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新型コロナ「5類」前夜 緩和したイギリスのような救急医療の崩壊を防げるか?

倉原優呼吸器内科医
photoACより使用

新型コロナの第8波は、2万人を超える過去最多死亡者数を記録する波となりました。コロナ病棟では、たくさんの高齢者が亡くなりました。「5類感染症」への移行に際して、医療提供体制の議論は避けられません。

第8波は大変な波だった

新型コロナのウイルス性肺炎の重症度が高く、呼吸不全の患者さんが次々入院して医療逼迫したのは第4波・第5波でした。しかし、第7波・第8波は高齢者施設クラスターが頻発し、高齢患者さんが雪崩のようにコロナ病棟に押し寄せました。

一人ひとりのウイルス性肺炎は問題になりませんでしたが、基礎疾患や二次的な誤嚥性肺炎・細菌性肺炎が被害を大きくしました。最前線にいる救急隊員や看護師にとって、体感としての医療逼迫は第8波が過去最悪だったかもしれません。

第8波の累計死亡者数は、第7波のそれを大きく上回り、現在2万人を超えています(図1)。入院によって体力が落ち衰弱後に亡くなったり、寝たきりになって元の生活に戻れなくなったりした患者さんも大勢いました。

図1. 新型コロナの各波の死亡者数(2023年1月29日時点:筆者作成)
図1. 新型コロナの各波の死亡者数(2023年1月29日時点:筆者作成)

医療提供体制の議論を

新型コロナを「5類感染症」へスイッチすることが決定しましたが、医療提供体制に関する議論をもう少し深めてほしいところです。

インフルエンザと同様に、感染後しばらく外出を控える推奨は何らかの形で残ると思いますが、療養期間等が緩和されると、医療を要する感染者数は増えます。

「日常生活は大きく緩和するが、増えた感染者は医療が守る」というのは、フルパワーで頑張っている医療従事者にとって、なかなかしんどい話です。

「診療できる医療機関が増えるから医療はもう逼迫しない」という見解を目にしますが、そう簡単にはいかないと思います。そもそも救急搬送は、街のクリニックや発熱外来で診ているわけではなく、主に地域の中核病院で診ています。「現行の枠組みだと感染症指定医療機関でしか診られない」というのは、パンデミック当初の話であって、現在ほとんどの中核病院は新型コロナを日常的に診療しています。

救急搬送患者さんが行き場を失う構図は、いまだ改善していないどころか、救急医療体制のテコ入れがないため、第8波まで医療逼迫を引きずっている状況です。

早期に緩和へと舵を切ったイギリスでは、2022年12月時点で、すぐに治療しなければならない人が救急搬送されるまでに平均93分かかっており、もはや医療崩壊が日常風景となっています(1)(図2)。

図2. イギリスにおける平均救急搬送時間(参考資料1より引用)
図2. イギリスにおける平均救急搬送時間(参考資料1より引用)

医療従事者のバーンアウト

前線にいる医療従事者はバーンアウト気味です。病院で奮闘している国内の研修医約6,000人のアンケート調査によると、全体の21.4%がバーンアウトに陥っており、39.2%が高ストレス状態にあることが判明しています(2)。

医療従事者のバーンアウトが問題
医療従事者のバーンアウトが問題写真:イメージマート

また、都市部の救急隊員に話を聞いたところ、「すでにバーンアウトを超えていて、第8波以上に忙しくなりようがない」とすら言っていました。

一番避けたいのは、「救急搬送困難が常態化すること」です。日本は、昭和の頃から無料で全件出動を容認してきました。過去最多の救急要請に陥った第8波を振り返ると、人員と予算を増やさないと救急医療体制の充実は図れないことは明白ですが、救急医療体制に関する議論はなかなか進みません。

逼迫が長く続くと、救急医療を担う医療従事者が現場を去ってしまうのではないかと懸念しています。

定期的に押し寄せる波を跳ね返すほど救急医療体制がコロナ禍で確保されるようになったかというと、そうではありません。「5類感染症」へのスイッチは段階的に移行しますが、現状のインフラで議論をすすめることに現場としては不安が大きいです。

かつてない不安な波間

波の数を数えるか数えないかはともかく、次の波はやってきます。特に「5類」化を控えかつてない緩和ムードに入るため、波がどのくらいの高さになるのか不透明です。

第8波の終盤を迎えている医療機関としては、これまでになく不安な波間に入る印象です。

「新型コロナを診ない医療機関にペナルティを科すべき」という意見もありますが、構造上動線が分離できない医療機関や高齢者が多い長期療養型病院にとっては酷な話です。動線を分けて診療できる医療機関に一律加算を算定できるようにするほうが、よいかもしれません。

(参考)

(1) NHS England. Ambulance Quality Indicators Data 2022-23(URL:https://www.england.nhs.uk/statistics/statistical-work-areas/ambulance-quality-indicators/ambulance-quality-indicators-data-2022-23/

(2) Nishizaki Y, et al. BMJ Open. 2023 Jan 13;13(1):e066348.

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医・代議員、日本感染症学会感染症専門医・指導医・評議員、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医・代議員、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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