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金正男氏の息子、キム・ハンソル氏と中国の動向――中国政府関係者を取材

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
ボスニア国際学校に留学したころの金漢率(キム・ハンソル)(写真:Splash/アフロ)

ハンソル氏がマレーシアに行き、殺害された男性が父親・金正男氏であるか否かを確認する可能性、あるいはマレーシア警察がマカオに来てDNA採取をする可能性などに関して、中国政府はどのように考えているのか。

◆北朝鮮が金正男氏であることを否定したのがキーポイント

マレーシアで殺害された金正男(キム・ジョンナム)氏の長男である金漢率(キム・ハンソル。以下、ハンソル)氏は、現在マカオに住んでいるとされている。2013年にパリ政治学院に進学し、2016年に卒業。同年オックスフォード大学に進学予定だったが、暗殺される危険性があったことから留学を断念したとのこと。その後、北京に一時的にいたこともあるという説もあるが、基本的にマカオにいる可能性が高い。

いずれにしても中国の国土上にいるのは確かなようで、だとすれば中国政府側は暗殺を避けるために護衛を強化しているだろう。

本来なら、自分の父親が殺害されたというのだから、その長男であるハンソル氏が急いで現地に駆け付けるのは自由であり、自然の流れだ。

ところが問題は、北朝鮮が「死亡したのは北朝鮮国籍の一男性である」にすぎず、さらに「殺害されたのではなく、単なるショック死だ」と主張し始めたことにある。

2月19日付け本コラム「金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材」で述べたように、中国は、2月16日の昼のニュースまでは、「金という姓の朝鮮籍男性」としか報道していなかったが、16日午後からは「金正男」とフルネームで報道するようになった。

というのも、2月16日にマレーシアのザヒド副首相が、詳細な情報は警察当局から発表されるだろうとしながらも、「パスポートやDNA鑑定などにより、殺害されたのは金正男であると判断される」と発表したからだ。

そのため、たとえば2月16日23:07の中国国営の中央テレビ局CCTV13(新聞チャンネル)は「クアラルンプールで死亡した朝鮮籍男性:マレーシア副総理が金正男と確認」というニュースを流した。つまり、「金正男」の名前をフルネームで言い始めたのだ。

ところが2月20日、駐マレーシアの北朝鮮大使が「死亡した男性が金正男というのは、いかなる根拠もない」と宣言したことを、中国政府の通信社である新華社が発表してからは、中国政府系列の報道では一斉に「金正男」という名前を使わなくなっている。

たとえば、2月26日の人民網(中国共産党機関紙「人民日報」の電子版)では、「朝鮮籍男性クアラルンプール死亡事件:マレーシア警察が朝鮮籍男性殺害事件と関係するマンションを捜査」などと、「金正男」という具体名を書かず、「朝鮮籍男性」に戻している。それでいながら、「死亡」とは書かずに「遇害」(殺害)という文字を、「うっかり(?)」使ってしまっていることは興味深い。

このような状況の中、もしハンソル氏が身元確認のためにマレーシアに行き、DNA鑑定などで、「殺害された」のが間違いなく父親・金正男氏であると認定するようなことになれば、中国は北朝鮮の主張を否定する行動を阻止しなかったことになる。

つまり、北朝鮮の主張を否定する行動に「賛同」した(少なくとも許可した)ことになるわけだ。

となれば、中朝関係の悪化は避けられなくなるだろう。

2月16日の取材の時には、「金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材」に書いたように、中国政府関係者は「(今般の金正男殺害事件はマレーシアで起きているので)中朝関係にはあまり大きな変化はない」と回答している。しかし北朝鮮が「金正男ではない」と主張し始めてからは、事態は変わったはずだ。

これに関して、中国政府としてはどういう態度を取るのか、同じ中国政府関係者を取材した。

なお、日本のメディアでは、「マレーシア警察がICPO(国際刑事警察機構)の協力を得て、マカオでハンソル氏に面会し、DNAサンプルの提供を受けるようだ。23日にも3人の警察官がマカオに向かうとも伝えられている」という報道は流れているが、それを否定したマレーシア警察の報道はあまりなされていない。それに対して中国では「マレーシア警察:マカオに人を派遣して金正男の息子のDNAサンプルを採取することなど、あり得ない」という情報が数多く流れている。

これらを踏まえた上で取材した。以下は、その取材の問答である。

◆中国政府関係者との問答

質問:北朝鮮が、マレーシアで死亡した朝鮮籍男性は金正男ではないと主張し始めているので、前回の取材の時のように、「中朝関係に大きな変化はない」という情況とは違ってきたのではないか。

回答:その通りだ。あのときは、事件が起きた場所が中国ではなくマレーシアなので、中朝関係に大きな変化はないと言った。しかし、北朝鮮が「死亡したのは金正男ではない」と主張し始めたので、中国にとっては、やっかいなことになった。

質問:それはつまり、「金正男であるか否か」をチェックするために、肉親のDNAが必要になるから、ということか。

回答:その通りだ。中国としては、どちらの側にも立ちたくないし、巻き込まれたくはない。

質問:ハンソル氏は、いまマカオにいると考えていいか?

