「世界観もお客さんもシェア」主婦経営の6店舗が集合したシェア店舗の可能性
コロナ禍をきっかけに、これまでの社会の常識が変わり始めている。例えば、一等地に立派なオフィスを構えることに以前ほどの価値がなくなりつつあること。繁華街へ出るより、住んでいる町や生活圏内で豊かな時間を過ごしたいという欲求が高まっていること。
家賃を安く抑えるためにも、まちの空き店舗や空き家を活用する上でも、ますますシェアハウスやシェアオフィスの展開は増えるだろう。ただしお店となると、売るモノのイメージや世界観などが重要な要素になるので、誰とでも…というわけにはいかない。
シェア店舗と言う形態にはどんな可能性があるのか。
今回は、求める世界観が近い女性同士で一軒屋をシェアする、小さな店の集合体「en. shareplace(エンシェアプレイス)」をご紹介したい。
■シェアはシェアでも、一つ店の世界観で
en. shareplaceは北海道釧路市の繁華街からは少し離れた場所にある。
もともと美容院だった物件をリノベーションして、女性メンバー4人それぞれが経営する4店の集合体として始まった。私が訪れた2020年2月初旬には、入居者が増えて6店に。
シェアオフィスや複合施設は世の中にたくさんあるが、en. shareplaceが面白いのは、一軒家に複数の店が入っていながら、一つのお店のような世界観を醸していることだ。服やパン、布雑貨、ハーバリウムと、それぞれの店舗で扱うものや分野はばらばらでも、お客さんはここを一軒の店として訪れる。
まず建物に入ってすぐは「Laugh sion(ラフ シオン) 」の雑貨屋と工房。店主のセレクトによる魅力的な商品が並び、バブーシュ(モロッコ風の革製スリッパ)やドライフラワーのリースの工房がある(*)。
1階奥には予約制のタイ古式マッサージ「ぴゅあはーと」と占い「よしこ」の使うスペース。2階に上がると、洋服&バッグセミオーダーの「Lin+(ランプラス)」、パン工房「Jimipan(ジミパン)」、ハーバリウムの「ILO KUKKA(イロクッカ)」が入る。この6つを合わせて「en. shareplace」(以下、en.)である。
「Jimipan」の店主で、発起人でもある赤間有美子さんは、始めた理由をこう話す。
「以前は安いところを借りて、一人でパン屋をやっていました。固定費だけで月に5~6万。それを捻出するためにどうやったら売れるかにばかり頭がいっちゃって、やりたい方向と違ってきちゃったんです。そこで、5~6人で一つの建物をシェアしながら、家賃を折半する方法が取れないかと考えました」
一店舗あたりの家賃は光熱費込みで4万円前後(入居者数によって変動)。独立採算制で経営は完全に別。ただし世界観が近い店舗が集まることで、お客さんは一軒の店を訪れる感覚で個々の店を回遊できる面白さがある。
(*2020年8月現在は、ラフシオンが札幌移転のためにen.を出て、ランプラスが1階に移り雑貨屋を運営。)
■主婦でも、本気の人を
店の経営者は、全員が主婦。家庭と両立しながら好きなことを仕事にしたいという人たちが集まっている。
赤間「好きじゃない仕事に時間を費やすより、人より少し努力をして、お小遣いや家計の足しにできたらということですね」
ただし、ただの楽しみ、趣味レベルでいいという人はここにはいない。入居者はみな赤間さんが目利きをしてスカウトしてきた人たち。
赤間「まず、つくっているものに誇りを持ってやっているか。それはものを見たり話をすれば分かります。『いや、私なんか全然』って言う方だとやっぱり無理で、ある程度自分の作品を『いいでしょ』ときちんと素直に言える人がいいと思っています」
ただ場所や家賃を物理的にシェアするだけでなく、“ものづくりに対して真摯に向き合っている”ことや、つくっているものの雰囲気から入居者をセレクトすることで、en.全体の世界観を生み出している。
■ここに来るお客さんは、みんなのお客さん
モデルにしたシェア店舗がある。札幌の「space1-15(スペースイチイチゴ)」。大きなマンションの3〜6階の部屋一つひとつがお店になっていて、クリエイターが集まって面白い空間をつくっていた。
「陶芸屋さんがあったり、カメラのレッスンが受けられたり。雑貨店、本屋、スイーツなど15店舗ぐらい入っていて、すごく面白かったんです。ただ、隣同士の関係があまりなくて、一つの店を出るとガチャンと閉まっちゃう感じで。
うちではもう少し協力し合える方がいいなと。私がいない時は誰かが対応してくれたらありがたいし、逆に、他の人がいないときに私が対応したい。だから、あるお店のお客さんがいらしても、みんなのお客さんとして迎えようと」
物理的なシェアやコスト折半だけで相乗効果は生まれにくい。その点en.は、“半オープン”の感覚で、みんなのお客さんを自分のお客さんとして接客する。
■ルールはつくらない、ただし集う良さがある
ただし、運営する上で取り立ててルールは決めていない。店の営業日、時間もそれぞれ。掃除も気付いた人が自主的に行う。
