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絶対にテレビに出せない芸人にカメラを向けて。「抗議が来ないか」の心配が最初にくるテレビの今を問う

水上賢治映画ライター
「テレビで会えない芸人」の四元良隆監督(左)と牧祐樹監督(右) 筆者撮影

 鹿児島テレビがテレビではなく劇場版として届けるドキュメンタリー映画「テレビで会えない芸人」は、タイトル通り、ひとりの芸人を追っている。

 その芸人の名は、松元ヒロ。

 かつて社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」で彼は数々のテレビ番組に出演していた。

 しかし、ある意味、テレビという場に見切りをつけて、1990 年代末に活躍の場を舞台へと移す。

 そんなテレビに出なくなった芸人を、テレビカメラが追っている。

ただ、本作は、ただ単に芸人を追った人間ドキュメントではない(※人間ドキュメントとしても側面をもってはいる)。

 ひとりの芸人からみえてくるのは、テレビというメディアの現状にほかならない。

 なぜ、松元ヒロはテレビで見ることができないのか?政治や社会問題を風刺する彼の芸を、テレビで流すことはほんとうに許されないのか?

 さまざまな問いが浮かんでくる。

 松元ヒロと時間を共有したテレビマンは何を感じ、何を見たのか?

 手掛けた鹿児島テレビの四元良隆、牧祐樹の両監督に訊く。(全五回)

『テレビでは絶対にできない』って言葉が心に引っかかりました

テレビの今が抱える問題がここにあるのではないか

 はじめに聞かなくてはいけないのは、松元ヒロとの出会い。テレビに出ない彼に興味をもった理由はどこにあったのだろうか?

四元「さかのぼること 15 年以上前になりますが、2004 年に僕がドキュメンタリーを作っていて、鹿児島出身の音楽家を取材していました。

 大河ドラマ『篤姫』や、テレビドラマ『Dr.コトー診療所』など、数々のヒット作の音楽を手掛けられている吉俣良さんという音楽家です。今回の『テレビで会えない芸人』の音楽も担当していただきました(笑)。

 吉俣さんからこんな話を聞きました。

 『最近、鹿児島出身のお笑い芸人さんでものすごくおもしろい人がいる。テレビで絶対にやれないようなネタをやるんだけど、それがすごく面白くて、何か最後は胸がすっとするんだよ』と。

 その芸人さんが松元ヒロさんでした。

 聞いた瞬間、『テレビでは絶対にできない』って言葉が心に引っかかりました。

 ただ、その時は『そういう人いるんですね』みたいなことで終わってしまいました。

 それから時を経て 2019 年に、松元ヒロさんが故郷・鹿児島でライブをすることになりました。

 観に行きました。

 舞台は、とてもおもしろくて、ちょっぴり泣けて、深く考えさせられて、その芸に魅了されました。

 そして、その夜に酒席を一緒にすることになって、ヒロさんにその気持ちをお伝えしました。

 すると、ヒロさんはにっこり笑ってこう言われました。『最近テレビで会えない芸人をテレビ局の人がよく見に来るんですよ。そこで必ず言われるんです。ヒロさん、面白い。でも、絶対にテレビには出せない』と。

 ヒロさん本人から出た『絶対にテレビには出せない』って言葉と、2004年に吉俣良さんから出た『テレビでは絶対にできない』って言葉が何か重なり、はっとしました。

 『自分たち、テレビの今が抱える問題がここにあるのではないか』と。

 すぐに、ヒロさんにお願いしました。『ヒロさん、もしよろしければ、カメラを向けさせてもらえませんか』と。

 はじめは断られるかなと思いました。

 でも、ヒロさんは『いいよ』と即答してくれました。

 何度も確認しました。焼酎を飲んで顔を赤くしたヒロさんは笑顔で『いいですよ』と言ってくれました。そして、今回の撮影は始まりました」

『大丈夫か、抗議は来ないか』が一番最初に出てくる。これでいいのか

 15 年という時を経ても引っかかり続けた、『テレビではできない』『テレビには出せない』という言葉。この言葉を前に、具体的にはどのようなことを思ったのだろうか?

四元「2004 年に、『テレビではできない』という言葉をきいた時は、きっとテレビマンとして、『テレビではできないものはない』と思って、反発していたんだと思います。

 ただ、2019 年、ヒロさん本人に言われた時は受け止め方がまったく違いました。『テレビではできない』『テレビには出せない』という現実の中に自分たちはいるというか。

 おそらく、この 10数年の間、僕もいろいろと取材をして、番組も作って、うすうす感じていた、テレビの現実を突きつけられた。

 たとえば、情報番組ののどかな温泉企画でも、『撮影許可を得ています』といったテロップを入れるようになった。一体、許可を得ないで入る人がいると思うのか。でも、抗議を受けないよう、事前にリスク回避する意味で、そういうテロップを入れることが当たり前の時代になってきた。

 テレビを作る価値観が変わってきたというか。昔は『おもしろい』が全ての判断基準でした。しかし、今では『大丈夫か、抗議は来ないか』が一番最初に出てくる。これでいいのか。