回答:そのような質問に答えるはずがないだろう。

質問:では、仮に北京であれ、マカオであれ、少なくともハンソル氏が中国の国土上にいるとすれば、警護を強化するか?

回答:それは当然だ。強化する。

質問:それは、なぜか?

回答:中国の国土上で、同様の事件が起きてほしくないからだ。もし、そのようなことになったら、中朝関係は非常に危なくなる。

質問:では、もしハンソル氏がDNA鑑定のためにマレーシアに行くとした場合、中国は出国を許可するか、それとも出国を禁止するか。

回答:それも答えたくはない。ただ、本人が強く希望した場合、人道上、禁止する権利はない。おまけに忘れてならないのは、彼が持っているパスポートは北朝鮮が発行したパスポートだ。なおさら中国には出国を禁止する権利はない。しかし、だからと言って、危険な目に遭うかもしれないことを積極的に支援することもない。いずれにしても、中国がいかなる行動を採ったかに関して、中国は絶対に公開しないことだけは確かだ。海外のメディア、特に日本のメディアが一番強い関心を持っているが、中国に関して論じている憶測には根拠がない。中国は絶対に公開しないので、これに関して何か特定の情報が流れたとすれば、それはデマだと考えた方がいい。

質問:マレーシア警察は否定しているようだが、日本のメディアでは「マレーシア警察側が人を派遣してマカオに行き、ハンソル氏のDNAサンプルを採取するようだ」と報道している。もし仮に、マレーシア警察がマカオ入りしてハンソル氏と接触しようとした場合、中国はマカオ上陸を許可するのか?

回答:そういう質問には答えたくない。そもそも、その情報はデマだということは、マレーシア警察が断言している。現在もその可能性はないと言っている。

質問:そのことは承知している。それでも、仮に、そういう状況になった時に、中国政府はどのように対応する可能性があるか、個人的見解で良いので、教えてもらえないか。

回答:個人的見解だけを言うならば、マレーシアは中国の友好国でもあるので、中国を困らせる選択はしないだろうと考えている。それにマカオは一国二制度を実施している特別行政区だ。法律も「二制度」を実施していい部分もある。ただ、重大な事案に関しては「一国」の方が優先される。国家、中央政府の判断を仰がなければならない。

質問:ということは、これは中国という国家にとって「重大な事案」に相当すると考えていいのか。

回答:当然だ。前回(2月16日)の取材の時点では、こういう煩雑な事態には発展していなかった。だから「中朝関係に大きな変化はない」と回答した。しかし今は違う。

質問:違ったのは、北朝鮮が「死亡した朝鮮籍男性は金正男ではない」と主張し始めたからか?

回答:その通りだ。事態が急に複雑になってきた。そこまでは想定していなかった。

質問:だとすれば、マレーシアが何らかの形でハンソル氏と接触し、DNA鑑定により、被害者は間違いなく父親の金正男氏だということが判明したら、中朝関係に悪影響が出ると考えていいのか。

回答:そうだ。現在の状況では、まちがいなく大きな影響が出る。中国はこれに巻き込まれたくはない。そうでなくとも、中国はもっともっと大きな問題を抱えており、秋には19大(第19回党大会)も控えている。それどころではない。金正男問題(金正男一人)になど、かまってはいられないのだ。中国にはともかく、マレーシア警察がハンソル氏と接触することに関して、許可したり、禁止したりするという権利は、そもそもないことを再度、言っておく。

質問:中国がマレーシアと北朝鮮の仲介をするということもないのか?

回答:言っておくが、中朝間ではビザなし渡航などという制度は全く存在しない。厳重なビザ審査がある。ところがマレーシアと北朝鮮というのは、ビザなしで互いに出入国していい間柄だ。どれだけ仲がいい国同士だと思っているのか。国際社会は何かにつけて「北朝鮮に関しては中国に責任がある」ようなことを言って中国を批難する。中国にはたしかに中朝同盟があるにはあるが、マレーシアのような、ビザなし渡航を許すほどの、北朝鮮の友好国ではない。中国はマレーシア側にも北朝鮮側にも立たない。どちらか一方側について、どちらかを弁明したり非難したりもしない。巻き込まれたくないし、中立でいたい!

「これ以上は、もう聞いてくれるな」と言わんばかりの語気が響いてきた。

前回と違って、声のトーンが最初から重く、荒々しい。どれだけ中国が、手の打ちようのない窮地に追いやられているかが伝わってくる。

まるで「なんとかマレーシアが、独自に他の方法で本人鑑定をしてくれ」という、無言の叫びが聞こえてくるようだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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