご当地独自のサービス&メニューもあるため、近年は観光客で行列ができる風景も珍しくなくなっていました。そういう観光需要でにぎわっていた店ほど、コロナ禍の影響で売上がダウンしてしまったと推測されます。地元民の支出額を表す先のデータとは直接関係はありませんが、“名古屋の喫茶店が厳しい”というイメージにつながり、市民の出足にも影響を与えた可能性はあるかもしれません。
ちなみに今回2位に躍り出たのは石川県金沢市。過去の調査ではトップ10にも入っておらず、突然の躍進でした。この結果について地元の喫茶店好きに聞くと、「2位という順位には納得がいきます。逆にこれまで上位に入っていなかったのが意外です」(金沢市在住・30代女性)との意見。「金沢はお茶菓子の種類が和洋ともに豊富で、お茶の時間を楽しむ文化が根づいています。もともと外食の支出も多く、コロナ禍で夜の外食が減った分お昼に喫茶店で過ごす時間が増えたのでは? また近年は観光地にカフェがどんどん増えていて、コロナ禍で観光客がいないうちに話題のカフェに行こうと思った地元の人が多かったのかもしれません」といいます。
名古屋発チェーン・コメダはほぼ例年通りに回復
一方で、名古屋の喫茶店業界では、比較的早い段階で回復の兆しが見られました。その象徴がコメダ珈琲店(以下、コメダ)です。
「2020年3~11月までの累計既存店売上高が前年比87%だったところ、直近では“一昨年比”で3月度=99%、4月度=99・9%とほぼコロナ禍以前の水準にまで持ち直してきています」(コメダ広報担当者)
地元の有力紙・中日新聞でも、名古屋証券取引所上場の主な外食チェーンの今年2、3月期決算で8社中6社が赤字と苦境が続く中、「壱番屋、コメダ 黒字確保」と報じました(5月14日朝刊 ※壱番屋はカレーハウスCoCo壱番屋)。
いち早く回復基調に転じた理由をコメダ担当者はこう説明します。
「主な店舗立地が郊外のため都心型店舗よりも客数減が少なかった。またテイクアウトや物販を強化して売上を確保。コロナ禍でもご来店いただくお客様にご満足いただくため、ミニシロノワール半額キャンペーンやチョコレートのGodivaやアニメ『鬼滅の刃』とのコラボ、コメ牛などの新商品を積極的に展開したことも売上減を防ぐことにつながりました。そして何より“喫茶店は地域社会のインフラ”と考え、感染症対策を徹底して営業したことで、日ごろからのお客様に変わらずご来店いただけました」。
と従来の持ち味が有利に働いたことに加え、攻めの姿勢も奏功したといいます。そして何といっても印象的なのが「地域社会のインフラ」という言葉です。トップがこれを標榜して可能な限り営業する方針を打ち出したことで、他のカフェチェーンとの違いも鮮明になりました。外食が「不要不急」といわれがちな中、喫茶店は不可欠の生活の基盤として機能していて、そのため客足が戻るのも早かったというわけです。今や全国に店舗展開するコメダですが、この立ち位置はやはり創業地である名古屋で培われてきたものであることは間違いありません。
町の喫茶店は地域のインフラ。地域密着の姿勢で王国復権へ!
こうしたお客との関係性は個人店でも変わりありません。「うちのお客さんはうちにコーヒーを飲みに来ることを“外食”だとは思っていないんですよ」と語るのは、「喫茶まつば」(名古屋市西区)の3代目、舟橋和孝さん。同店は1933(昭和8)年創業で、現存する名古屋最古の喫茶店。商店街の中で古くから親しまれ、お客の多くは地域の常連です。彼らにとって町の喫茶店は、食事をする店という以上に暮らしに不可欠のコミュニティの場。だからこそ、早期の来店復調につながったといいます。「商店街のイベントがなくなったのと外国人旅行者が来られなくなってしまった分、売上の落ち込みは少しありましたが、常連さんに関してはほぼ通常通りに戻っています」(舟橋さん)。
「税理士さんに『マスター、去年は売上が上がっていますよ』といわれてびっくりしたんですよ」というのは1959(昭和34)年創業「喫茶サンパウロ」(名古屋市中区)のマスター・舟橋左門さん。「うちは常連さんがほとんどだもんで、休むと怒られるんですよ」と苦笑いするように、多くの飲食店が営業自粛や時短を迫られる中でほぼ通常通りの営業を続け、行き場を失いかけていたお客の来店頻度がより高まったのではないか、とのこと。名古屋の喫茶店業界全体の動向としては、コロナ禍の影響は当然あるものの、もともと客単価が低く、夜20時以降営業している店も少ないため、居酒屋など他の業態と比較すれば落ち込み幅は比較的小さくて済んでいる店が多いといいます。
舟橋さんは愛知県喫茶飲食生活衛生同業組合(以下、愛知喫茶組合)の理事長を長年務めていて、コロナ禍においても組合の交渉力や信用は有効だったとのこと。
「もともと夜営業がほとんどない喫茶店では給付金の対象に当てはまらない店が多かったんです。しかしコロナで経営が苦しいのはどこも同じなので、組合として愛知県や名古屋市に陳情して、その成果として、他の給付金を受け取っていない店に限るという条件付きながら10万円の特別給付を受けられることになりました」
近年はどのジャンルでも業界組合に加盟しない店が増え、飲食業界でも組合が活動休止になったり解散した地域が少なくありません。愛知喫茶組合の加盟店も、全盛期の1988年には4800軒を数えたところ現在では1/4の約1200軒に減少しています(組合加盟店の数字であり喫茶店全体の実数とは異なる)。それでも「愛知は組合の活動やつながりが他地域と比べるとまだしっかりしとるもんで、業界を上げて行政に働きかけることも可能なんです。最近は“メリットがないから”と組合を敬遠する若い人が多いけど、組織だからできることもあるし、禁煙や衛生管理など法律に関する対応策を共有できるなど、利点はいろいろあるんですよ」と舟橋さん。
名古屋の喫茶店業界は、組合活動も含めて横のつながりが強いと昔からいわれます。こうした結束から、鉄板スパゲティのような名物メニューやモーニングサービス、ピーナッツのおつまみも広まりました。それが結果的に名古屋喫茶全体の魅力アップにつながり、地域独自の喫茶店文化となって育まれていったといえます。
喫茶店支出額で3位にランクダウンしてしまった名古屋ですが、市内だけで100店舗以上を出店するトップブランド・コメダの底力、常連にとって不可欠の存在になっている個人店の地域密着力、そして組織力で社会情勢の変化に対応する組合の結束力など、喫茶王国だからこその強みはコロナ禍においても発揮されています。喫茶店本来の常連との密な関係性さえ失われていなければ、これからも地域に必要とされていき、今はまだ厳しい状況下にあるという店も息を吹き返していくのではないでしょうか。そして、来年発表されるランキングでは再び1位または2位に返り咲いてくれるはず。永遠のライバルであるお隣・岐阜市、そして茶の湯文化をバックボーンに持つ新たなライバル・金沢市とも競い合いながら、喫茶店文化をいっそう盛り立ててくれることを期待したいと思います。
(写真撮影/すべて筆者)