「だから、続けてこられたようなもので」とランプラスの平川さんが言うと、みな頷いて同意した。
赤間「みんな主婦なので、それぞれお子さんのことで忙しい時期があったり、ご主人のことがあったり。家庭の事情がある中で何とか時間をやりくりしてやっていて。縛られるルールをつくっちゃうと、私自身パンクしちゃうんです」
加賀「そろそろ掃除する?みたいな感じで。それを許せる人じゃないとここでは無理かなと思います」
よって店も、全店舗が休みの日もあれば、一店舗しか開いていない日もある。お客さんには迷惑がかからないよう、各店舗の営業日や時間をen.のtwitterや公式サイトで発信。
それでも家で一人で制作するのとは違って、店や工房をもつ意味は大きい。
平川「店にはいろんな人が来られるので、お客さんのニーズも分かります。ただ買い物に来るだけじゃなく、おしゃべりしていく方も多くて。そういう情報交換の中から、私たちが作品に反映していることも多いと思うんですよね」
以前はネットショップのみで販売をしていたという甲谷さんはこう話す。
甲谷さん「パソコンは24時間つけっぱなし。一日何百枚も売れると夜2時、3時までかかってつくって。もう自分が工場になってしまう感じで。人らしい生活をしなきゃ駄目だなと思って、ネットショップはやめました。
ネットショップだけだと釧路の人と出会うことがないんですね。地元のイベントに出始めたら、こういう周りの人たちとのつながりができてきたんです」
まずは家族を大事にする。その上で好きなことを仕事にして、時には仕事量を調整しながら長く続ける。それを実現できるのが、en.の良さだろう。
赤間「お金はもちろん大切ですが、家族や周りの人たちを大事にしながら助け合って、自分にしかできないことを魅力と武器にして、楽しい人生をおくれるのがいいなと思うんです」
■お母さんには専用の部屋がない
話を聞いていてふと気付いたのが、日本では子供部屋はあっても、お母さん専用の部屋がないケースが多いということだ。一人でものづくりに集中できる空間がない。en.はそうしたワークスペースとしても役立っている。
「私もはじめは自宅の居間で始めた」と言うのは、ハーバリウムの教室「ILO KUUKA」の加賀さんだ。
加賀「当初は子どもたちもまだみんな家にいて。レッスンしている最中に学校から帰ると気が散るし、息子にも嫌な顔されたりして。だから場所を与えてもらったことは本当にありがたくて。主人にも、今はこんなにいい場所があるんだから頑張れと言ってもらっています」
加賀さんはen.を足がかりに独立した人でもある。
en.ではオープン当初、起業支援の活動もしていた。1階をレンタルスペースとして、これから活躍したい女性を応援するための販売やワークショップの機会を設けていた。
赤間「3カ月ごとに20人ぐらいの作家さんを募集して、水曜マルシェというのをやっていたんです。次の水曜日はこの人とこの人、という感じで4~5人の作家さんを配置して。そこで加賀さんにも出会いました」
女性は一度家庭に入ると、社会復帰にはハードルがあると言われる。その一つの足がかりとして、それも「自分の好きなことで稼ぐ」という本人の動機につながりやすい形で、一歩目のステップを提供してきた。
■シェア店舗のこれから
en.に限らず、これからシェア店舗にはさまざまな形態が生まれるだろう。
実際に始まっている一つに、2019年11月に神奈川県川崎市の溝の口にオープンした「ノクチラボ」がある。飲食店、物販などの6店が集合住宅の1階部分をシェアする「共創型シェアマーケット」。もともと溝の口に地域密着型カフェ「TETO-TEO(テトテヲ)」を営んでいた丸山佑樹さんが代表を努め、自身が「いいな」と感じた人や店に声をかけたそうだ。
さらには、東京都の吉祥寺にある「ブックマンション」も、80近くの小さな本屋が集まって売り場をシェアしている本屋の集合体。お客さんは、一軒の本屋を訪れる感覚で、さまざまなジャンルの本屋に出会えるというしくみだ。
家賃が高い都市の物件や、地方で空き家を活用するしくみとして、シェア店舗は多くの可能性を秘めている。その先をいくen.shareplaceには、学ぶことが多い。
一つにはコストを折半することで、主婦でも独立しやすく続けやすい形を実現していること。二つめに「手づくり品やクラフト」といった興味関心を同じくする作り手、お客さん、これから独立したい層といった人たちが集い、コミュニティの場を生んでいる。
三つめには、そうしたシェアやコミュニティ機能だけでなく、きちんと目利きされたモノや本気度の高い店を集めることでビジネスとしても相乗効果を生んでいる点。
公のコミュニティ重視型の取り組みと、民間で必要とされる高品質のものを提供する、という二つのベクトルが交わる辺りに、これからのシェア店舗の可能性を感じる。
※この記事は『下北沢、線路と街』に同時掲載の(同著者による)記事です。連載「これからのまちづくりの話をしよう」より