 それでヒロさんを目の前にして思いました。昔ならテレビには出せない『おもしろい』芸人がいたとしたら、どうにかしてテレビで伝えるのが、テレビ本来の面白さだったんじゃないかなと。

 テレビには絶対に出せない芸人がいたら、その絶対を崩すことにチャレンジするのがテレビではなかったかと。きっとそこに自分たちが表現する本当の意味がある。

 ヒロさんの『テレビに絶対出せない』という言葉を受けたとき、たぶんこういうことが一気に頭に浮かんできた。

 それで、はっとして、テレビで会えないヒロさんに取材をさせてもらいたいと強く思い、お願いしたのだと思います」

「テレビで会えない芸人」より
「テレビで会えない芸人」より

今回の取材は、ドキュメンタリーをやったことのない後輩と一緒にやろう

 こう思い立ったとき、四元監督にはもうひとつある思いが立ち上がってきたという。

四元「いま、ドキュメンタリー番組がどんどん減っています。

 それに伴い、次の世代の後輩たちはドキュメンタリーに携わる機会もチャレンジしようと思うこともどんどん減ってしまっている。

 確かにドキュメンタリーは手間もかかり、時間もかかり、また視聴率もなかなか獲れない。でも、地域を見つめる、社会を深く考えるには本当に大切で、特に地方局の僕らにとってはなくてはならないものです。

 僕自身、ドキュメンタリー番組の制作を続けてきたので、やっぱりどこかでドキュメンタリーを作りたいという後輩たちが出てきてほしい気持ちがあるし、そのバトンを繋ぎたいと思っています。

 それで、今回のヒロさんの取材は、ドキュメンタリーをやったことのない後輩と一緒にやろうと思ったんです」

 また、そこにはこんな考えもあったという。

四元「おそらく僕らの世代は、いまのテレビに表現の自由さがないと少なからず感じているところがあると思います。

 さっきのテロップ問題しかりで。

 でも、そういうことが当たり前になってしまっているところからテレビマンとしてのキャリアが始まっている若い世代には、ヒロさんはどう映るのかなと思ったんです。

 もしかしたら、『テレビには絶対出せない』というのだから、『無理でしょう』のひと言で終わるかもしれない。

 立ち位置が僕とはまったく違うかもしれない。いや、違う可能性が高い。それはそれでいいのではないかと思いました。

 別々の角度から、なにか見出して今の自分たちテレビを見つめていくことができるのではないかなと」

 そこで、「ドキュメンタリーを撮ってみないか?」と部下で 10 歳以上年の離れた 30 代の牧に声をかける。

正直なことを言うと、はじめは乗り気ではなかった

 このときのことを牧はこう振り返る。

「僕は、それまで情報番組や音楽番組を担当してきました。

 ドキュメンタリーどころか報道番組の経験もない。

 だから、会議室に呼ばれて『ドキュメンタリーを撮ってみないか?』と切り出されたときは、『なんで僕が?』ですよね(苦笑)。

 でも、そんなこと関係なく『おもしろい芸人さんがいるんだ』とかずっと話されて。

 おそらく僕がどんな返事をしても、やる前提で話が進んでいる。

 で、曖昧な相槌をし続けて、はっきりとした返事はしなかったんですけど、『結局やることになるんだろうな』と思いました。

 正直なことを言うと、はじめは乗り気ではなかったです。

 いまのテレビでは流せない社会風刺をする芸をもつ芸人さんがいて、彼をテレビカメラが追う。

 このことを前にしたときに、もろ手を挙げて『よしやりましょう』みたいな気持ちにはなれなかった。

 むしろ、放送したときに何か問題が起きるんじゃないかという不安を覚えました。

 あと、もうひとつ気がかりだったのは、松元ヒロさん自身のスタンスといいますか。

 ヒロさん自身が取材をOKとしてくれたわけですけど、もしかしたら本心ではテレビに出ることを望んでいないかもしれない。

 テレビと距離を置いて舞台で生きる道を選んでいる人を、わざわざひっぱり出すのはどうなのかなと。

 テレビを作る側のエゴなんじゃないかとの考えが払拭できなかった。

 だから、ヒロさんを取材する意義や、取材する者としての自分の中の正義みたいなものをなかなか見い出せなかった。

 そういうこともあって、なにか釈然としない、もんもんとした感じで撮影がはじまった感じが僕の中にはありました」

(※第二回に続く)

「テレビで会えない芸人」より
「テレビで会えない芸人」より

「テレビで会えない芸人」

出演:松元ヒロ

監督:四元良隆 牧祐樹 

プロデューサー:阿武野勝彦

撮影:鈴木哉雄 編集:牧祐樹 音響効果:久保田吉根 音楽:吉俣良 

制作:前田俊広 山口修平 金子貴治 野元俊英 崎山雄二 荒田静彦

クレジットアニメーション:加藤久仁生

ポレポレ東中野、第七藝術劇場ほか全国順次公開中

場面写真はすべて(C)2021 鹿児島テレビ放送

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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